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僕と彼女の灰色の青春  作者: 稗貫三郎太郎
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1-1話 「開戦」

早くも夏の陽射しの照りつける7月6日

入学してから彼アレイ・カレディンは今日も“関わりたくない”連中に関わられていた。

「おい、ソカッス野郎。俺は今ピロシキな気分だ。お前の自慢の足でピロシキ買って来い。」

校舎裏にて、関わりたくない連中のナンバー1、・レンネンカンプが機嫌悪そうに言う。

ソカッス…それはカレディンのあだ名だった。彼を、または彼の父と母を生みだした部族だ。そしてカレディンはその頭領らしいのだ。なぜ「らしい」かというと彼自身にも自覚がないまま、いつの間にか「なっていた」からだ。露草に入ることが決まった時から、親か誰かに頭領という肩書きを受け継がされたに過ぎない。

突如…衝撃

顔面にレンネンカンプのケリが繰り出される。カレディンは大きくのけぞった。

「おい、聞いてんのか!ピロシキ買って来いっつてんだよ!」

後ろで取り巻き達3人が笑う。

「どうした、ソカッス?母ちゃんのとこへ指しゃぶりながら甘えたいってかい?」「おおっと、そうだ!お前の母ちゃんは間抜けな面したポニーだったな!」「母ちゃんと一緒に平野を駆け回してな!」

カレディンは不屈の意志を込めて彼らを睨む。彼に取り自身の出自は最大のコンプレックスだった。「貴方はソカッスなのよ。誇りを持ちなさい。」そう言われ続けて育ってきた。誇りを持った覚えなど無いのだが、すり込まれていた。だから惨めだった。部族の期待という重圧に従っていたことも、この連中の暴力という支配に屈していることも、なのに出自を悪く言われると身の丈に合わないプライドが出しゃばることも、全て惨めだった。

「なんだぁ~その目つきは!?」

レンネンカンプの張り上がった声に取り巻き達の笑いが一斉に止む。今日この男は不機嫌のようだ。理由は大方露草に二つある不良グループのもう一つの方のトップ ・サムソノフと一騒動起こしたからだろう。

カレディンは無言を貫く。反抗の無言だ。自分の持つ最後のプライドで連中には要求に屈するイエス以外の何事も言わないと砦を築いていた。するとやはり相手の手段は暴力となる。

「馬小屋で脱糞されたゴミの分際で生意気なんだよ!」

丸まってダンゴムシになったカレディンをただひたすら蹴る。

「くそ弱いくせに反抗的でよぉ」

そう、自分がこんな目に会うのは何もかも自分が弱いせいだ。カレディンは体のあちこちに痣を作るうちにそう思い込むようになった。哲学者が宇宙の真理にたどり着いたかのように、自分の納得のいくシンプルな答えを見つけ出してしまったのだ。そして自分の結論に妥協しながら蹴られているそのときだった。

「おい、止めないか!」

ふと少女の声

暴行は一時的に終わる。レンネンカンプらは声の方へ見やる。地べたに丸まっていたカレディンも視線の先を合わせる。

高く昇った日に照らされた影の短い校舎裏で、ぬるい地面を全身で感じながら、情けない格好だったが、この日この時少年少女は出会った。声の予想の通り少女だった。少女は短くさっぱりした白髪。凛とした佇まいだが、華奢な体躯のせいで露草の制服であるルパシカが不相応に見える。それ以上に不相応なのが彼女の自信に満ちた表情である。不良四人を前にしてもなお、威風堂々としていた。

「私はそこの彼と話したい。彼を解放してやってくれないか」

カレディンは少女が自分を助けようとしてると知った。心の中では彼女に忠告の言葉を発していた。

僕はこれでいいんだ。彼らは本気でヤバイ連中だ。こんな僕なんか…放っといて逃げればいいじゃないか。

だが口にしなかったのは、言ったらまた蹴られると分かっているからか、それとも内心助かるかも知れないと思ったからだろうか。

「それから君たちの行いはとても許せたものではない。私が冷静である内に即刻立ち去るべきだ。」

顔を鬼にしたレンネンカンプが少女の手前30cmまでにじり寄る。少女とレンネンカンプには頭二つ分の身長差があった。カレディンはダビデとゴリアテを連想した。

「んだとてめぇ、この俺に舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!名前と学年乗れや!」

レンネンカンプは首を45度ほど下に傾けて睨み付けながら威圧的な態度で言う。少女は怖じ気づくことなく名乗りをあげる。

「2年8組学級委員長セイ・ブルシーロフだ」

何がおかしかったのかレンネンカンプは口元を歪める。後ろの取り巻き達も笑いが堪えられないといった風情だ。

「委員長だか何だか知らねぇけどよ。ちょいと3年の先輩方への敬いが足りないんじゃねぇのか」

そう言ってレンネンカンプはブルシーロフの頭上に手かざす。

“次に蹴りが来る。”

