俺、初めて戦います!(2)
家の中に入ると、俺はヒルデにくつろぐように言ってから直ぐにキッチンへと向かった。
キッチンにある冷蔵庫を開ける。 まあ正確には冷蔵庫もどきだ。
俺の身長程もある大きな木筒なんだが、これに錬金術士が作ったアイスベールという薬品を中に塗りたくる。 するとあら不思議。
なんと中がひんやり、これで生物も保存できるという、猫型ロボットもビックリな素敵アイテムだ。 まあ、永久持続ではないのが残念だけど、けっこう長持ちするらしい。
「さてと、今日は暑いし、何か冷たい飲み物でも作ろうかな」
冷蔵庫を見渡すと、大量のオレファがある。
オレファとは、俺の世界でいうレモンだ。 味もソックリだった。
「レモンか、レモンスカッシュでも作ってみようかな?」
冷蔵庫もどきからレモンを取り出すと、俺は次に戸棚にある調味料に目をやった。
レモンスカッシュ作りに絶対に欠かせないのが、炭酸水だ。 が、これが以外にも簡単に作れたりする。
この世界にも一応発酵はある。 ただし、発酵のさせ方がこれまた魔法によるものだ。 これにより味噌や醤油なんかも、材料さえあれば直ぐに作れる。
まったくもって魔法ってものは便利なものだ。
そしてそれによりできたのがベルセ。 クエン酸だ。 オレファをデンプンで発酵させれば作れる。
続いて重曹。 これはラヴィエンテにも存在していた。
重炭酸ソーダ石、またの名をトロナだ。 不純物を取り除けば重曹の出来上がり。 ちなみに重曹はこちらの世界でエベドというらしい。
まずは水にこのベルセをよく溶かす。 続いてエベドをよく混ぜる。
そこにハチミツとオレファの汁を混ぜれば。
「できた!」
冷蔵庫もどきから氷を取り出し、コップに入れれば完成だ。
コップからはシュワシュワと炭酸が弾ける音。 うんうん旨そうだ。
我ながら上出来だと言わんばかりに、俺はレモンスカッシュを持って、居間に移動した。
「お待た……せ」
居間では鎧を脱いだヒルデが、テーブルの椅子に腰掛けていた。
テーブルの上にはフリフニが羽に包帯を巻かれた状態で寝転がっている。
それにしても……。
「どうした誠?」
「あ、いや。 あ、これどうぞ。 レモンスカッシュって言うんだ」
余りの美しさについ見とれてしまった。 息を呑むとは正にこの事か。
鎧を脱いだヒルデは腰まであるチェニック姿。 布地から見える胸の膨らみもあって、女性らしさが格段にアップしていた。
「うまい! な、何だこの飲み物は!?」
ニヤけ顔でヒルデを見ていると、突然ヒルデが大きな声を張り上げた。 どうやら初めて飲むレモンスカッシュにビックリしているようだ。
炭酸か? 炭酸だろ!?
「このシュワシュワとする感じがなんとも……こんな飲み物を飲んだのは初めてだ。 ん? どうした、何だその変なポーズは」
思わず勝利を確信した俺は、思いついたままの勝利のポーズを取っていた。
「あ、いや気にしないで、アハハハ。 それレモンスカッシュ……いや、オルファスカッシュって言うんだ」
「オルファ? ふうむ、確かにこの酸っぱさはオルファだな。 いやしかし、さっきの剣捌きといい、このオルファスカッシュといい、ますます謎深き男だな」
ヒルデは感心したように、俺とオルファスカッシュを何度も見返した。
そう言えば言われて思ったけど、あの時の感覚は一体何だったんだろうか?
剣なんか握るのも初めてだったのに、あの時は自然と体が動いたし。 まるであの時だけ、俺の体じゃなかったかのような感じだった。
「オルファスカッシュは、まあ日々の勉強の賜物ってやつなんだけど、剣については何とも、一体なんであんな動きができたのか俺にもサッパリで」
「なるほど、自分でも分からない、と?」
ヒルデは飲み干したオルファスカッシュのコップをテーブルに置くと、何かを思案するように、
「ううん」
と小さく唸るように考えた後、ふと、何かを思い出したかのようにこちらを見た。
「ソード・オブ・メモリー……」
「えっ? 今なんて?」
「ソード・オブ・メモリーだ。 剣の記憶とも言われている」
「剣の記憶?」
「とある魔法使いが、封じられていた魔人の血を飲んだところ、その魔法使いは恐ろしいほどの剣技を身に着けたという。 その魔人は元々は人間で、高名な剣士だったとか。 その剣技の記憶が、魔人を触媒にし、その血を飲んだ魔法使いの体に宿ったとされている」
「そ、そんな魔法使いがいるんですか?」
「正確にはもういない」
「いない?」
「私が倒した」
一瞬空気が氷付いたように、辺りがシーンとなった。 思わず生唾をゴクリ。
「何か心当たりはないか? 怪我や何かで、何か変なものを飲んだとか」
「変なもの……? あっ!?」
心当たりがあった。 怪我はしていたがそれじゃない。
シェリルがここを旅立つ前の晩、トイレの一件があった日の夜。
俺はトイレのノブを修理しながら、一人モンモンと考えていた。
あの時なぜドアノブが壊れたのか? そしてそれを思い切ってシェリルに尋ねた時だった。
当然シェリルは思い出して顔を真っ赤にさせていたが、やがては話してくれた。
俺の傷が思っていたよりも酷く、致命傷だった事。 そして俺を救うために、知人から入手したある薬品を試した事。 それがもしかしたら何らかの影響を及ぼしているのかもしれないという事を。
確か薬品の名前は、
「バルムンク……」
「なっ! ば、バルムンクだと!?」
「えっ? あ、はい。 確かシェリルがそう言ってました。 俺の傷を治す為に使ったって。 何なんですかバルムンクって?」
ヒルデは驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまっていたが、やがて落ち着きを取り戻したのか、ポツポツと語りだした。
「剣竜バルムンク。 その昔、エベンステラという古代王国を救った英雄が居た。 名をバルムンク」
「バルムンク? 薬の名前……?」
俺の質問にヒルデは黙って頷く、そして口を開き話を続けた。
「バルムンクの持つ魔剣は、恐ろしい魔力を秘めていた。 それ故に、誰も彼には勝てなかった。 だが、英雄となり、得た富や名声が彼を狂わせた。 やがて魔剣の力を制御できなくなった彼は、その身を魔剣に食われた。 そしてその魔剣は一匹の竜に姿を変えたと言われている」
「それが、剣竜……バルムンク」
俺の応えに、ヒルデが黙って頷いた。
「なんてな、はははは」
突然笑い出すヒルデ。 笑いすぎて涙が浮かんでいる。 えっ? もしかして今の話は嘘?
