俺、お酒を造ります!(4)
「本当にごめん!!」
両手両足を床に着け、頭が磨り減るんじゃないかと思えるくらい、何度も下げる。
これぞ万国共通謝罪の証、そう、土下座だ。
気を失った俺を、シェリルはまたベッドまで運んでくれていた。
気が付いた俺はベッドから起き上がり、ひたすらこれの繰り返し。
「も、もういいですから、そ、それより早くさっきの事は忘れてください……」
シェリルはそう言いながら、俺と目は合わせようとはせず、顔を赤らめ、落ち着き無い素振りでモジモジとしている。
可愛いぞおい。 もうちょい土下座していたい気分だ。
謝罪の気持ちが邪な思いに変化しつつある事に気がつき、俺は立ち上がり、椅子に腰掛けた。
そしてずっとシェリルに聞きたかった事があるのを思い出し、俺は話を変えて思い切って質問してみる事にした。
「お酒? ですか?」
キョトン、とした顔で小首を傾げるシェリル。 短く切り詰められたショートの髪がサラリと揺れ、うなじがチラチラと見える。
改めて見るとやはり可愛い。 どことなく気品というか気高さというか、もしかしてどこかのお嬢様じゃないのかと、つい想像してしまう。
「誠さん?」
「へっ? あ、いやいや何でもない! うん、そうお酒。 昨日貸してもらった書物と文献とか読み漁ったんだけどさ、お酒って文字だけ全然出てこないんだよね。 風土料理とかの本も読んでみたんだけどさ、やっぱり見当たらなくて」
そう、お酒が出てこないのだ。 お酒は日常的には欠かせないものだ。
祭事、料理から医学に至るまで、その用途はたくさんあるはず。
なのにお酒が一つも紹介されていない。
料理本なんかもあったのに、それにすら出てこない。
そもそも俺が何でここまで酒に固執するのかというと、俺の家が昔から、酒造り職人として造り酒屋を営んでいたからだ。
祖父が亡くなってからは俺の親父が後を継ぎ、俺もいつかは酒造り職人にと、高校の生物工学コースで日々勉強の毎日だ。
まあここ最近は、漫画やアニメとすっかりサボり癖がついてきてはいたが……。
そんな事はどうでもいい。 問題はこの世界のお酒だ。
異世界のお酒がどんなものなのか、未来の酒造り職人としては、大変興味があるわけで、
「お酒って、なんですか?」
「はい?」
シェリルの返答に思わず聞き返してしまった。 今何て言った? 何ですか? ってなんだ?
「僕、お酒なんて言葉初めて聴きました。 お酒ってなんなんですか?」
固まること三十秒。
ようやく俺の頭はシェリルの言ってる意味を理解した。
「さ、酒がないって、まじで!?」
「キャッ! は、はい。 そ、そのお酒って言うものが何なのか知りませんけど」
「そ、そうか……ふぅ、ええとお酒って言うのは……」
とりあえず落ち着こう。 俺は深呼吸を一つし、シェリルにお酒がどういったものなのかを、できるだけ詳しく時間を掛けて説明した。
酒は、国や場所によって原材料は違うが、発酵によるアルコール生成は万国共通だ。
ちなみに俺の家で製造されている酒は、複発酵酒による純米吟醸酒。 白米と水を使って造酒されている。
上品で爽やかな香り、口に含むと優しい甘味が、ふわっと広がり、スゥっと喉を駆け抜ける軽快な味わい。 って、うちの爺さんがよく言っていた。
一度だけ正月にこっそり味見したことはあったけど、なるほど、と爺さんの言ったことが心底納得できた事がある。
まあ後で見つかって、みっちり絞り上げられたのは、今では良い想い出だ。
「美味しそうな飲み物なんですね。 それに飲むと皆が幸せな気持ちになれるなんて、本当に魔法みたいな飲み物なんですね」
シェリルの言葉に、俺は一瞬ハッとなった。
魔法? そうだ、この世界には魔法がある。 もしその魔法が料理や医療にも影響していたら?
「なあシェリル?」
「はい?」
「もしかし、魔法の調味料なんてあったりするの?」
「あ、はいありますよ。 主に錬金術士が作るもので、粉を振り掛けるだけで、お肉を干し肉に変化させたりできるものもあります。 勿論食べ物だけでなく、色々な生活必需品に、魔法は欠かせないものとなっていますよ」
そこまで聞いて、俺は一人納得していた。
やっぱりだ。 この世界は魔法による影響が色濃くある。 つまりそのせいで、人間が通常なら辿るはずであった過程を、階段を三段飛ばしするように通過してしまったのかもしれない。
酒はその歴史だけでも、紀元前七千年頃から既にあったとされている。
本来なら、古い歴史の中で酒の製造方法に辿りついてもおかしくないはずなのだ。
「あのぉ?」
「ん? 何?」
思案していると、俺の顔を不思議そうな顔でシェリルが覗き込んできた。
「その、お酒って、ここでも作れませんか?」
「こ、ここで?」
「はい。 誠さんの話を聞いていると、何だかとても美味しそうだし、僕も飲んでみたいなって」
「お酒……か……良いかも。 良いねそれ!」
お酒がない世界に、初のお酒を造る。 そう思っただけでものすごくワクワクする。
「俺さ、昔からこういう世界が大好きだったんだ」
「こういう世界? ラヴィエンテがですか?」
「ああ。 剣や魔法、魔物や妖精、そういったファンタジーの世界。 俺、昔から親父が厳しくってさ、勉強ばっかで外で遊ばせてくれなくってね。 勉強サボってよく部屋でファンタジー小説読み漁ってた」
ポツポツと喋りだす俺に、シェリルは柔和な笑みを浮かべ、耳を傾けてくれた。 バカにする素振りでもなく、俺の思いをやんわりと包んでくれるような、そんな暖かさがあり、俺はついつい普段なら絶対に他人には話さないことまで話してしまっていた。
俺と爺さんの夢。 ファンタジーの世界では必ずといっていいほどでてくる酒場。 そこで旅人や冒険者に酒を振舞う。
中では楽器の演奏や踊り子がいて、皆は酒を片手に暖炉を囲って、飲めや歌えやの大宴会だ。
カウンター越しに冒険者と酒を酌み交わし、冒険の話に耳を傾ける、そして聞き終わると、冒険の成功と無事を祝って乾杯。
こんな酒場を作りたい。 俺が爺さんに語った夢だ。 爺さんは笑わずに聞いてくれた。 今のシェリルのように。 そして、一緒にいつか叶えようと、俺に約束してくれた。
勿論こんな夢、現実の世界ではできない。 できるはずもない。
爺さんが亡くなって、親父は爺さんの頃のような一本一本端整こめて作るやり方から、大量に生産でき、コストパフォーマンスに優れた造酒を目指し始めた。
やがては俺も、高校大学を経て、親父の作った、その流れに身をまかせるようになるのだろう。
だけど、今の俺なら……今、この世界なら。
「俺、ここで酒を作りたい!」
この世界で、俺が初めて自信を持って言えた言葉。
その言葉を噛み締めながら、俺は宝石のようなシェリルの瞳を見つめ返した。