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僕と彼女の灰色の青春  作者: 稗貫三郎太郎
3/6

1-2話 「双頭の鷲の旗の下に」

7月28日

今日が戦争期間|(教師陣は実力行使と呼びたがる)の正式な始まりだった。

とはいえまだ奥信共栄(おくしんきょうえい)学園が塞台(さいだい)高校に宣戦布告|(これまた教師陣は問題解消と呼ぶ)を行っただけだった。

それが露草高校にどう関わるかはカレディンには知る由もないことで、安穏とした一日だった。

安穏とはいっても部隊を正常に動かす訓練だとか、部隊が正常に動くかの確認だので結構忙しい。

それもスマートフォンを持っている生徒に限定されている。

とはいえスマートフォンの広く普及したこのご時世では、『田舎者』とよく形容される露草校生であっても10人いたら9人は持っているものだ。この文明の利器に皆取り憑かれたように目を貼り付ける。


戦争の当日と言うこともあって早めの下校となった。

誰もいない午後の教室でカレディンは一人席に着き、大きく伸びをしてため息をついた。

「そのため息はどっちだろうな。」

いつの間にか隣にブルシーロフが立っていた。

「戦争が起こったはずなのに実感できない杞憂からか、明日かも分からぬ戦争への期待混じりの不安からか。」

「たぶんどっちも…違いますよ。」

彼女は「どっちも」の後に一瞬目を輝かせたが、次の文節で消える。カレディンにとっては、先ほどまでの辟易するほど長大な動作点検や操作説明が終わったことに、小さな解放感を表現する程度のつもりで、彼女が言うほど深い意味なんて持っていなかった。

「それで何でしょう、ブルシーロフ先輩。」

カレディンはよそよそしく尋ねた。

「明日はチーム分けとなるが編成はすでに決まっている。もちろん君は私の第8軍隷下の騎兵の軍団長だ。」

カレディンは「騎兵ですか。」と相づちを打つとともにその単語に過去を思い出す。

部族ではみんな馬に乗っていた。それがデフォルトだった。もちろん彼もそれをこなすことが出来た。頭も良かった。

ただ人間、子供により高いことを要求するもので、たまたまカレディンはその要求をクリアできるだけの能力を持っていた。

そこから不幸が始まった。

エスカレートする期待と要求に幼いながらに応えてきた。堪えてきた。

そのうち頭領という肩書きまで得るに至った。当時は成長と共に無神経な圧力に嫌気が差してきた。それと時を同じくして要求に対しての彼の能力に限界が見えてきた。彼が解放されたいと望んでいた、押しつぶされるほどの圧力は一転、彼を突き放す力に変わった。

初めて見せたその冷たい一面が、自分の何もかもが世の中の誰も彼もから否定されているようで、怖くなってますます何も出来なくなった。この悪循環を経て今に至るというわけだ。

思えば大人の希望と失望に振り回されていた。


「うわのそらだな。大丈夫か。」

ブルシーロフの声が意識に入る。眼前で彼女の手が左右に動いている。

「心配せずとも、訓練通りやればいいさ。」

訓練…この7月の間に正規ボランティアとなったカレディンは、訓練を受けていた。

戦争までの準備期間には露草高校生徒全員スマートフォンを用いた簡素ながら説明と訓練を受けていたが、カレディンはブルシーロフに連れられて、夏期の正規訓練を受けたため、技術的にも知識的にも他の生徒を上回っていたし、操作にも十分慣れていた。

