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俺、初めて戦います!(4)

その晩の夜、ヒルデはようやく目を覚ました。

が、放っておくとまた無理をしそうなので、俺はなるべく強気でヒルデに休むように伝え、直ぐに食事の用意をした。


ヒルデも俺が断固として譲らないと理解したのか、素直に言う事を聞いて部屋で待っていてくれた。 

それにお腹を空かせていたみたいで、俺が運んできたシチューをあっという間にペロリと平らげてしまった。


顔はまだ若干赤いが、今朝よりもだいぶ体調は良さそうだ。

俺は食後のカドプレ……羊のホットミルクを用意し、再びヒルデの休んでいる部屋を訪れた。



「入るよ」



俺はヒルデの返事も待たずに部屋の中へと入った。



「ちょ、まっ」


「えっ?」



部屋に入ると、そこには俺が用意したシェリルの寝間着に袖を通すヒルデの姿が。 形の良いバストに、顔を真っ赤にしながら慌てるヒルデの顔がとても可愛く見えて……などと感想に耽ってる場合ではない。



「ご、ごめんなさい!!」



慌てて部屋を出た。 バクバクと音を立てる心臓を何とか落ち着かせ、俺は扉の前で待った。



「も、もういいぞ……」



どこか拗ねたようなヒルデの声。 俺はゆっくりとドアノブを回し、部屋の中へ。



「せめてノックぐらいしてくれ、わ、私だって女だ。 その……もういい」



そう言って終始恥ずかしそうにしながら、ヒルデはベッドの上に腰掛けた。


何を用意したらいいか分からず、適当に用意したシェリルの寝間着だったが、どうやらサイズそのものがヒルデとは合ってないらしく、寝間着の袖から手首や足首が丸見えだ。

胸元もかなりキツイのか、二番目のボタンまで外されており、谷間がくっきりと露になっている。


ナイス過ぎる俺。 心の中でガッツポーズをとっていると、ヒルデが白い目でこちらを見てきた。 いかんいかん。 俺は悟られまいと、持ってきたホットミルクをヒルデに渡した。



「美味しい……温まるな」



そう言ってこちらを見ながら緩やかにヒルデは微笑む。

その笑顔を見て俺も少し安堵した。


俺とヒルデはホットミルクを飲みながら会話を交わした。

どうやらヒルデは、この家に来る前から、飲まず食わずのまま三日三晩、旅を続けていたらしい。 おそらくここで休む事で、気が緩んでしまったのだろう。 蓄積された疲れが一気に噴出してしまったようだ。



「参ったな、誠には本当にこんな無様な姿を晒してばかりだ」



軽い笑みをこぼしながら、ヒルデは髪を掻き揚げる仕草を取る。

その姿が一々色気があって目のやり場に困る。



「さっきも、小娘みたいな姿を見られてしまったしな」


「そ、そんな小娘だなんて、ヒ、ヒルデはとても綺麗な人だよ。 俺はずっとドキドキしっぱなしだし」



正直な感想だ。 こんな美人と一緒にいれば、平常心でいる事の方が難しい。



「ありがとう。 一人前の騎士になるため、自分が女である事は忘れようとしていたんだが、やれやれ、私もまだまだ未熟なようだ」



そう言ってヒルデは少女のような屈託のない笑みを浮かべる。


この雰囲気なら、今なら聞けるかもしれない。 俺は唐突にそう思った。


先ほど、熱にうなされていたヒルデが口にしていた事。 ハンナという女性の話を。



「ね、ねえヒルデ」


「なんだ、誠?」


「俺、ヒルデがうなされてる時に聞いちゃったんだ。 ハンナって人の事、私が討つって」


「そうか……」



俺の話にヒルデは少し驚いていた様子だったが、やがては諦めた様な表情で首を横に振り、ゆっくりとこっちを見て口を開いた。



「誠は本当に不思議なやつだな。 誰にも話すつもりはなかったのに、誠になら話しても良いかなって、そう思ってしまう。 昨日会ったばかりなのにな」


「時間なんて関係ないよ。 大事なのは、その人の事が人として好きになれるかだと思う。 俺は、凄腕の剣士で、オルファスカッシュが大好きで、微笑む顔が凄く綺麗で、たまに見せる少女みたいな顔がとても可愛くて、そんなヒルデが、凄く素敵だなって思ったよ」


「なっなな……ば、ばか。 そういう言葉は恋人にでもとっておけ」


「こ、恋人なんてそんなの今までいたことないって」


「そ、そうなのか? ま、まあ私も人の事は言えないが……」


「そうなの? こんなに綺麗なのに」


「だ、だからそう言うのは……ハハ、もういい、私の負けだ。 話すよ、私の事を。 この旅の目的を。 聞いてくれるか?」


「うん」



俺は言ってから、首を大きく縦に振って見せた。



「ハンナは、私の幼馴染なんだ。 共に剣を学び、共に育った。 器用な奴でな、何でもそつなくこなすハンナを、私はよく羨んでいたよ」



目を細め、懐かしむようにヒルデは話を続ける。



「いつかこの世界で、名を轟かせられるくらいの偉大な剣士になろう。 そうよく二人して誓いあっていた。 おいつは世界中を旅して周り、私はとある王国の騎士となり、互いに剣の腕を磨き続けた。 そんなある日、私は国から、とある盗賊一味の討伐を命じられたんだ。 一味の名は、エスパーダ。 古代遺跡から発掘された武具やアイテムを強奪する、目的の為には手段を選ばない、非道な武装集団だ。 被害の拡大を恐れた国王は、これを早急に片付ける為に私を派遣した」



