どシリアス
「う~。いない? だれもいない?」
「いないから、いないから。落ち着きなさいよ、まったく」
思った以上に物騒な理由で帰宅を余儀なくされた私――中田優子は、歓迎会メンバーの人たちと、駅で各方面へと別れた。本当は男子勢が女子一人一人について家まで送ろうかとも提案されたのだが、その時の男子の反応が、
「女の子と二人っきりか……これは、期待してもいいのかっ!?」
「吊り橋効果でフラグの匂いが……」
「俺……送って行ったらその子の家にお呼ばれするんだ」
「なぁ、こいつら欲望の忠実すぎね?」
「あ、あははははは。ま、まぁ、高校生に入ったら絶対彼女作るんだっ! とか言っていたし」
「ちなみに大木は?」
「俺は一番安全だぜ? 彼女いるし」
「第一回……チキチキ・リア充爆発会議ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「「「デストロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオイイ!!」」」
「えぇ!? ちょ、まっ!? 雷輝や、やめろっ!! さすがにホームから突き落としは洒落にならんて!!」
「ライ君……すっかりもてない男の反応が板についちゃって」
と、バカばっかりな反応だったので女子勢は「誰あの人たち? 学校一緒だけど見たこともきいたこともありませんよ?」といわんばかりの反応を取りながら、さっさと帰らせてもらった。
とはいえ、やはり殺人犯がうろついているかもしれない場所を、一人で歩くのは勇気がいる。というわけで、
「う~。澪~。絶対守ってね? 絶対一人にしないでね?」
「まったく、ハイハイわかっているって。何のための私が合気道やら習っていると思っているの?」
その気になれば、超能力者だって拳で沈めちゃいそうなくらいの戦闘能力を持つ澪と共に、家路を急いでいるのだった。
時刻は早めに帰ったといっても、すっかり九時を回ってしまっている。
私たちの家へとつながる道に面する民家の明かりは、だんだんと消えたり小さくなったりして、夜の闇をさらに深くしていき、徐々に頼れるものが街灯だけになってくる。
「こうなると家が隣同士でよかったわね。二人で歩けばある程度安全は確保できるでしょうし」
「うん。そ、そうだね。澪がいてくれるなら安心だよ。殺人犯がでてきたら、ぜひとも正義の鉄槌を下してやってね!!」
「……私がいるからって、超人がいるのと同じように扱ってもらっても困るんだけど。刃物持った男の人とかだったら普通に危ないわよ?」
「え?」
そ、そんな!? 話が違う!!
「いや、何驚いているのか知らないけど、どんな格闘家でもそれは普通のことだから。大体、格闘家たちが最善とする戦闘方法を知ってる? 三十六計なのよ?」
「そんな知りたくなかった真実自慢げに語られても……。ちなみに聞くけどその心は?」
「最初から喧嘩なんて巻き込まれない方がいいに決まってるじゃない」
「くそう……地味に納得できたのが悔しい」
でも、それってつまり、今まで澪が鍛えてきた格闘技は根こそぎ無駄な努力ってことになって、わたしのひじ関節が逆方向にちょっとずつまがっていくわけで……
「いだだだだだっだ!? ひどいひどいひどい!? いくらなんでもこれはひどい!!」
「無駄じゃないわよ。こうして役に立ったでしょ?」
「今すぐ考えを改めなさい!! 合気道の開祖なんて知らないけど、少なくとも友達を痛めつけるために合気道を広めたわけじゃないでしょ!?」
「え? 友達?」
「え……」
ね、ねぇ? 何そのガチな反応? ちょっと、割とマジで絶望しそうなんだけど、冗談だよね?