「それで君には」



「さて、あとは実戦を待つばかりだ。嵐の前の静けさ…この神経をほんわか張った感じが何とも心躍る。そうは思わないか」

カレディンはブルシーロフの言動から、露草が奥信共栄と塞台の紛争に介入する形で戦争になる可能性を考察したが、やめた。

下っ端がいくら足らぬ智恵を振り絞ったところでどうなるわけでもない。

そうと分かっていても自然と顔が曇ってしまう。

「不安なのか?大丈夫だ。君にはもとより素質があるし、私が磨きを掛けたんだ。もっと胸を張って誇らしくしろ。実力は確実に発揮されるんだから」

ブルシーロフはそんな彼を気遣って勇気づけようとしたのだろう。だがカレディンはその文言から心臓が詰まるような、重苦しいものを感じた。

「それは期待ですか」

言葉は違えども、期待されることに強い嫌悪感を示していた。

正確には期待に添えなくて相手を失望させることと、そうならないために必死に自分の有用性をアピールしなくてはならないという重圧にである。

「期待…それとはニュアンスが違うな」

「私の言葉は確信だ。私の信じたものは絶対だ」

あまりにも自信たっぷりに言うものだから、カレディンは一瞬感銘を受けそうになったがハッとして、反論に移る。

「どこも変わらないじゃないですか。変な期待を掛けないで下さいよ。僕はあなたが望むような人間じゃないし、なれない」

カレディンは抗議した。それほどまでに彼にとって期待というのは不気味で歪な塊なのだ。

それを背負っている時の自分とはさながら、白紙にうっすらとした線を綴る、強く握られたインクの悪いボールペンのようであった。

ブルシーロフは彼のしかめた顔を見ておおらかに笑みをこぼす。

「ひねくれぼうずめ、ふふっ。だがそういうところも可愛いな」

「今はそれでいいか。早く君が自分自身に直面して驚くところが見てみたいものだな」

カレディンは押し黙っていた。彼女の呼吸の置き方から次の話題に移ろうとしているのが分かったからだ。だがそれ以前に彼女の言葉と表情を前に、自分が何を言うべきかを忘れてしまったのだ。

「そんな君にいい機会がある」










その二日後、露草高校は動員令を発動した。

これを引き金に奥信共栄学園も動員を開始。

帝国独立専門普通学園もそれにならい動員令発動と同時に露草高校に宣戦布告。

続き奥信共栄が露草に宣戦した。

日に日に近づいてくる戦争の音は確かに聞こえていた。

だがカレディンには実戦に対する恐怖も興奮もなかった。








同じ頃、奥信共栄学園、エスターヴィン市内、奥信校、生徒会室


「うおー、オレの右手がうずく!双頭の鷲の旗の下に栄光を掴めと言っている~!」

奥信校の生徒会長コルナ・ヘッツェンドルフの右手から出る光の束が奥信の校章であるふたつの頭を持った鷲を形作る。

鷲はその立派な翼を広げて、彼女に語りかける。

一方の頭は大義について、もう一方の頭は使命について。

彼女はそれ恍惚とした表情で聞き入っていた。


というのは全て彼女の妄想であり、現実には作戦会議中に彼女が発作的に右手を押さえただけである。

その彼女の周りを月白色の制服に身を包んだ生徒達が囲んでいた。

「またやっちょるよ。この人。」

隣に立つフェノス・フェルディナンドが小声で呟く。

その他の生徒も無表情だった。

彼らにとり、この発作は日常だった。今更呆れるまでもない。

フェルディナンドは悦に浸るヘッツェンドルフを肘でどつく。

我に返るヘッツェンドルフにフランカー・バルディンは現実に引き戻すように冷淡な口調で説明する。

「それで、ヘッツェンドルフ会長。露草は本気で仕掛ける気です。我々は塞台高校と戦おうにも、背後の露草も同時に相手せねばなりません。そこで兵力の配置と大まかな戦略について考える必要があります。」

彼らは今日戦略の転換について議論しに来た各学級の委員長クラス、つまり軍司令官や軍団長たちだった。

だが敵は南の弱小校、塞台だけと高をくくって準備してきたため、スケジュールは切羽詰まっていた。

そしてこの重大な戦略会議の最終決定を下す生徒会長の鶴の一声を、皆慎重な面持ちで待っていた。

「あ、ああそのことか。うむ、その点なら任せとけ。魔王家ハプスブルクの血族の魂の乗り移りであるこのオレの超次元夢幻回転頭脳はわずか0.000003で解決策を見つけ出したぜ!」

