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僕と彼女の灰色の青春  作者: 稗貫三郎太郎
2/6

0話 「前座」

いつか精神エネルギーを抽出して具現化することが出来るようになったどこかの世界



ホイッスルの音が殺伐の荒野に響き渡る。すると地平線より無数の何かが這い上がる。土嚢の敷き詰められた塹壕から兵士達が無様に這い出る。兵士達は進む。榴弾の降る中平野を土を被ったヘルメットに手を当てながら、泥のこびりついた靴で土を力強く踏んでゆく。それはより巨大で正しいリズムの音となり、砲声に負けじと戦場に響かせる。

それも敵の塹壕からの容赦のない銃火によって終わる。甲高い機関銃の音、手榴弾の炸裂音、兵士達の一斉のかけ声、そして断末魔。たちまちに戦場は演奏となる。

突撃の合図と共に、兵士達は壕へ滑り込みバイヨネットを敵の腹部めがけて突き刺す。

凝縮された筋肉に挟まれて抜けない銃剣、それが刺さったまま痛みにもがき苦しむ敵兵の頭を先の尖ったスコップで打ち付ける。ヘルメットごと、それが不快なうめき声を発さなくなるまで、何度も何度も…

そうして息絶えた兵士達は土と同化するように消えて行く。もともと彼らは半透明だった。

そして半透明の兵士達は死の迷宮の奥へと進んでいく。



「ええ、つまりあなた方に実力行使を許可します」

ざわめき、学園州レメレニミアク州庁のホールに集められた州の全学校の代表総勢40余名が州知事の一言に動揺する。ただただ唐突な申し出に困惑していた。昨日まで州は学園に唯一を除いた様々な権限を許してきた。そして今、封印してきた唯一を解禁するというのだ。

州の5大学園通称“列強”の一角、奥信共栄高校の代表陣の一人が手を軽く上げた。ざわめきは止み注目が集まった。

「各学校間のトラブルや問題の解消に当たっての新手段…変換器の使用を容認されると仰いましたね」

州知事はうなずいた。

「はい、その通りです」

代表は立ち上がって、扇状の座席の面々と一人向き合う知事の発言を確認し、応答を得て腰を下ろした。

巨大化した学園同士はお互いのしがらみや因縁で絡まれた複雑な利害関係の中に囚われた。彼らは幾度もそれを振りほどこうしたが、話し合いしか手段がない彼らは解決案も妥協案も欠席した会議で椅子を向かい合わせたまま膠着してしまったのだ。

「変換器の使用はリスクが高いものなので我々州政府が責任を持って監視、進行を務めさせていただきます。」

ふただびざわめき。これまで州政府はあまりに絡まりすぎた蜘蛛の巣のような学園事情をずっと座視し続けてきた。話し合い以外の新たなる手段を許可し、それが行使される過程を監督しようという。どんな風の吹き回しもなく変革の風が到来していた。

だがそう喜べた話でもないのは誰もが知っていた。

背景には少子化と財政難の輪郭がくっきりあった。“利害の一致しない関係”“先延ばし会議”のワードを合わせるとそれは絞首刑を意味した。少しずつ締められていく縄に焦り始めた州政府がことここにいたって最後のカードを切ったにすぎなかった。

州知事はざわめきが収まったところで話を続ける。

「内容ですが、利害調整に当たって教師陣の専制を防ぎ生徒の意志も取り入れるべく、実質的な行使者は高校生徒に限定します。また行使できる範囲はスマートフォン一台までとします。あとそれ以外の暴力や精神的苦痛を伴った行為は禁止とします」

電子機器を媒体に人間の精神エネルギーを取り出し具現化できる機能変換器はその利便性と危険性から使用に関しては州ごとに厳密な取り決めがあった。変換器を使った攻撃で交通機関を麻痺させることもできるからだ。