そんな風にいつものじゃれあいを続けているうちに、わたしの心に巣食っていた姿もわからない殺人犯に対する恐怖は薄れていった。たぶん澪はこれを狙って私を罵倒してくれたんだろう。……そう信じている。
「それにしても殺人か~。こんな田舎でするなんて、犯人もわかってないわよね~」
「え? どうしてよ?」
「だって、どう考えても東京都でやった方が話題になるじゃない!!」
「そんな理由で殺人現場を選ぶのは優子だけよ……。というか、そのセリフ聞いて将来本気で人殺しそうで不安なんだけど?」
「むっ! 失礼なこと言わないでよ!! 殺るにしても悪人殺しにして「法で裁けぬ悪があるから、俺がこの手で裁くんだ!!」って、言える状況にないとやらないし!!」
「そして新世界の紙になるのね」
「あれ? 何かアクセントが違ったような……」
「新世界の紙。きっとさらさらと手触りがよくて文字が書きやすいに違いないっ!」
「アクセント違うこと隠す気ないよね? ていうか、新世界に行ったら私があんなペラペラな物体になると申すか!?」
「あんたの今の生き方をみる限りぴったりじゃない?」
「あなたの言葉はもう毒舌っていうかもう核兵器だよ、澪! 核舌だよ!!」
「通常の毒舌とは隔絶した毒を撒くからね」
「なに「私いまうまいこと言った!!」って顔して勝ち誇ってんの!?」
私も一瞬そう思っちゃったけど!?
と内心で同意しつつも、わたしが「澪はもうちょっと私にやさしくするべきだと思う……」とコンコンと言い聞かせようとしたときだった。
「あの~。御嬢さんたち」
「「はい?」」
家へと通じる最後の曲がり角を曲がった私たちに、一人の男性が声をかけてきた。
「すこし、道を尋ねたいのですが?」
「道?」
「こんな時間に、ですか?」
その男は空へと登った、まるで糸のように細い月をバックにしながら立っていて、表情や顔ははっきりとは見えなかった。
着ている服は長いコートと、両手にはめられた手袋。頭には目元を隠すようにかぶられたソフト帽子。
不審者だった。普段から言動が怪しい私が言うのもあれだが、完全な不審者だった!!
「で、でたわね……怪人・コートおばっ!?」
「あはははは、すいませ~ん。この子ちょっと頭変なんですよ。で、道でしたっけ? どこへ行かれるんですか?」
当然私はその不審者に対して迎撃態勢を取ろうとしたが、それは信じられない速度で伸びてきた澪の手によって口を封じられ、あっさりと止められてしあった。
『ちょ、何すんのよ澪!』
『それはこっちのセリフよ、バカっ! ただの一般人さんだったらどうする気なの?』
『こんな時間にあんな変な恰好している人が、まともなわけないじゃない。きっと何らかの組織の指令を受けて私たちを殺しに来た殺し、ブッ!?』
澪のコブシが私のみぞおちにめり込んだ……。
あ、合気道。ここに不良門弟がいます……。
「あぁ、すぐそこなんですけど……」
「すぐそこといいますと?」
「ここなんですよ」
「どこですか……」
そんな風に私が澪に鎮圧されてしまうのをしり目に、道を尋ねてきた不審な男性はスマートフォンを取出して画面を指し示す。当然そんな小さなもの、結構離れた距離にいる澪に見えるわけもないので、どことなく抜けている説明を続ける男に、澪はため息を漏らしながら近づいて行った。
どうやらスマホの画面を見て、ナビゲートを開始するつもりらしい。
ふんだ……。せっかく私が忠告してあげたのに……澪なんてあのまま不審者につかまって拉致監禁されちゃえばいいんだ。
と、わたしはふてくされながら、事の推移を見守った。
もとより私だって、それほどあの男性に不信感を抱いていたわけではなかった。春なのにコートを着ているといっても、異常気象が重なりまだ寒気が残っているこの春。人によっては、まだコートを着ていても問題ないくらいの気温をしているし、コートから覗く服はピシリと着こなされた綺麗なスーツだ。目元が隠されているからといって、本気で不審者扱いするのはやや気が引けるほど整った服装だった。
だから私はおとなしく、澪がその人に道を教えるのを待っているつもりだったんだけど……。
ピカッ! と、男の袖口で何かが街灯の光を反射した。
「え?」
それを見た瞬間、私の脳裏をよぎったのは昨夜見た深夜アニメの1シーン。油断した主人公が近づいた人物は、袖口からまるで手品のような速度でナイフを取出し、そして、
「澪っ! 逃げてっ!!」
「っ!?」
思わずその主人公の友人と同じセリフを絶叫する私に、今度は澪も反応してくれたのか、澪はあわてて男のそばから身をひるがえし、
「っ!? ナイフ……それもかなり大きい!? 銃刀法仕事しなさいよっ!!」
「おやおや? なかなかいい反応すんじゃねぇか? 素人さんじゃなかったか……」
口調が乱雑になった男の手元に、いつの間にかあらわれていたナイフによって、頬を薄皮一枚分引き裂かれた!