今までの話の経緯をやっと思い出したヘッツェンドルフがしたり顔で言う。

「ほう、して如何に。」

彼女の痛々しい単語の一つ一つもやはりいつものこと故に聞き流した。

「こういうのは逆から考えればいい。両戦線に最低限どれだけの戦力貼り付けとく必要があるのか。と」

そう言って予想される敵の兵力に対する比例式を冷静に組み立てる。

「対塞台であるバトカン方面に8人、対露草のガチリア方面に28人、で残る12人は戦略予備として即時応援に駆けつけられるように待機させとこう」

「なるほど、ではそのように…」

「あー、待った。やっぱ今のナシ!はじめっから予備も塞台に送り込んどこう。速攻で塞台潰して返す刃で露草方面につぎ込む。そんな感じで急いでくれてOK?」

「はあ、御意…ではその旨ただちに下々に通知いたしましょう。」

バルディンはスマートフォンを取り出した。

『魔王家の血族に憑依された類い希なる天才的頭脳の持ち主』を自称するヘッツェンドルフの『直感で閃いた最適解』という名のアドリブに彼らはこれまで幾度となく振り回されてきたが、これはいまだに慣れないところである。

だがその判断に疑問符やケチを付けたことは今のところはなかった。

「ときに大公さん」

「うん?」

大公と呼ばれて反応したのはフェノス・フェルディナンドだった。もともとはヘッツェンドルフから勝手に付けられたあだ名だったが、いつの間にか共有された認識となっていた。彼自身は特に何も気にしていないようだ。

「同盟関係の独専どくせんからの援軍は期待できないでしょうか。」

独専とは奥信共栄の北に位置する列強校、独立専門普通学園のことだ。

他にも独校や独普と言った略称も存在するがいずれもマイナーなものでもっぱら独専と略されることがほとんどである。

「うんにゃ、そりゃ無理じゃろ。やっこさん西の仏暁ふつぎょうに9割方戦力をつぎ込んどって、東は防御するだけでやっとこさの最低限の兵力しかいないとさ。んなもんで当分は奥信ウチが一手に露草と対峙せにゃならん」

フェルディナンドが気だるそうに答える。

仏暁女学院とは独専の西に位置する列強校で、露草と同盟関係にあり、独専と敵対している。

「脆弱な塞台から攻勢をとるとは思えないですしそっちは当分安泰でしょうが、露草相手に味方が来ないとは心許ないですね」

奥信共栄を援護すべく露草に挑んだはずなのに、直接の関係のない仏暁に因縁の対決とばかりに全力で攻撃を仕掛けていってしまった独専。バルディンの言葉はその身勝手に対する非難や不満を言外に示していた。

「まったく、厳しいのう」

フェルディナンドが頷いた。

この後に移動手段、時間設定、宿泊先などの細部を討議して解散となったが、一時間後彼らは再び集合をかけられた。当日の準備を進めている最中であった。

忙しく当日の準備を進めている一同を招集した生徒会長は

「や、あの件なんだけどさ。やっぱし現実的に考えて弱小な塞台より強力な露草に比重を置いた方がいいかな。予備は北に回して対露草に送っとこう。」

と二度目の変更を告げた。

「え…言うの遅すぎですよ。もうバトカン方面行き特急のチケットと現地宿泊用のホテルを予約しちゃったんですよ。ていうか大事な作戦会議がこんな行き当たりばったりでいいんですか!?」

バルディンが取り乱す。一連の動作を急かした張本人に対して憤慨してすらいた。

「まーまー、そんなのドタキャンすればいいじゃないの。その程度のことで狼狽することないって!」

ヘッツェンドルフは慌てるバルディンの肩を叩いて笑ってみせる。バルディンは肩の手を払いのけ

「簡単そうに言いますけどね。キャンセルの手続きにどれだけ手間がかかると思ってるんですか。前々からきちんと計画立てないからこうやってグダグダするんですよ。もうっ」

とスマートフォンを取り出し命令変更のやりとりをしながら、文句を言う。

ヘッツェンドルフはそれを愛情表現と解釈して放置し、生徒会室の一同を納得させようと努める。

「まあ、色々ゴタゴタしても我らが精強たる奥信校の生徒なら塞台ごとき雑魚なら無双できるし、露草相手でも何とか出来るだろう。」

だが彼女のいう奥信校、すなわち州の中央に巨大な支配地域を構え、州の全高校に睨みを利かす、古き良き伝統を受け継ぐ列強校の威光とは過去の遺物。

現在はその膨らんだ支配地域のせいで、細分化された地方自治を求める、所謂ナショナリズムの活発化や、隣接する他校との土地の支配権を巡ってのトラブルに忙殺される有様であった。