「発生装置はそれぞれ学校の校舎とします。施行開始までなら戦略的価値のある場所に新たに申請しても構いません」

そう言って知事はズレていないはずのメガネをクイッと上げる。

精神エネルギーは何の変哲もなく至る所から溢れている。そこから自身のものに補充することが出来る。至る所とは言っても、民家や公共施設とか普通のものからは極微量しか出ない。宗教的な建築物や歴史的な記念碑や芸術的な彫刻などは溢れんばかり出る。そして極微量子化でないところのエネルギー産出量増強のために使われるのが発生装置である。

「学校の校舎が占拠された時点でその学校は相手の要求を無条件で受け容れなくてはなりません。また学校同士が協力して実力を行使する場合は州庁に申請してください。ここまでで質問はございませんか。」

やや小さなどよめきが起こる。席の大半の面持ちが曇る。列強の面々にしたり顔が混じっているのに対して小中規模の他の代表は皆神妙な顔つきだ。

列強のうちの一校独立専門普通学園の代表が挙手、そのまま立ち上がり質問する。

「要求を無条件と言いましたが具体的にはどの程度まで許容されますか」

このホールの誰もが真っ先にその疑問を思い浮かべたが、結局10秒後にやっと挙手したのは一人だけだった。

「その学校の出来る範囲でいかなる要求も出せます。極端には廃校にさせることだって可能です。とはいえ何も校舎の占拠だけが手段とは限りません。双方が同意すれば妥協することも可能です」

知事は一切表情を変えることなく告げる。一層どよめく。それは恐怖か安堵かグレーの背広をうねらせ隣同士でしきりに不安を口にする。知事はその様子が少年の頃見たあのもぞもぞ動く蚕たちにそっくりだったので思わずクスリと笑った。

しかしすぐに、公の場で不意にそんなことを思い出してしまった自分を律するかのように、ズレていないメガネを直す仕草の後、しわを調整していつもの微笑んだような真顔を作る。どうやらこれが彼にとってのスイッチのようだ。ぞもぞもと動くグレーの蚕たちに自分の存在を表すために、わざとらしく大きな咳払いをした。

「この法案はすでに議会を通っております。公布に当たって民衆の誘導も抜かりありません。施行は7月28日。それまでに戦略を練るなり準備を仕上げてください。」

そして会議はお開きになった。

冬風強い1月24日暖房の効いた州庁より外は乾燥した冷たい風が吹き乱れていた。州知事は強い風のなかを走って駐車場の一台へと避難する。ドアを閉め運転手に「出せ」と一言。車が発進する。自身は後部座席のシートに背中を密着させ、ため息をつく。

「げしし、お疲れのようで、げしし」

隣に座っている男が言う。

「うまくいきましたよ。何せ誰もがこの煮詰まった状況の打開を望んでますからね。とはいえこれからは同盟の申請だったりでもっと忙しくなりますよ。利害関係とかで2つ陣営が形成されるでしょうからね」

知事は男の方を見ずに自分につぶやくように言う。

「奴らは予想の通り動きますかね?」

車高が低いせいもあって、背丈190cmのこの小汚い男は天井に頭をぶつけては、身をかがめていた。

「貴方にはあれが毛糸に絡まれた猫に見えるようですが、私に言わせればひとつの導火線で結ばれたダイナマイトですね。ひとつが爆発すれば…」

メガネを直す仕草。

「連鎖して最終的に全て爆発する」

男は手をこすり合わせて続きを言う。こすられた手からなにかがボロボロと落ちている。

「してそちらの首尾は? 」

男は一瞬目をそらした後

「ええ、おおむね上々、うまいこと上の方にいけましたよ。私自慢のモノを使ってね。げしし」

やけにニタニタ笑いながら答える。

「そうですか。では引き続き頼みましたよ」

知事はこの男が嫌いだったがそれを表情に出すことなく喋る。ただささやかに後部座席を後で除菌すると決意する。

「ええ、導火線は、露草高校は最早私の手中ですよ。げっしっしっ」


そして話は移る。この物語の主人公は決してこの野心的な州知事ではない。

主人公の名はアレイ・カレディン。露草高校一年生。

ここから物語は始まる。


中途半端ですが説明のつもりです。

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