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俺、お酒を造ります!(2)

 しばらくしてから、俺は少女が食事を運んで来てくれた事に気がつき、ベッドから体を起こした。 先ほどよりも痛みはだいぶ和らいでる。


ふと、美味しそうな匂いが俺の鼻腔をくすぐった。 シェリルが運んで来てくれた食事だ。


湯気の出る美味そうなホワイトシチューに、焼きたての良い匂いがするパン。


余りの腹の空き具合に、俺は痛む箇所も省みず、頬張るようにして食事を済ませた。

結局シチューはお代わりを三杯もしてしまった。


俺はがっつくように食事を済ますと、少女は食後の飲み物を持ってきてくれた。

ホットミルクだ。


あっさりとしてはいるが、まろやかでやさしい甘味が何とも良い。

普段俺が飲んでいる牛乳とはどこか違うようだが、ウマイのだからそんな事はどうでもいい。


ホットミルクに口を付けながら俺達は会話を交わした。


少女の名前がシェリルという名だという事。 そして俺が自分の名前、氷堂ひょうどう 誠まことと名乗ると、シェリルは、とても変わった名前だとビックリしていた。


だが、俺は彼女の口から更にとんでもない事を聞かされ、驚愕する事となった。



「異世界……ラヴィエンテ?」



異世界。 そう、あの異世界だ。

剣だの魔法だの魔物だの、ファンタジー世界で言うあの異世界。

エルフだのドワーフだの、そう何度も言う、あの異世界だ。



「いや、ちょっと待ってくれシェリルちゃん。 急にそんな異世界って、ハハ、冗談にしてはちょっと変化球過ぎないかな?」



どう考えても戯言だ。 が、シェリルの顔はそう言っていない。 それにいきなり嘘を付くような子にも見えない。 かといってはいそうですかとも言えない。



「分かりました……では、よろしければ一緒に今から散歩しに行きませんか? 外の様子を見て頂ければ、僕の言う事も少しは理解できると思います」


「散歩?」


「ええ。 本当はあまり無理はさせたくないんですけど、六日も眠ってましたから、少しは体を動かさないと」


「六日!? む、六日も眠ってたの?」


「はい。 傷が思ったより深くて、知り合いの魔道士にお願いして何とか一命を取り留めたんですよ?」


「魔、魔道士? ていうか、そんなにやばかったんだ、俺?」



「はい……僕を庇ってナイフに刺されて、毎日痛みにうなされる誠さんを見てるのは、とても辛かったです。 あ、でも、私を庇ってくれた時の誠さんはとても格好良くて、昔お城で読んだ、童話に出てくる白馬の王子様みたいな」



そう言うと、シェリルは顔を赤らめ、握った自分の両手をクネクネさせながら、何やらモジモジとしている。


可愛い。 可愛いぞおい。 僕っ子ってやつだが悪くはない。

思わず隠れてガッツポーズを取る。



「と、とりあえず分かったよ。 じゃあちょっと外に出てみようかな」



言ってから、俺はベッドからゆっくりと立ち上がる。

何やら地に足が着かない感覚。 平衡感覚というかバランスというか、とにかく立ちにくい。



「だ、大丈夫ですか? 僕につかまって下さい」



慌ててシェリルが俺の手を取り、自分の肩にまわしてくれた。



「あ、ありがとう。 助かるよ」



シェリルの肩につかまりながら、俺は笑顔を見せて頭を下げた。



「あ……いえ、これくらい気にしないで下さい」



またもや照れくさそうに顔を赤らめるシェリル。 可愛いし健気過ぎる。


思わずふと、これは夢なんじゃなかろうか、と考えてしまった。

俺の記憶するところ、以前の俺はまったくと言っていいほど、こういったシチェーションに恵まれたことは無かった。


酒造り職人の長男として生まれ、俺もいつかは立派な酒造りの職人に、なんて思いながら過ごした十七年間。 考えてみたら浮いた話の一つもありゃしない。

何だか思い出せば出すほど虚しくなってくる。


と、その時、俺の左手に何やらフニフニした柔らかい感触が。


何だこれは? なんていうわざとらしい反応はやめておこう。

これはあれだ、あれしかない。 そう……


内心呟きながら、俺はシェリルの肩にまわした自分の腕に目をやった。

正確には、ぶら下がった手の指先。 その先っちょが、さっきから歩くたんびに当たっている場所だ。


ふっくらと盛り上がった胸。 麻布の服越しでも分かる柔らかな感触。 斜め上から見える、もとい覗ける胸元の谷間。 幼ない印象が強かったシェリルだけど、これはもう大人だ。 うん、立派な大人だ。


俺は興奮し何度も一人頷きながら、更に悪くなった足取りで家の外に出た。


が、次の瞬間、邪な考えに耽っていた俺は、その場で棒のように立ち尽くしてしまった。


頭を殴られたようなショックが全身を駆け抜ける。


澄んだ青空、穏やかな心地よい風、巨大な山々。

何かで見たことがある光景。 あれだ、ロッキー山脈! いや、どこか違う……アルプス? アルプスの少女ハイジ!? そう、あれだ! ハイジだ!!