「な、なに!? なんなの!?」
「なにって……決まっているでしょ?」
すぐに私をかばえるように合気道の構えを取りながら呼吸を整えた澪は、スーッと呼気を漏らしながら鋭い瞳をさらに細めて男を睨みつけた。
「一晩のうちに、そう何人もあなたみたいな危険人物がいてたまるものですか。ねぇ、ちょっと前に人を殺した……殺人犯さん」
「……くくっ。おやおや、なかなか勘もいいみたいだなぁああああ」
男が不気味な笑みを浮かべながら、目元を隠していたソフト帽子を押し上げる。そして、そこから現れた目は、
「さて、お前らはいったいどんな悲鳴を上げてくれるんだよぉおおおお!」
「なぁに? 快楽殺人犯なの? めんどくさい性癖持っちゃってまぁ」
狂気に彩られた、どす黒い眼光を放っていた。
「ひっ……」
私は思わずその眼光にのまれ、地面に尻餅をついてしまう。
うそっ!? こんな時に、立ち上がることすらできなかったなんて!!
「優子! あんたさっさと家に逃げ込みなさい!! あと数メートルもいったら駆け込めるでしょ!!」
「そ、そんな……澪も一緒に」
「うるさい。さっきの動きみる限り、こいつかなり運動できるわよ。あんたみたいに使えない帰宅部を引きつれて逃げるより、ここで私が足止めしてアンタを逃がして警察呼んでもらう方が、まだ助かる確率が高いわよ!!」
澪は私の提案を不敵に笑いながらはねのけた。だけど私は気づいている……その笑顔が冷や汗にまみれてゆがんでいることを。
「さ、さっき三十六計とか言っていたくせに!!」
「あんたバカァ? 逃げられないときのために、武道習ってんのよ」
澪がそう吐き捨てた瞬間、「よそ見している暇があんのかよぉおおおお!!」と、ありがちなせりふを吐きながら、男はナイフを振り上げ澪に向かって襲い掛かる。だけど、
「とろいのよ、ド素人」
澪はその腕を素早く握り、関節を鮮やかにきめ、ナイフを取り落させ男の動きを封じた!
「はやくっ! 逃げろっつってんのよ!!」
「うっ……うぅ……」
友人を見捨てて逃げる。そんなこと私には出来ない……。でも、ここで私が逃げないと澪の邪魔になるのも確かだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
澪を見捨てて逃げる罪悪感に押しつぶされそうになりながら、結局わたしは必死に立ち上がって逃げることを選択した。
「たすけに……助けに来るから」
「……あぁ、もう。なんて顔してんのよ、このバカっ!」
涙を流しながら必死に立ち上がろうとする私を見ていた澪はそう言って、体の重心を入れ替え男に密着。先ほどとらえた男の腕を、肩を支点に回転させるように引っ張り、鮮やかな投げ飛ばしを決める。
「なっ!?」
「悪いけど私は合気道三段よ。相手が悪かったわね、殺人鬼さん?」
受け身も取れずまともにアスファルトにたたきつけられた殺人鬼。澪は、地面にたたきつけられたことよって、呼吸がいったん止まったところに追い打ちにかけ、殺人鬼の首を呼吸が苦しくなる程度に踏みつけた。
す、すごい……。あんな一瞬で一気に立場を逆転させた!?
「さぁ、これで安心した? 私はこの程度の輩にどうこうされない程度には強いの。だから安心して家に逃げ込んどきなさい!!」
「う、うん!!」
初めての実戦でかなり緊張していたのか澪の体には大量の汗が浮かんでいたが、それでも澪は確かに殺人犯に勝った。
ほ、ほんとに強かったんだ!! 澪は本当に強い人だったんだ!!
