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僕と彼女の灰色の青春  作者: 稗貫三郎太郎
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1-4話 「ブリーフィング」

「えー、手元の資料の通り、独専軍は守備をがら空きにしております」

アレクセーエフは先ほどまでの戦々恐々とした態度から一転、垢抜けたプレゼンモードとなっていた。

カレディンは机の上に置かれたホッチキスでまとめられたプリントに目を通す。

一介の軍団長にすぎない自分が読んでもよいものかと憚られたが、どうせ余った分なのだ。それに自分はこの場では空気同然、構いはすまい。

「我々も舐められたモノだな」

とブルシーロフ

「はい、連中はこちらの動員スピードを舐めきった計画で動いてますからね。でも私達スタフカ及びに皆の努力があって予定よりも早く動員が完了しそうです」

動員を真っ先に開始し、かつその手順を驚異的な速さで進められたことが大きかった。

流石に独専ほどではないにせよ、連中の予想を裏切る迅速さであったのは間違いない。

「この機会を生かさない手はありません。のど元に突きつけられたやばいやつをへし折ってしまいましょう」

彼女の言うのは独専の支配地域の中でペトラグラード市に最も近いオストプロスベルク市。

北に海、南に|(露草傘下の波乱(はらん)分校の支配地域)ポルスカランド群に挟まれた回廊地帯となっており露草にとって目の上の腫れ物だった。

「それは第一軍のレンネンカンプさんと第二軍のサムソノフさんに任せます」

カレディンはその二人の名前が同時に現れたことに驚いて、アレクセーエフの方を見る。

彼らが犬猿の仲なのを知っているだろうに、天然か度胸か平然とした顔でさらっと言ってのける。

「はぁっ、なんで俺が奴と隣り合わなきゃいけねぇんだ!」

レンネンカンプは当然の反応。

作戦計画ではレンネンカンプ率いる第一軍が東から、第二軍サムソノフが南から攻めて独専の一個軍を挟撃する手筈になっているのだ。

「ゴメンね、他の人達はその…派閥的な関係で動かしづらくって…。でもほら、先生方も独専への攻撃を期待されてますからポイント稼ぎになるんじゃないんですか」

高校には生徒達各の階層、属性に応じた派閥が数多く存在する。特に露草の場合それが顕著で、学年、部活、クラスという垣根こそあるが生徒は誰かしら派閥に存在している。そうでなくては高度に階層化された学校社会の中を生きていけないほどに、派閥の影響が強いのだ。

事実、カレディンとて二ヶ月前までレンネンカンプの派閥の最下層に位置づけられていた。

そしてこの場に居並ぶ軍司令官達も、それぞれの派閥のバックアップを受けたリーダー格であった。一人の例外を除いては。

その例外こそ彼女、ブルシーロフだ。

「ざけてんじゃねぇぞ、おい!大体は贔屓したがりの教師共の人選だろうが。ったく、てめぇがしっかりしてねぇからそのままの話押しつけられて、巡り巡って俺が迷惑すんだよ」

レンネンカンプは手にしていたA4のプリントの束をクシャクシャにしながら怒鳴った。

誤魔化そうとするアレクセーエフの態度が彼の怒りを買ったのだ。

アレクセーエフも負けじと反論する。

「私だっていろいろ具申しました!作戦だって私達スタフカが決めたし、先生方が切に要望される独専への攻撃を確実なものとするために、露草(ウチ)で1、2を争う荒くれ集団が適当だって考えたんです」

口論をよそにカレディンは自分がいつか彼女に「何故派閥に所属しないのか?」と尋ねたときのことを思い出した。

曰く「私はそう言う馴れ合いは好きじゃなくてな。縛られない一匹狼の方が気楽でいい」だそうだ。

確かに彼女くらい異彩を放っていればそれも可能だろう。ただ話していく中でカレディンが気づいたのは彼女は自分の失敗をいちいちひどく気にかけているということだった。

ブルシーロフ先輩でもそう言う部分があるのか。いやむしろ、それくらいミスの追及を徹底してきたからこそ非の打ち所のない実力があるのではないか。とカレディンは結論づけた。

