勉強なさい!
いつか高校の教師の誰かが言っていた。『人に物事を教えるのには、その内容を3倍理解していなければならない』と。確かに本当の意味でその中身を理解していないと、説明なんてものはできないのだろう。しかし、理解できていることと、教えられるということはまた、別問題なようだった。
「だから!余弦定理はこの式でしょ!で!こっからaの値を求めるの!よく見て!どの三角形を見るかぐらいわかってくるでしょ!」
「いや、こない」
「なんでよ!」
早見は非常に頭がいい。それは認める。だが、彼女はそれ故にわかっていないのだ。
「俺たち馬鹿は、なぜそんなやり方をするかわかんないからわかんないんだ!なんで余弦定理が出てきてんだよ!てかなんなんだよ、余弦定理って!何の文字の羅列なの?!」
「そ、そんなとこから教えなければならないの…?あなた本当に高校に通ってるの?」
「通ってはいるよ!授業聞いてないけど!」
「それは通ってないのと一緒よ!」
何を言ってるんだこの女は。授業受けてないだけで欠席と同義とかどうかしてるだろ。
「学校の本分は勉強でしょ!それをやってないってことは、会社にいって仕事してないようなものよ!何もしないで給料もらうとかどんだけ偉いのって感じよ!」
む、確かに…
「人間関係の幅を広げるとか他にも色々言われてるけど、友達が春川くんしかいないあなたはそれも達成できてないでしょ!あなた学校に何しに来てるのよ!」
「べ、別に友達はハル以外にもいるよ!」
「…本当?」
「そのかわいそうみたいな目やめて!」
確かに休み時間とかハルとしかいないな…
「ちゃんと授業受けなさいよ、そんなんじゃ教えることが多すぎて大変よ」
こいつの言ってることは常に正しい。この正論女め。いつか絶対言い負かしてやる。
「しょうがないからとりあえず今日は私が1から教えてあげるから、今後は授業である程度理解しといて」
「はいはい…ていうかこれからテストまでずっとこの勉強会すんの?」
「あなたがしなくても勉強できるというならしないけれど、そういうわけでもないでしょう?」
「ま、まあな…」
家に帰って勉強するはずがない。
「てか、お前自分の勉強はどうすんだよ」
「いらないわ」
「は?」
「いらないの」
「どういう…」
「私はもう勉強しなくていいのよ」
もう完璧だから何も必要ないということか。
…ってなんだそれ?!
「どういうことだよ!確かにお前は完璧かもしんねーけど、やることはいくらでもあるんじゃねーの?!」
世界のなにもかもを知り尽くしているわけでもないだろうし。
すると彼女は首を小さく振った。
「もう、ないのよ」
その表情はどこか諦めているようで、少し前の誰かさんがよくしていたものによく似ていた。
「ふーん…」
少し重くなった空気に気圧されて、僕は気のないような返事をすることしかできなかった。