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2.三条小夜子

 3


 なに言っちゃってるんだろうか、この娘は。

 いや、言っちゃってるというよりも、頭がイっちゃってるというか。

 おおっぴろげに性癖を告白してるどころか、股開いておっぴろげしてるようなもんではなかろうか。


 愛の告白でもなんでもない。

 それどころか、とんでも告白を俺にした三条さん。

 彼女は現在、顔をゆでダコのように真っ赤にして、上目遣いでこちらを見ている。

 うん、かわいい。


「ええっと……お、オナニー中毒なんだ?」


「は、はい!」


 とっても美しい鈴の音のような『はい』。

 ただの『はい』じゃない。

 オナニー大好きを認める『はい』だ。


 くそ、今の一連のシーンを録画、いや声だけでもいい。

 録音させろ。


「そ、それで……?」


「え、えっと、その……オナニーって、とっても気持ちのいいことですよね?」


「え? ああ、うん。そ、そうだね」


 何を言ってるんだ俺は。

 というか、何を聞いてるんだこの娘は。


「女子のみんなは、その、オナニーをしないっていうから……。あっ、直接聞いたんじゃないですよ!?」


 わたわたと手を振って慌てる三条さん。かわいい。

 白い肌がトマトのように真っ赤だ。


「その……みんなとオナニーの話になって、みんな一度やったことがあるけど、全然気持ちよくなかったから、それ以来やってないって。

 だから私も、オナニーなんてしないって嘘ついて……」


 気を沈ませるように三条さんは語る。

 なるほど、今時の女子はそんな会話をしてるのか。

 でもそれ、みんなオナニーしてることを、隠してるだけなんじゃあ……。

 だってオナニーしてる人がいても、普通言わないよね?


 うん、あれ?

 ということは、オナ中発言した俺も普通じゃないと……。

 ははっ、わろす……わろす……。


「私だけ変なのかなって思って……何度もやめようとしました……」


 罪を告白するように彼女は言った。


「でも、やめられなくて……それで新しいクラスになったら、江口さんがオナニー中毒だって聞いて……。

 私、ああ、仲間がいたんだなって」


 いやな仲間だな。

 そもそも、俺はオナニー中毒でもなんでもないし。


 さて、ここはどう対処するべきだろう。

 彼女に俺がオナニー中毒者でもなんでもないことを告白するべきか。


 いやまて。

 俺が実はオナニー中毒でもなんでもないノーマル高校生だってわかったら、彼女が俺と関わる必要性もなくなる。

 それならこのまま、オナニー中毒のニュータイプ高校生を偽るべきじゃないだろうか。


 だって、これはチャンスだろ?

 二度とないチャンス。

 三条さんみたいな超絶かわいこちゃんとお近づきになるチャンス。


 うん、ここは是が非でもオナニー中毒者であることを押し通すべきだ。

 だって、そうすればもしかしたらこんなことに――


『す、凄いオナニー知識です! 江口さん!』

『なんてったって、俺はオナニーのプロフェッショナルだからね!』

『素敵! 是非手取り足取りオナニーの極意を教えてください!』

『はい喜んでー!』


 なんていうムフフな展開が起こるかもしれない。

 ああ、もう俺のジュニアはとってもギンギン丸だよ。

 なんとかポケットに手を入れて押さえつけてるけど、正直気づかれないか心配だ。


 男性がポケットに手を入れてる時っていうのはね――。


 一つ、寒いとき。

 一つ、街中に一人、心細くてちょっと悪ぶるとき。

 一つ、ポークビッツがジャイアントソーセージになったとき。


 この三つしかないからね。


 なにはともあれ、俺は決めた。

 この機を逃してはならない。


 彼女と共に、めくるめく愛のロマンスの世界へと旅立つのだ。

 よし、言うぞ!


「そ、そうだね、お、俺もオナニー中毒仲間がいて嬉しいよ」


 俺は勇気の心をもって、オナニー中毒を偽った。

 それにより、ぱぁ、と花が咲いたような笑顔を浮かべる三条さん。

 かわいい。

 もっと彼女の前でオナニーって言いたい。


 すると三条さんは、なにやらもじもじし始める。

 今までとは違い太股を擦り付ける感じだ。

 こっ、これはまさか……っ!?


「三条さん……もしかして……」


 オナニーしたいんじゃ? という言葉を口に出すのは憚られた。

 さすがにそれは直接的というか、いや、今さらな話だが。


「じ、実は……その、男の方とこういう話をするのは初めてで……。その、性的欲求が刺激されて……」


 三条さんは頬を熟れたリンゴのように赤く染めながら、恥ずかしそうに微笑んで見せた。


 こ、これはもしかして、今押せば簡単に、チョメチョメできるんではなかろうか。

 いやまて、怪しい。

 これは孔明の罠だ。


 たとえるなら、わずか数ページでエッチが始まるエロ漫画。

 展開が早すぎる。


 しかし、もじもじとふと股を擦り合わせる彼女の姿は、どうしようもなく俺の煩悩を刺激していた。


『いつからエロ漫画時空にいると錯覚していた?』

『今でしょ』


 普通のラブコメなら脳内で天使(理性)と悪魔(欲求)が戦いつつ、なんやかんやするのだろうが、俺の脳内では天使と悪魔がなんだかよくわからん漫才をしていた。

 また、こうしている間にも、彼女は唇を噛み、なにやら必死に堪えてる表情を俺に見せつける。

 それは俺の心臓の鼓動を高鳴らせ、どうしようもなく俺を惹き付けた。


 もう辛抱たまらん!