テレビアニメで見た、あのハイジが生まれ育ったアルプスそのまんまだ。


羊はどこだ? と周りをキョロキョロ。 いや待て。 じゃあここって本当に異世界?


否、そんないきなり現実否定なんてできない。 だって俺の頭は正常だ。 確かに昔からファンタジー小説大好きで中二っぽいとこはあったけど、現実と妄想の区別くらいはつく。


じゃあなんだ? 気を失っている間にアルプスに拉致されたとか?


肩を貸してくれているシェリルを見る。


短いうなじが風になびく。 エメラルドのような瞳が遠くを見つめていた。

現実離れした美しさ。


こんな子が俺を攫った? ありえない。 俺は電車の中でこの子を庇ってナイフで刺された。


そして、そして……。


──メェェェ、


羊? 突如響いた泣き声に俺は振り返った。


ひつ……じ、じゃない。 何だあれは? 灰色の肌のひつじ、に似た何かだった。


だって目が一つしかない。 一つしか、



「うわぁぁぁぁっ! ばっ、化け物!?」


「えっ? 大丈夫ですよ。 あれはカドプレパスです」



情けない悲鳴でしりもちをつく俺に、シェリルは優しい笑みで手を差し伸べてくれた。


その手を取り起き上がると、カドプレパスと呼ばれた羊もどきをもう一度マジマジと見た。


姿はどこからどう見ても羊だ。 でも目玉が一つしかない。 しかも握り拳ほどの大きな目玉。



「カドプレパスは元々魔法生物だったんです」


「魔法生物?」


「はい。 魔道士や錬金術師、召喚士などが魔法によって生み出した生物の事を、われわれは魔法生物と呼んでいます。 その中でもこのカドプレパスは、家畜用の魔法生物なんです」


「か、家畜用?」



シェリルが小首を振り軽く頷いた。



「元々は目玉に刻まれた術式で、見つめた相手を石化させちゃう怖い生物のはずだったらしいんですけど、結局石化の呪法が成立しなかったとかで、ただの目玉が一つしかない家畜用生物になっちゃたとか」



な、なんだそのどうしようもない誕生話は。


話を聞いてから再度カドプレパスを見る。 怖さはもう感じないが、同情の目でしか見れなくなってきた。

うん、良く見ると愛らしい瞳……でもないか。



「そういえば家畜用って?」


「ああ、さっき誠さんが食べたシチューや、食後に飲んだミルク。 あれはこの子の、」


「ストップ! いや、その話はもういいや」


「え? あ、はい」


一気に胸焼けがしてきた。 後だしジャンケンは汚いと思う。


俺はムカムカする胸を手でさすりながら、ふと、何やら遠くの空にちらつく物に目がいった。


何だろうと目を凝らす。 山岳の合間に巨大な入道雲が見える。 その所々の隙間にチラチラと、何か大きなものが見え隠れしている。 


動いている? そう、その何かは雲の中で蠢いているようなのだ。 しかも距離的に考えてもかなりバカでかいのは明らか。



「なな、何だあれ?」



俺はそう言って遠くの入道雲を指差して見せた。



「えっ? どれです……う、うそ! あ、あれは!?」


「ど、どどどうしたっ!?」



突然大きな声を張り上げたシェリルに俺の心臓は飛び跳ねそうになった。



「ウルムンガルド……!」


「う、うるむん何?」



俺がそう聞き返した時だった、



──グウォォォォォンッ!



突如、落雷を思わせるような轟音が響いた。


風? 大気が震える? 何だかよく分からない衝撃が大地に走った。



「ウルムンガルド、別名、狭間の守護者です……!」



シェリルが声と表情を強張らせながらそう言ったのと同時に、雲の切れ間から、巨大な蛇の様な胴が見えた。

白銀の鱗で覆われた巨大な蛇。

ここからかなりの距離があるというのに、その鱗の数が、数えられそうなくらいバカでかい。

巨大な胴がスルスルと雲の中を、まるで泳ぐように這いずって行く。

やがて、その巨大な蛇の一部であろう姿は、雲の中へ、吸い込まれるように消えて行った。



「ぼ、僕も初めてみました……雲の中を泳ぐとされるウルムンガルドは、気まぐれに人の前に姿を現す事があるって、前に聞いた事はありましたけど、まさか本当にこの目で見れるなんて」



シェリルが感動とも恐怖とも似つかない声でそう話す中、俺は情けない事にただひたすら震えていた。 そして同時に思い知らされてしまった。


揺るぎない事実。 そう、ここはまさしく、本当にあの、異世界なんだと……。

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