進めや進め
教室には話し声や机を動かす音が響きわたり、放課後独特の騒々しさがある。運動部が走って教室を出ていき、帰宅部は今だにだらだらと帰る支度をしていた。これから掃除があるので机は後ろに下げられ、ほうきを持った女子生徒が全員が出ていくのを待っている。
そんな中、帰りの支度もせず、机も下げず、早見は椅子に座りっぱなしでいた。
何かしているわけでもなく、ただ座ったままでいる。掃除当番の生徒が困惑した顔で彼女を見ていた。
僕はそれを少し離れた所から見ていた。
「何してんだあいつ…?」
僕が呆れ眼で早見を見ているのに気づいた掃除の生徒が寄ってきた。
「ねえ、一色くん。早見さんと仲いいよね?掃除するからどいてもらえるように言ってくれないかな?」
「別に仲いいつもりはないんだけど…」
しかし、そんなとても困ったなあって顔して頼まれたら断るに断れない。早見の方に寄って声をかけた。
「なあ、なにしてんの?」
「あれ、一色くん、どうしたの声なんかかけてきて」
「どうしたのじゃねえよ。周り見えてないの?もうみんな帰ってるぞ?これから掃除なんだから早くどいてやれよ」
すると早見は周りを見回して
「…!ご、ごめんなさい!考えごとしてて!」
あせあせと荷物をまとめだした。僕と女子生徒は顔を見合わせて一緒に首をかしげた。
※
掃除の終わった教室には僕と早見しか残っておらず、グラウンドからは野球部かサッカー部の声が聞こえてくる。とりあえずという感じでお互い自分の席に座っておいた。
「何考えてたんだよ。掃除の子が優しかったから良かったけど、超迷惑だったぞ、あれ」
「私としたことが…6限は保健で聞かなくていいと思って考えごとしてたらいつの間にか放課後だったなんて…」
「どんだけ深く考えてたらそうなんだよ…」
ちなみに6限は爆睡してた。保健ってテストもないし、先生もやる気ないんだよね。あれは本当にただの睡眠時間だよ。
「今日の放課後はどうしようかと思って」
「どうするって何を?」
「勉強会の内容よ!どの教科のどの単元をやろうかとか、どうやって教えようかとかね」
「マジですんのか…」
「当たり前でしょ!がんばんなさいよ、自らの名誉のために」
「…へいへい」
あの恥さらしの物どもをどうやって処理しようか…このまま脅されつづければ本当に学年2番になるまで勉強させられてしまうぞ。なぜ2番かというと、1番は早見だかららしい。どうあがいても自分より勉強ができることはないと堂々と言っていた。確かに早見は恐ろしく頭が良かった。あれには勝てない。いや、あれとか言う以前に僕は学年の大半に勝っていない。もはや負けまくりだ。2番とか言う前に立ちはだかる壁が高すぎる。
「…なあ、俺学年半分にも入れる気がしないんだけど」
「入るしかないのよ。あなたは」
「もうちょい一歩一歩っつーかさ、300番とかにしない?そうじゃねーとキツいよ」
「半分よ。200。あなたそうやってったら結局卒業まで一夜漬けで逃げ切るでしょ」
「うっ、た、確かに…」
早見の言葉は基本的に正しい。というかこいつは正論しか言わない。しかもその正論を体現できてしまっているのだからこちらは何も言い返せない。
「何があっても半分より下げることはないわ。上げることはあるかもしれないけど」
「さいですか…」
困った。200なんていける気が本当にしない。
「今はいけると思ってなくて当然よ。勉強してないんだから。やっていけば道が少しずつ見えてくるわ。そしたらその道をどれだけ進めるかよ。勉強っていうのはそういうものなの」
「そういうもんかねえ…」
劣等種と判定されてからというもの、全く勉強してない僕にはよくわからない感覚だ。
「じゃあやるわよ」
「了解」
とりあえず筆箱をバックから取り出した。