俺、お酒を造ります!(3)
信じられない光景を目の当たりにした俺は、しばし呆然としていた。
そしてそんな俺を心配してか、シェリルが何も言わず俺に肩を貸し、一緒に建物の中へと戻った。
途中またもや俺の手先がラッキースケベな事になったが、残念ながらそれを楽しむ余裕などこれっぽっちもなく。 ただひたすら打ちのめされた敗戦ボクサーのように、とぼとぼと歩くしかなかった。
部屋のベッドに戻った俺は、シェリルに、何故俺がこの世界に飛ばされたのか、その理由を尋ねた。
もはやこの世界が異世界だという事は、疑いようのない事実だ。
ならばまず、自分が置かれた状況を知りたい。 そしてこれから自分がどうしたいのか、それを明確にしていかないと、何時まで立っても俺は立ち直れない気がしたからだ。
が、残念な事に、俺が求めていたような答えを、シェリルから聞くことはできなかった。
彼女はただひたすら、
「ごめんなさい、僕があちらの世界にいた事は、今は話せないんです。 本当にごめんなさい……」
そう言って大きな瞳をウルウルとさせながら、小さくむせび泣くシェリルだった。
汚い、汚いぞ美少女! 泣けば許されるとでも? 答えはYESだ!
だって可愛すぎるから。 泣く姿もまた可愛い。 正直俺の中のSっ気が目覚めそうになる。 が、ここはあえて自重しよう。 せっかくのフラグを折るなんてバカな真似だけはしちゃいけない。
そう自分で自分に納得したところで、俺は質問をかえてみた。
次に聞きたいこと、これがもっとも重要な事だ。
どうやったら元の世界に帰れるのか? だ。
が、これに対してもシェリルは、
「ごめんなさい。うぅ……僕にも分からないんです。 本当にごめんなさい」
と、目をウルウル。
汚い、汚いぞ美少女!
心の中で俺はもう一度強くそう叫んだ。
「でも、こちらの世界にいる間は、僕が責任もって面倒を見ますから! だから何でも遠慮せずに言ってくださいね!」
涙で赤く腫らした瞳をこちらに向け、懇願するように手を組み、俺にすがりつくシェリル。
俺の中の中二という獣が、今にも鎖を引き契って暴れだしそうになる。
いかん、妄想が止まらん。
思わず鼻を押さえ、顔を茹蛸にしながら俺は部屋の隅に飛びのいた。
わ、話題をかえよう。
「え、ええと! と、とりあえずこの世界の事、もっと詳しく知りたいなあ、なんて、はは」
「あ、はい! お安い御用です。 ええと、じゃあまず、このラヴィエンテという世界についてお話させていただきますね」
やっと役にたてると思ったのか、シェリルは顔を輝かせるように、このラヴィエンテという異世界について話始めた。
シェリルの話はとても長く、途中、夕食を挟むなどし、気がつけば日もすっかり暮れてしまった。
これ以上はという事で、残りの事に関しては、シェリルから借りた辞書のように分厚い書物や、文献などを参考にさせてもらう事にした。
更に夜は更けていき、気が付くと、東の空に夜明けと呼べるだけの明るさが窓に差し込んでいた。
眠気に翻弄とされながらも、とりあえず俺は、今日一日で収穫できた事を脳内でまとめてみる。
まあまず最初に気になった事はそう、なぜ俺がこの世界の言葉を理解できているかだ。
そもそも、だいたい日本語しか話せない俺が、なぜシェリルと普通に会話ができるのか、そしてなぜ、こうやって異世界の書物に目を通せるのか。
シェリルによると、この世界に限らず異世界と言うものは、ほかにも幾つか存在しているらしいのだ。 が、それをまとめて管理しているのが、このラヴィエンテに住まう神々らしい。
異世界から異世界に渡るさなか、神のみぞ知るロジックがあるのだという。
つまり俺がこの異世界ラヴィエンテに飛ばされた際も、神々による何らかの力が働いたのだろうという事だ。
元々この世界に存在しないはずの俺が、今ここラヴィエンテにいる。
そんな不具合、もしくはバグを修正する為に、神々が作ったアンチウイルスバスター、みたいなもんが各異世界にあるというわけだ。
もしかして、神々の力でイケメンに修正されてたりするのか? と思い鏡を見てみたが、残念ながらそこに神はいなかったというのは余談だ。