 俺はやるぞ! 今日ここで、童の貞を捨てるんだ!


 俺は不退転の決意をもって、喉より声を吐き出した。


『あの!』


 え?

 口に出した言葉は二人同時。

 どうでもいいが、口に出したってなんかエロいな。


「あ、さ、三条さんからどうぞ」


「あ、は、はい……あ、あの……」


 言いづらそうに言葉を詰まらす三条さん。

 この時、俺の脳裏には既に未来の映像が流れていた。


『私と一緒にエッチなことしましょう!』

『はい喜んでー!』


 脳内妄想では彼女が俺にエッチなお誘いをしている。


「その……」


 まだ彼女からの告白は来ない。

 その間にも俺の脳内では、俺と彼女はあんなことやこんなことをしている。


 ――そして、彼女はその言葉を告げた。


「――私と一緒にオナニーしませんかっ!?」


 うんうん……うん?

 一緒にオナニー?

 ううん?

 え? なんでオナニー?

 ねえ、なんで?


 はっきりいって、わけがわからない。

 いや、そもそも最初からわけのわからないことだらけであったけれども。

 つーか、エッチのお誘いはどこへいった。

 あ、でも、一緒にオナニーってことは……ああ、うん、なるほど。

 そういうことか。


「いいとも」


 俺は自分なりの最高のイケメンスマイルをしながら彼女の両肩を掴んだ。

 とても華奢な肩だ。


 服という布切れ越しに感じる体温が、とても心地いい。

 だが、同時にその服がなかったら、果たしてどれほどの至福を俺に与えてくれるのかとも考えてしまう。


 なに、構わない。

 すぐに、その服は俺に脱がされるのだ。


 とはいえ、焦ってはいけない。

 まずはキスからだ。


 俺は三条さんのぷりんとした唇に、俺の唇を近づけようとして――。


「え……、キャアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


「ぶげえ!」


 バチコンと俺のほっぺに強烈なビンタ、いやもう張り手級の攻撃がクリーンヒットした。

 俺は地面を転がり、やがて頬を押さえながら上半身を起こして、三条さんを見る。

 すると彼女は顔を怒らせて叫んだ。


「な、なにするんですかっ!?」


 それはこっちの台詞だよ!

 と言いたいところであるが、相手は麗しの女生徒。

 俺は心を落ち着かせてから尋ねた。


「え? いや、だからエッチするんだよね?」


「な、なにを……? え、エッチだなんて不潔ですっ!」


 いや、どう考えてもオナニーの方が対面的にはよくないよね。

 ていうか、一緒にオナニーって、エッチのことじゃないの?

 互いに自己の性的欲求を満たすということはセックルしかありえないでしょ。


 って、ああ、なんだそうか。

 一緒にオナニーを見せ合いっこして、それをおかずにお互いがオナニーするわけか。


 なんだよ、ちっ。

 せっかく童貞を捨てるチャンスだと思ってたのに。

 まあ、オナニーの見せ合いっこでも別にいいけど。

 ぐへへ。


「ああ、ごめんごめん、勘違いしてたよ。オナニーの見せ合いっこね」


 そう言って、俺はボロンと巨大なエクスカリバーを鞘から抜いた。


「キャアアアアアア!!」


「オゴォ!」


 俺の股間が彼女を貫くどころか、彼女の前蹴りが俺の股間を貫き、俺は地に伏した。


「な、なに変なものを出してるんですか!!」


「あがががが」


 彼女がなにか言っているが、俺はそれどころではない。

 彼女はまるでプロサッカー選手のように俺のゴールデンボールを蹴り抜いたのだから。


「あ、あの……だ、大丈夫ですか……?」


 いっこうに起き上がらない俺に対し、ようやく彼女もただならぬ事態に気づいたようだ。

 心配そうに俺へと声をかけた。


「な、なんとか……」


 立派に育っていた俺の松茸は、あまりの痛みにシオシオとシメジへとその形態を変化させていた。

 おぼろげな意識の中で俺は考える。

 股間にダメージを受けると何故腹部にも強烈な痛みを感じるのだろうか、と。


 答えが出ることはない。

 ただ、女性には妊娠の痛みがあり、その代わりに男はこういう業を背負っているのではないかと思った。

 やがて股間の痛みが大分収まると、俺はしおしおと縮こまったシメジをしまって立ち上がる。


「あ、あの……」


 手を胸の前で組んで、ハラハラとした様子を見せている三条さん。

 もちろん、ここで怒れる俺ではない。


「ああ、大丈夫だから。それでなんの話だったっけ?」


 正直、まだ鈍痛は残っている。

 だが、彼女に心配させないために、俺は無理矢理に笑顔を作った。


「あの、我慢できなくて、その、一緒にオナニーを……」


「うん、一緒にオナニーね。うんいいよ。オナニーしよう」


「ではいきましょう!」


 時は夕暮れ。

 窓から差し込む夕焼けの光が、学校中をオレンジの世界へと誘う。

 それは幻想的ともいえる光景だった。


 そんな中、俺達はトイレに入った。

 俺は男子トイレ、彼女は女子トイレ。


 正直わけがわからない。

 男子トイレにて俺は、背中をとんとんと叩き、いまだ治らぬ股間の痛みを散らしていた。


 そして5分後。

 トイレの前で待っていた俺の前につやつやとした彼女が現れて、俺はもう一度トイレに駆け込んだ。


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