また、教育システムやカリキュラムの効率化を目的とした改革なども伝統を重んじるばかり未遂に終わり、能率の悪い体制が様々な弊害をもたらしてきた。

事実、この戦争にむけて用意できた費用と動員人数は列強最低であった。

「会長。奥信共栄アウスグライヒです。」

横からバルディンが補足する。


二重学園体制アウスグライヒ、それは共栄分校ひいては台頭するナショナリズムとの妥協。

かつて広大な地域を一手に治めていた奥信学園は、対等な立場を求める共栄分校に歩み寄り、変化する時代に適応すべく共存の道を選んだ。もちろんこれは建前だ。


「対塞台で攻勢に出るのはさることながら、対露草でも同様、攻勢に出る。」

一同の顔がにわかに曇る。それを察知した上で雄弁を振るう。

「兵力ですでに劣る我々は本来守勢をとるべき。そう言いたいのは分かる。だが『攻撃こそ最大の防御』、主導権を握るのは常に攻撃側だ!」

「露草の動員は遅い。あの独専もその予想のもとでシュリケンプラン…だっけ?の通りに動いてるわけだし。」

「シュリーフェンプランですよ。会長。」

またも口を挟まれ、ヘッツェンドルフはばつの悪そうにする。


西に仏暁、東に露草という二つの敵対する列強校に地理的に挟まれた独専のとった戦略、シュリーフェンプラン。

動員の比較的早く強力な仏暁を持てる全力を持って叩き潰し、戦の終わり次第露草方面に主力を移す。

つまり二正面で戦っているにもかかわらず、一正面ずつ戦力を集中出来ると言うのである。

欠点もある。

「独専に対し露草の動員が破滅的に遅いこと」そして「仏暁に確実に短期勝利すること」

この二つの前提のどちらか片方でも誤れば破綻しかねないリスキーな計画であった。

例えると、弾込めしている敵に背をさらしながら前方の敵と撃ち合うガンマンだ。

ガンマンが前方の敵を倒し、振り返って背後の敵を撃つ場面がイメージ出来るが、彼が撃ち負ける、もしくは撃ち合ってる間に装填の終わった敵から無防備な背後を撃たれる。

という場面も想像に難くない。

シュリーフェンというのはこの博打のような作戦を思いついた人物の名前だ。

1年前まで独専の生徒会長を務めていた彼は、卒業後も、今次戦争に巻き込まれて行くかつての母校の行く末を憂えていた。

そこで彼は「独専が勝ち残るための唯一の方法」をUSBメモリにまとめ、現生徒会長ヘルタ・モルトケへそれを託したのである。


ヘッツェンドルフは場を仕切り直すように、手のひらで勢いよく机を叩いた。

「そう、ただし!露草は動員こそ遅いが兵力が化け物じみて馬鹿げてる。奴らの動員が完了し終わった後からだと確実に勝てない。だーかーらぁ!奴らの体勢が整わないうちにこちらから仕掛ける。」

ヘッツェンドルフはその勢いのまま立ち上がり右手を一同に向けて伸ばし手のひらをかざす。手のひらはその向こう、茶色く地味な、だがどことなく威厳のある生徒会室の扉と向かい合わせになっていた

「そして征くのだ!かつて魔王家ハプスブルクに仕え、再び魔王の目覚めるラグナロクの刻まで、眠れる双頭の大鷲を護るために戦わんと、この現世ヴァルハラに転生されし魔界の戦士達(KuK)よ!」

急に彼女の妄想設定に巻き込まれるのもご愛嬌、誰もなにも言及せずに無言で立ち去っていく。

彼らは扉を出て壁の帽子掛けから月白色のケピ帽を取り、任地へと赴く。

露草という巨大な獣を征服するために―


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