続いてはここ、ラヴィエンテという世界が一体どんな世界なのかという事だ。
これに関してはとにかく話が長い。 全てを把握するのは無理だと早急に判断した俺は、要所要所のとこだけを自分なりにピックアップして解釈した。
まず、このラヴィエンテの世界を作ったとされる神について。
双神の女神、太陽の女神フェリシアと、月影の女神フォルシア。
この二人が、この世界の神とされ、崇められているようだ。
文献によるとこの二人の女神は、遥か昔、この大陸の覇権を掛けて争っていた。
だが、二人の生みの親でもある創造神が、この事を大変嘆き、その身を犠牲にする事により、二人の争いを止めた。 創造神の死を悲しんだ二人は、以来、争いを止め、双神の女神として、このラヴィエンテを治めたそうだ。
ただ、ここ数十年の間、太陽の女神フェリシアが、行方をくらましたという不穏な噂が、大陸全土に流れているらしい。
続いて俺がいるこの場所について。
シェリルの話によると、俺達がいるこの場所は、ハルモニア連邦共和国内にある、パルメキア山脈という山間に位置する場所にあるそうだ。
ハルモニア合金という、特殊な魔法鉱石が採掘されるらしく、大変栄えている国らしい。
ただ、その鉱脈を狙って小さな紛争なども、絶えず起こっているとか。 異世界であろうがそうでなかろうが、争いの種ってやつはどこにいっても大抵こんな感じなのだろう。
ちなみに気候なんかは、元の世界によく類似している事が分かった。
異世界と言っても創造した人物が同じなら、やはり似てくるところもあるのだろうか? まあ俺にとっては好都合なわけだが。
そうそう、好都合と言えばもう一つある。 それは、俺が中学高校と読み漁った、ファンタジー小説で培った知識だ。
エルフや妖精、魔法といったものから、騎士や盗賊、魔物など、あらゆるファンタジー要素がこの世界には蔓延していた。
知れば知るほど心は躍り、自分が異世界に飛ばされてしまった事への恐怖などは、気づけばどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
大の祖父ちゃんっ子で、幼少の頃をほとんど田舎で暮らした俺は、祖父の影響が強いのか、昔から物事をポジティブに捉えるのが得意だった。 まあ何かあれば、くよくよするな、深く考え込むな、辛い時は笑えなどと、よく祖父ちゃんに言い聞かされていた気がする。
今に思えば、こういう時の為にと、祖父ちゃんが考えて育ててくれていたのかもしれない。
といっても、流石に祖父ちゃんも、孫が異世界に飛ばされるなんて事は、想定できなかっただろうけど。
「ふぁぁぁ……やばい、やっぱ徹夜は無理があったかな」
欠伸をし急にもよおした俺は、ベッドから起き上がると部屋を出てトイレへと向かった。 昨日の今日と言うのに体が軽く感じる。 傷の痛みもだいぶ和らいでいる。
これも異世界へ飛ばされた影響なのだろうか? もしかして補正が掛かってこっちの世界では最強の戦士になってたりとか?
なんてアホみたいな妄想に耽りながら、トイレのドアノブに力をこめて回す。
「ドアノブ壊しちゃったり、」
──ガキンッ
「えっ?」
と、金属の歪む音が響くのと同時に、トイレのドアがキィィ、と勝手に開いた。
マジ!? ドアノブが壊れた? いや、俺が壊したのか? なんて思ったその時だった、
「あっ……」
「えっ……?」
トイレの便座にちょこんと座り、雪のように白い両足を、ぷらんとさせる少女。 勿論この家に今いるのは、俺とシェリルだけ。 つまり、
「お、おはよう」
「お、おはようございます誠、さん……」
呆然としながら返事を返すシェリルに手を振りながら、俺はそっとトイレのドアを閉めた。
「あれ?」
鼻先を伝って口元へ、口元からあご先へと何やら生温かいものが、
──ポタポタポタ
木造の床に赤い斑点が浮かび上がる。
鼻血? そう思った瞬間、体中が瞬間湯沸かし器のように熱くなり、俺は廊下に突っ伏した。 薄れ行く意識の中で、俺は確かにシェリルの悲鳴を聞いた。 これで二度目だ、はは……。