俺が間抜けな顔でヒルデを見ていると、ヒルデは涙を拭いながら口を開いた。
「いや、ははは、すまんすまん。 まあまずは有り得ないだろう。 確かにバルムンクの血が存在している話は聞いた事あるが、たとえあったとしても、途方もないお金が掛かる。 そんじょそこらの商人でも手が届かないだろう。 王族でも難しいかもしれないな」
「そ、そんなに?」
「ああ。 それに未だかつて手にした人間の名も聞いた事はない……いや、」
ヒルデの顔が、突然怪訝そうな表情に変わった。
「いやって?」
「ん? ああ。 暗黒の森の主、ファフニール。 奴ならもしかしたら持っているかもしれん」
「ふぁふにーる?」
「魔女さ、噂によると四百年も五百年も生きていると噂されている。 まっ、その噂を確認しようと森に踏み込んだ奴らは、皆行方不明になったとか。 別名帰らずの森とも言われているしな」
「な、何か凄い魔女がいるって事は分かりました」
「フフ、森に近づきさえしなければ大丈夫さ。 さてと、誠、良ければその」
そう言ってヒルデは空のグラスの縁を、人差し指でくるりとなぞって見せた。
「あ、オッケー! ちょっと待ってて」
俺は好評だったオルファスカッシュのお代わりを造りに、キッチンへと向かった。
オルファスカッシュのお代わりと、冷蔵庫にあるもので、俺は何か食べる物を作った。
基本料理は嫌いじゃないし、異世界の材料となると色々と試してみたい事もたくさんあるし楽しい。
「お待たせ。 どうぞ、これも食べて」
「す、凄いな、いいのかこんなに? こんなに美味しい飲み物をごちそうになって、あまつさえ一晩泊めてもらうというのに、こんな御馳走まで……」
「気にしないで、それより旅の話を聞かせてよ! 俺冒険なんてした事ないからさ、そう言うの凄く憧れるんだ」
「旅の話? まあ冒険といったものではないんだが……誠の頼みとあらばな。 じゃあまず私が居た国での……」
それから俺とヒルデはオルファスカッシュ片手に料理を楽しみながら、沢山の冒険の話に夢中になった。
それは正に、俺がファンタジー小説で読んだ、憧れの冒険の世界。
廃墟で戦ったハーピーの話や、迷い込んだ洞窟がたまたま山賊の住処で、そこで繰り広げた山賊退治の話など、どれも俺の心躍らせる話ばかりだった。
「それで? そのヒドラとはどう戦ったの?」
「私一人では分が悪い相手だった。 しかし、そこにハンナという剣士が現れて……」
突如ヒルデの声のトーンが変わった。 さっきまでの声と違って、明らかに何か落ち込んでいるような、そんな感じだ。
「そのハンナって人は?」
「私の親友だ。 共に腕を磨き、いつかこの世界に名を轟かせられる、そんな騎士になろうと誓った仲だった」
「だった?」
「ああ……今日はもう疲れた、すまないが先に休ませてもらっていいか?」
「あ、う、うん。 さっき教えた部屋使って。 ベッドも用意してあるから」
「ありがとう、恩に着る。」
そう言って椅子から立ち上がり、ヒルデは顔を曇らせたまま部屋へと向かった。
しまった。 たぶん今のは聞いちゃいけなかった話だったのかもしれない。
俺は自分の馬鹿らしさにあきれながらため息をついた。 すると、ヒルデが急に立ち止まり、こちらにくるりと振り返った。
「誠はずるいな、何だかお前と話していると私は、普通の女に戻ってしまうようだ。 自分がこんなにおしゃべりだったとはな、今日はありがとう、お休み」
そう言って扉を開け、部屋へと入って行ってしまった。
「えっ? ええ!?」
胸がドキドキしてきた。 何だ今の!? どんな意味なんだ!?
もしこの世界にインターネットがあったら今すぐ知恵袋にでも投稿したいくらいだ。
俺はモンモンとする頭を抱えながら、トボトボと自室へ足を運んだ。