「とにかく、決定は遵守してもらいます」

激論は終わったようだ。

レンネンカンプは「デケー顔しやがって…何様だよ」と聞こえるように呟いてから

「ダー。しゃーねーな」

と納得を示した。

アレクセーエフは相手が折れたことにホッと胸を撫で下ろしたが、レンネンカンプの次の発言で再び顔をこわばらせた。

「だけど俺は奴と歩調を合わせたりしねぇからな」

「ちゃんと作戦に従って下さい。台本読まないでコケても知りませんよ」

流石にこの温和なスタフカ総長も頭にきたのか、冷たい口調になった。

「俺はミスらねぇ。ただ野郎のケツは拭かねぇってことだ」

「作戦全体でミスがないようにお願いします」

アレクセーエフは釘を刺して話を切り上げる。

次いでカレディンらに視線を配り、次のページを開くよう促す。

「さて、では奥信の方ですが、連中はガチリアに集結しており事を構えるつもりです」

奥信共栄の支配地域ガチリア市は北にポルスカランド群、東にユクラシア群と露草の支配地域に面している。

「3,4,5,8軍の皆さんに展開してもらいます。サルワザで編成中の第9軍も完了次第投入しましょう」

「第4軍、第5軍はポルスカランド南部より南下してプジェマイシィ市へ向かって下さい。第3軍のルスツキーさんは東よりリヴィベルク市の占領を頼みます。第8軍のブルシーロフさんは第3軍の側面を支援して下さい」

リヴィベルク市はガチリア群最大の産業基盤と人口を誇る中心都市で、発生装置が密集している重要拠点でもある。鉄道の集結地点であるというのも戦略的にオイシイ。故に奥信軍の頑強な抵抗があるとアレクセーエフは予想していた。逆を言えばガチリア群にはここくらいしか都会に分類出来そうな都市はない。

プジェマイシィ市も負けず劣らずな規模の街だがここの場合は堡塁仕様の発生装置に取り囲まれ要塞と化していた。

「細かいスケジュールは資料に載ってますので各自で確認しておいて下さい。ブリーフィングは以上です」

アレクセーエフは一通り話し終えたら一同を見やる。

「はいはい、作戦に従っときゃいいんだろ」

レンネンカンプはやや苛立った様子で返事をする。

「あー、うんうん。構いませんよ」

エーヴェルトはやはりスマートフォンの液晶画面を覗き込んだまま、心まで機械に吸い取られたような無感情さで応答する。

「ダー」

とルスツキーはあくびする。

「うむ、アレクセーエフの計画なら間違いあるまい」

ブルシーロフはそう頷くとカレディンの方を向き

「戦略とはこうして決められるのだ」

と言った。


「最後に諸注意ですが、皆さん体調管理は徹底して下さい。戦闘の直前に体調不良で頭数が減ったら目も当てられません。」

変換器は精神エネルギーを抽出して抽象化した精神体で戦うのだ。そして精神と肉体は表裏一体、病気になれば精神体も減少するし、

「それから無茶は禁物です。精神体は皆さんの心身と深く結びついています。精神体の損耗は精神的、肉体的ダメージとしてフィードバックしますし、その逆もまた然りです。霊柩車を呼ぶことはないにせよ救急車は呼ぶかも知れません。これは遊びではないので呉々も節度を守るようお願いします」

変換器の使用に当たって再三に渡って言われたことでカレディンにとってすでに聞き飽きた文句だったが、聞く度にどこか引っかかるものを感じていた。

それは霧状をしたいくつかの疑問の複合体で、彼自身も実体が掴めないでいた。確かな言葉に換えて理解するのは下手な金魚すくいよりも難しい。

ダマの沈殿したスープのように、表層にに浮かばない漠然とした他の疑問を内包しつつ、イマイチ具体性のない、だが一つだけはっきりしている疑問を吐き出す。

「それって相手にも同じ事が言えませんか?」

ひどく曖昧な質問だった。だからだろう。アレクセーエフも彼の懸念の正体を知る由もなく、形式的な答えを返す。

「そうですね。だからって手加減する必要はありませんよ。救急車を呼ぶなんて極端な話で、想定される限り希ですから」

「そうですか」と引っ込んだがまだ釈然としない思いだった。

どころかさらに疑念を深めているようなさえした。

要領を得ない質問だったから要領を得ない回答であっても仕方がないのだが、何かとてもムズ痒い思いだった。


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