カレディンは奴の手口を知っていた。だがそれを彼女に言うべきか躊躇する間もなくブルシーロフは奴の手を払いのけた。

「勘違いするな。私は君たちに言ったのではない。そこの彼に名乗ったのだ」

ブルシーロフは地に這いつくばる、見るも無様なカレディンを指さして言う。

レンネンカンプの頭から血管がひとつ切れるような音。怒らせた。

取り巻き達も彼女の周りを囲むように展開している。

この小柄な少女がケンカ慣れした不良4人相手になにができる。猫と虎の勝負だ。勝てるわけがない。

レンネンカンプは長身を活かして右腕で思い切り顔面を入れる。と見せかけて右足を大きく回して無防備となった胴体に蹴りを喰らわす。と見せかけて次の瞬間には、少女に足を掴まれ地面に投げ飛ばされていた。アスファルトと巨体とがぶつかる。地に伏したゴリアテは二度と立ち上がらない。

カレディンは胸の中に驚きと轟きと響めきとざわめきと閃きとが一気に起こった、興奮だった。

周りを囲んでいた取り巻き達3人にも動揺が走る。ブルシーロフはこの機を逃さんとばかりの勢いで一人の頭を小さな手で覆い、そのままブルドーザーのごとき怪力で校舎の壁に叩きつける。残る二人は完全に恐れおののいている。雌雄は決した。

彼女が残る取り巻き達の方を見やり手をはたくと、彼らは一目散に逃げ出した。彼女が「失神した仲間を忘れてるぞ」と声をかける頃には視界から消えていた。

「さ、立てるかい」

彼女はカレディンに手を差し伸べた。

今の出来事の後だ。恐怖を感じていた方が正しいのだろう。だがこのときカレディンは畏怖と言うべきか、彼女の力強さに憧れていた。

初め少女を見た時の印象を改めなくてはならないとも感じた。彼女は熊だ。

カレディンは手を取った。ひょっとしたらそれが自分の境遇を救う女神の手に見えたのかもしれない。少女の手は温かかった。手にひかれ、起き上がるなりカレディンは唯ひとつの疑問を言った。

「なぜ、僕を助けたんですか?」

口の中はまだ血の味がした。唇も切れていた。

「君は人助けに理由が必要と言うのか?」

カレディンの問いにブルシーロフは目を丸くして笑う。

「いや冗談、理由ならあるさ。私は君に不屈の闘志を見た」

かと思えば真面目な顔で真意を言う。

「あの状況の中でなお君の瞳の奥底には燃えるような闘志、いや眩しいほどの誇りがあった。私はそれに興味を惹かれた。だから助けた」

いつの間にか彼女は歩き出している。カレディンもそれに付いていく。

「そして、不屈の戦士よ。名を何という?」

カレディンは不屈の戦士はないだろうと思いつつ、自分の姓名学年学級を名乗った。二人は校門を出て大きな通りを歩く。目の前のネヴァ川が陽光を反射させておおらかに宝石を流している。件の法が施行される間際にもかかわらずペトラグラード市内は通常通りの活気があった。

「君は彼らの作った状況に甘んじていた。何故だ」

ブルシーロフはきっぱりと問う。カレディンはうつむいたまま答える。

「僕が弱いせいだ。昔からそうなんだ。一人じゃ何も出来なくて…」

「うじうじするな。君は内なる闘志を秘めている」

「ただ自信を失っているせいでそれを引き出せずにいるだけだ。鍵のない宝箱のように。」

自信…か。横を歩く少女の顔をさり気なく見てカレディンは考えた。彼女に見たものの正体はやはり溢れんばかりの自信だったのではないか。だとしたら今の自分はどんな顔をしているのだろうか。急に不安を覚える。

「君は負け続けてきた。だから自信を忘れてしまった」

カレディンはただ黙ってうなずいた。図星だった。

「ならばいいじゃないか。また取り戻せば」

カレディンは疑問符を頭に浮かべた。ブルシーロフはその訴えかける目を見て察したようだった。

「わたしと共に来るといい。君に勝利という美酒を奢ってやろう」

ブルシーロフは威勢良く言った。陽光か、もしくはそれを反射した河の輝きか、はたまた彼女自身からあふれ出る栄光の光か、逆光が眩しかった。このときすでにカレディンは魅了されていたのかも知れない。カレディンは伝えようとした。彼女が光であるならば、自分はその影になろうと。

