pain 博士の生死の選択論
pain
地球が暖かくなり過ぎて生き物のほとんどがいなくなった世界。
そんな世界に一人の博士がいました。
彼は地球最後の人間でした。人間は増え過ぎて、お互いを、滅ぼしあったのです。
彼は科学の力で外の世界と隔絶した、生き物のいる豊かな新たな世界を作っていました。
しかし、彼以外の人はいません。彼の妻は千年も昔に死んだのです。
博士は1086歳。なんとか、命を科学の力で繋ぎ発明に勤しんでいました。
そして、遂に完成しました。
彼の創りたかった物は悲しみを、痛みを、種々の苦痛を取り除いてくれる道具。それは苦痛を具現化して、取り出すことの出来るピンセットとそれらをしまえるビン。
早速彼は自分の苦痛を取り出しました。
彼の苦痛とは孤独でした。
知る人のいない世界。そこで生きてきた孤独は深い青の色をした球体へ姿を変え
ビンに収まりました。
すると何故だか元気が溢れてきました。
心が軽いのです。
博士はとても悲しくなりました。
今まで研究室から殆ど出なかった博士はそこを飛び出しました。見ると、博士の世界は眩しく見えました。青々と茂る草花と、木。小鳥の囀り。何故今までこんなにも悲しかったのか博士は忘れてしまいました。
そうして、しばらく散歩をすることにしました。一本のドングリの、実のなる木
の前まで来て博士は泣いているリスを見つけました。
一体どうしてないているんだい?
博士が聞くとリスは彼女に振られたんだと言いました。僕には彼女が全てだったんだ。この苦しみを分かってくれる人なんていないんだ。
すると、博士はじゃあ、私が取ってあげよう、その悲しみを。
博士はリスの尻尾から四角い緑の物を取り出しビンに入れました。
すると、リスは今まで自分が何に悲しんでいたのかわからなくなり、心が軽いのなりました。そして、木の実を集めることに集中しはじめました。
博士はたいそう満足して、散歩を続けました。
そのあと、博士は飢餓に苦しむキリギリス。暇に苦しむサル。不眠に苦しむコウモリ。それらの苦痛を取り除いてあげました。
そして、日も沈みかけた頃、家路につきました。
翌朝、博士はまた、散歩に出かけました。苦しみや痛みや悲しみなんて彼の中には存在しなくなりました。
全てはビンの中へ。残りは幸福であるはず。
博士は一日中歩き回りました。
そしてあの動物達にまた、出会いました。しかし彼は全て悲しくありません。
けれどもどれも無表情なのです。
いつも通りの平坦な一日を送っているのかと博士は思いました。
道の途中、博士は石ころに躓きました。
その痛みでさえ博士は具現化しビンに入れました。それは赤く尖ったもの。
石ころはそのまま。動きません。
なぜならそれはただの石ころだから。
でも博士はその石から悲しみを感じました。何も言わない。少しも動かない。
そんな石ころから漂う悲しみ。
博士は気になり、それにピンセットをあてました。すると、現れた悲しみは透明でした。博士が今までに見たことのない程の透明。彼はどんな感情がこれに詰まっているのか仕方がありませんでした。
そこで、左の胸のあたりにそれを押し当てました。すると、博士の目からは涙が。すぐに博士はピンセットを離しました。それは言葉では言い表せない悲しみ。毎日がお日様が昇ることから始まり沈むことで、終わる。
それは、地球が始まってから今の今まで続いていたこと。真珠や宝石のように、誰からも大切に大事にしてもらえるわけでもなく。ただ、存在するだけ。
そんな長い悲しみを博士は一瞬で感じました。
そんな中、ピンセットを離した拍子にビンは空中へ、がしゃんという音をたてて割れました。行き場を失った苦痛達は主人とする、物の中へ戻りました。
博士の傷は疼き。心には孤独が。
しかし、それと同時に楽しかった昔の記憶が。良き日々の思い出も取り返すことができました。今まで気づかなかった温もりや優しさが博士の体を駆け巡ります。
他の物達も、喜びや幸せを取り戻したようです。リスはパートナーがいたときの幸せを。コウモリは寝ることのありがたみを。サルは暇でいられるという平和を。各々が持つべきものを取り戻したのです。
そうして、博士は思ったのです。
幸せの反対は悲しみではなく、それさえも無いこと。
悲しみがあってこその幸せなんだと。
それからの日々は苦労も多かったけれども彼なりに充実した日々だった。
暖かくなった地球を元の状態に戻そうと必死に努力した。幸い彼には時間があった。おかげで、地表には緑が、生き物が溢れた。ただ、やっぱり彼は孤独だった。悲しみあっての幸せなんていったけれども、この孤独を満たしてくれる幸せも人ももうこの世には無いんじゃないか……!
いつまで生きれば終われる?
生きることの苦痛と死ぬことの恐怖。そんなジレンマに対して貴方ならどうしますか?この先医療が発達し、寿命が物凄く延びた。そんなとき、死にたいという欲求すると生きるという欲求のどちらかの選択を迫られるかもしれない。
この物語の終わりは貴方がお創りください。