ユニフォーム
「ユニフォーム下さい」
一瞬聞き間違いかと思ったが彼女は笑顔だった。
笑顔でその手のひらをこちらに向けている。
私が黙ってその様子を見つめていると、横からバスケットボールが飛んできて見事に彼女の即頭部に当たった。
実に痛そうだが同情をする必要はないだろう。
「これから試合なのに、何寝ぼけたこと言ってんのよ」
バスケットボールを投げた張本人であるキャプテンが、彼女の胸倉を掴んで揺さぶった。
傍から見たら問題なのだろうが、割と日常なので皆気にも止めなくなったのだ。
これで手を出していたらもちろん止めには入るんだろうけれど。
キャプテンの背番号の四の数字を見つめていると「違いますよー」と気の抜ける声。
「サッカーとかでよくあるじゃないですか!試合後のユニフォームの交換!!」
キャプテンの手から逃れた彼女がそう言うと、キャプテンがあぁ、と軽く頷く。
納得することなんだろうか。
ましてや私達は女子バスケットボール部なのに。
転がったボールを拾い上げながら「でも、試合前ですよね」とキャプテンに聞こえるように言ってみれば、ハッとしたようにこちらを振り向く。
「でも欲しいです!!」
ガバッ、と抱きついて来た彼女が鬱陶しい。
邪魔くさいし、試合前に余計な体力を使わせないで欲しい。
振り払おうとした瞬間にボールを落とす。
「脱いで下さい」
軽い舌打ちが彼女の馬鹿みたいな発言にかき消された。
流石の発言にキャプテンの動きも停止してしまっているではないか。
私が何の反応も示さないのでもう一度「脱いで下さい。交換しましょう」と、先程よりも大きな声で言う。
聞こえてるから。
ただ聞こえないふりをしているだけだから。
「キャプテン、セクハラされます」
私の声に意識を呼び戻したキャプテンは慌てて彼女を引き剥がす。
いやー、とか言いながら半泣きの彼女は、脳みそが足りないんだと思う。
落としたボールを拾い上げ一回、二回、と弾ませる。
ボールを持ち、屈伸を使って、投げる。
すると綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれたボール。
後ろからキャプテンと彼女が息を漏らす音が聞こえたが、振り向くことなく私は体育館の出入口へ足を向けた。
「水、飲んできます。ユニフォームの交換は、試合後に監督の許可を得てからお願いしますね」
そう言い残して体育館を出れば、何やら奇声が聞こえた気がした。
勿論、聞こえないふりをしたが。