だがカレディンより早くブルシーロフが口を開く。

「その前にピロシキを奢ってやろう」

気づけば二人は見慣れたパン屋の前に立っていた。このパン屋は一見昔ながらの、レンガに囲われたおしゃれで小さな一軒家だが、内装は整備されて清潔。そしてパンを焼く竈が見えるようになっている。老舗とチェーン店の融合と言った風体を醸し出すことに成功している。

「このパン屋は全部手作りだ。10時に焼いて11時に並べて14時に取り替える。だから今ここに並んでいるパンはみんな出来たてだ」

カレディンは知っていた。毎回レンネンカンプの奴らがパンを頼むのは11時ちょっと前だ。だから今こうしてここに来ているのではないか。けれどカレディンは買ってくるだけで自分は一度も食べたことがなかったことを思い出した。レジから帰ってきたブルシーロフがピロシキを目の前に差し出す。とても香ばしかくて食欲を誘う臭いだった。

「そしてなんとこのパン屋はピロシキが自慢だと公言している。食べない手はないだろう!」

それも知っていた。知った上でも食べる気になれなかったが、ブルシーロフがやけに熱意を込めて語るものだから、とうとう手にとって一口かじった。中身の惣菜が熱くて、味を感じるよりまず口の中で小爆発が起こった。だがその具材のなんというかもう旨い。よく練られたパンとの相性もよく、ただひたすらに旨い。カレディンは物事を言葉に表現するのが下手なわけでもないが得意なわけでもない。だから旨いの一言で済ませる。

これを今まで食べなかったことが悔やまれるくらいかと言われれば疑問符がつくが、その程度には美味しかった。だから30秒後には全て食べきってしまった。カレディンはほほえましそうに見つめるブルシーロフの視線に気づいて、つい緩んでしまった顔を引き締める。これでいて彼女は先輩なのだ。

「ああ、いや。そのままでいいさ。つい幸せそうな顔だったものだから」

言われてみれば、とカレディン。しわを動かしたのは久しぶりだった。それだけじゃない。体温が2度ほど上昇したようだった。きっと今まで冷えていた体にようやく血が通ったのだろう。

二人は再び通りを歩く。通りを行き交う人々はみんなスーツにネクタイだった。その中で一人妙に小汚くて、いやに嫌悪感を誘う臭いの長身の男と通りすがった時は思わず顔をしかめた。カレディンはソカッス特有の嗅覚のせいでこうゆうとき人一倍、地味であるが苦労を強いられなくてはならなかった。いつの間にかブルシーロフが自分のだいぶ前を歩いていた。

「それでブルシーロフ先輩。僕を配下にすると言いましたか」

カレディンは彼女が学級委員長だから軍司令官クラスだと読んだ。

「そうだ。君を私の副官、直属の軍団長に抜擢する」

カレディンはさっきから彼女が自分を過大評価していると感じた。彼女曰く自分自身が過小評価してるだけとのことだが、価値観の違いだろう。

「買いかぶりすぎです。僕なんか役立たず引き抜いたって…むしろ厄介な連中に絡まれますよ。」

レンネンカンプは不良のボスだが表の顔は優等生だった。教師の前ではいい顔を徹底している。おかげで3年1組学級委員長そして軍司令官という任をもらっている。もちろん配下は彼の不良たちだ。

ブルシーロフは「ああ、彼らか」と素っ気なくいう。

カレディンはこの先輩がバカみたいに強いせいで、分かっていないと感じた。そして自分なりに必死に伝えようとした。

「確かに貴方は強い。でもレンネンカンプは粘着質で陰湿だ。必ず報復しにくる。」

「大丈夫だ。君は私が守るさ。それに君は役立たずではない。絶望に折れない芯の強さを持っている。副官として十分な素質だ」

話のかみ合わなさを感じながらも、彼女の言った不明瞭な言葉に次の興味を持って行かれる。

「つい先ほどまで自分が弱いからと暴力に妥協していたのに、絶望に折れない芯の強さは全く当てはまらないのでは?」とカレディン。

ブルシーロフは自信満々に「この私が言うのだ。間違いあるまい」と返す。

青銅の騎士の像の前まで来ると彼女は振り返った。少女は真摯な瞳で静かに、だが強く言う。

「大丈夫、自ずと見つかるさ。君は勝利のその瞬間を目に焼き付けていればいい」

言葉が音が風と共に体をすり抜けていくようだった。

どうやら彼女の中ではカレディンは副官で確定らしい。とはいえカレディンはすでに彼女に惹かれていた。カレディンは快く受けいれた。

出会いから三週間ほどたったある日、戦争が始まった…


あまりに資料が少ないながらも、書きたい気持ちを抑えられず書いてみました。拙いながらも資料をぼちぼち捜しながら書いてくつもりです。

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