ヒルデの声色から、心なしか物哀しさを感じる。



「私は任務に応える為に、無我夢中で戦った。 エスパーダの頭領を捕らえ、事件は解決するかに見えた。 が、そこで私は出会ってしまったんだ、ハンナに……」


「ハンナさんに?」


「ああ……ハンナは、エスパーダの幹部の一人となっていたんだ」


「ど、どうしてハンナさんが?」


「私が王国で騎士の称号を与えられ、任務に勤しんでいた頃、ハンナは行く先々の場所で苦難の日々を送っていた。 共に冒険をした仲間と死別したり、裏切られたり。 そんな中、旅先で私の活躍を耳にしたらしい。 ハンナにとって、私は対等の関係だったんだ、ライバルとして、親友として。 勿論私にとってもだ、それは今でも変わらない。 だけど、ハンナは違っていた。 もう対等ではない、もうあの頃には戻れないんだと、そう言っていたよ」



言ってから、ヒルデはコップを握り締めた。 強く握ったのか、僅かにコップが震えているのが見て分かる。



「剣先を突きつけ、投降するように呼びかける私に、ハンナは言った。 一緒に冒険しようと……」


「ヒルデは何て……?」


「勿論断ったさ。 親友だろうがなんだろうが、悪い事は正すべきだ。 だけど、それが悪夢の始まりだった」


「悪夢? 悪夢って、何があったの?」


「ハンナはその場から逃げ切れないと悟ったのか、自ら命を絶ったんだ。 エスパーダの幹部は皆、頭領から予め、自決用の毒薬を渡されていたんだ。 ハンナは、それを私の前で飲み干した」


「そんな……じゃあもうハンナさんは」


「いや、ハンナは騙されていたんだ」


「騙されていた?」


「ああ、ハンナが飲んだのは毒薬ではなく、自らを闇の眷属に変えてしまう、古代の呪薬だったんだ」


「じゅ、呪薬? じゃあハンナさんはまだ?」


「生きている、いや、それも定かではないな。 闇の眷属に身を落としたものは、徐々にその身を狂わせる。 やがては見境なく人を襲いだす化け物へと、その姿を変えてしまう」


「じゃあ、ヒルデはそのハンナさんを討つ為に旅を?」



ヒルデは遠くを見据えるような目で、大きく首を縦に振って見せた。



「意をつかれた私はエスパーダの頭領とハンナを逃してしまった。 だが、つい最近、このパラメキア山脈に、奴らが潜伏しているという情報を掴んだんだ」


「パラメキアって……ここじゃないか!」


「ああ、奴らはこの近くの洞窟にいる。 私は今度こそ奴らを討つ。 そしてハンナを……」



そこまで話すと、ヒルデは部屋の隅に置かれた、自分の鎧と剣をジッと見つめた。

蒼い鞘に収められた、美しい装飾の剣が、部屋のランプの明かりに、煌々と照らされている。



「自由に冒険できる世界があれば、ハンナも……」



悔しそうな顔でそう言ったヒルデの言葉に、俺は少し違和感を感じた。



「冒険できる世界があればって……あるじゃないか、この世界には。 冒険は誰だって自由にできるはずだよ」



俺がそう言うと、ヒルデは軽いため息をついて口を開いた。



「誠は外の世界を余りよく知らないようだな。 冒険者とは聞こえは良いが、その実態のほとんどは、与平崩れ、遺跡荒らしなんかのならず者の集まりだ。 どの国も、冒険者など歓迎するところはない。 厄介者扱いされるのがほとんどだよ」


「そ、そんな。 だってこんなに世界は広いんだよ? たくさんの冒険者がいるんだから、中には純粋に冒険者として生きてる人だって、」


「勿論全ての冒険者がそうだとは思わない。 だけど、現にハンナは道を踏み外してしまった。 純粋に自由な冒険者として生きようとしていたのに、この世界はそれを許してはくれなかった」



そう言ってヒルデは更に悔しさを顔に滲ませた。


許さない? この世界が? 世界はこんなにも冒険に満ちているのに?



「だったら変えればいい……」


「えっ?」



俺の言葉に、ヒルデは意表をつかれたような顔でこっちに振り向いた。


そう、変えればいい。 そんな世界なら。

元の世界なら絶対にそんな事は思わないだろう。 けれど、なぜか俺はこの世界なら、この世界の俺なら、変えていけそうな気がする。 いや、自分自身が変わっていけそうな、そんな予感がしていた。



「冒険者が自由に冒険できる世界に。 その国々の事情はあるかもしれない、偏見や差別だってあるかもしれない。 でもそれを変えていけば、やがてはそんな世界が見えてくるような気がするんだ」


「誠、お前……」



ヒルデの話を聞いていたはずなのに、気が付くと、俺はヒルデに自分の胸の内を熱く語っていた。



「あっ、ごめん。 ヒルデの話を聞いてたのに、何か関係ない話に」


「そんな事はない。 誠の言う世界がもしあれば、ハンナのような事がなくなるかもしれない。 それに……」


「それに?」



言いかけて口をつぐむヒルデに、俺はどうしたんだろうと思い聞き返した。



「さ、さっきの世界を変えたいと言っていた誠は、ちょっと格好良かったぞ……」



そう言って、ヒルデはプイとそっぽを向いてしまった。

若干だがヒルデの耳が真っ赤になっている。


か、可愛いぞヒルデ! 思わずこちらが恥ずかしくなってくる。

シェリルとはまた違った可愛さがある。 これがギャップ萌えってやつなのだろうか。 リアルで体験したのは初めてだ。


ドキドキと高鳴る胸を押さえつけ、俺はヒルデにそろそろ休もうと伝えた。

ヒルデはまだ恥ずかしそうにしており、どこかぎこちない感じで、



「お、お休み」



と、こちらには振り向かないまま返事を返してくれた。


思わずにやけそうになる顔を堪えつつ、俺は部屋を後にした。

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