いまさらながらそれを実感した私は、先ほどは力が入らなかった両足にしっかりと力を入れ、立ち上がる。
「澪……待っていて!」
「えぇ。こんな危険なおっさんと長く一緒にいたくはないから、できるだけ早くにお願いね」
男を無力化したからか、若干の余裕が生まれた私の澪の会話。ともすれば笑顔さえ浮かべていたかもしれないその会話を最後に、わたしは澪に背を向けようとして、
「え?」
「ん?」
男が、何もなかったはずの奇妙な刺青が入った左手からナイフを作り出し、握りしめ、男の首を踏みつけている澪の足に、力いっぱい突き立てるのを見て愕然とした。
「うそ……」
さっきまで何も持っていなかったはずだ。コートの中に隠し持っていた? それにしては出現が唐突すぎる。それこそ漫画じみた手品の技術でも持っていない限り、あんな真似は絶対できないはずなのにっ!?
とある主人公のマネをしようと、何度も隠しナイフを体中に隠す練習をした記憶を掘り起こしながら、わたしはそのありえない光景に思わず氷結し再び動きを止めてしまう。
だが、事態は止まってくれなんてしなかった。
「っ!?」
激痛が走る足に悲鳴を上げかけながらも、必死に足に力を入れようとする澪。だけど、そんな澪の努力をあざ笑うかのように、男はあっさりと澪の踏み付けの拘束から抜け出した。
「おいおい、足の腱切ってなかったら首が逝っていたぞぉおおおお? 最近の女子高生は人殺しをためらわないのかねぇええええ?」
「くぅ……」
脂汗を流しながら、必死に男に向かって構えを取ろうとする澪。だけど、先ほど男が言ったように澪が切られたのは足の腱――アキレス腱。足を動かすのに必要な、最も重要な器官。それを切られてしまった澪に、もう対抗手段は残されていない。
「まだよ……まだ私には三本の手足があるわ」
「おいおい。それで戦闘続行できんのは漫画の世界だけだぜぇ?」
必死に立ち続けようとする澪の体を、男はげらげら笑いながら容赦なく蹴り飛ばした。
澪の体はそれによってあっさり倒れ、片足が満足に動かなかったため、まともに受け身も取れなかった澪は、先ほどの男と同じように背中を勢いよく打ち付け、肺の空気を強制的に吐き出させられる。
「がはっ、ごほっ」
「さぁてお嬢ちゃん……楽しい楽しい解体ショーだ」
激痛と呼吸困難でもだえ苦しむ澪に、男は馬乗りになって先ほど出現させたナイフを逆手に持つ。
「安心しな。すぐには殺さない……さっき殺した女みたいに、一撃一撃丁寧に打ち込んで、お前の悲鳴をできるだけ長く聞いてあげるからさぁ!」
もう男の目には澪しか入っていないんだろう。自分を倒した強い女。それを逆転することによって倒し、自分の下に組み敷くことによって、恐らく男の精神は極度の優越感と悦楽を覚えているはずだ。少なくとも今まで読んできたラノベとかのシュチュエーションでは大体そんなメンタル状態だった。
わたしなんて眼中にない。いまなら、逃げられる。
私はその事実を理解した瞬間、足に力を籠め、
「澪を……はなしなさいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
大声を上げて男に向かって飛びかかった。
澪は私の行動に大きく目を見開き、涙を瞳いっぱいに貯めながら悲鳴を上げる。
「バカっ……逃げなさいっ!!」
死ぬわよっ!! と、澪がそう叫ぶと同時に男の視線は私へと向けられ、
「あ? 今いいところなんだ。あとにしろ」
私に向かって無造作に、持っていたナイフを投げた!
その軌道は致命傷を避けるためか、わたしの右肩を直線的に狙っていた。普段なら見切れないような速度で飛んでいるナイフだったが、なぜか今の私には見えた。これが極限状態によるリミッター解除の影響なのかはわからない。だけど、今の私にはそれがひどく有難かった。
なぜなら、ナイフを投げてしまった以上男の手にはもう武器はない。あとは私がこのナイフを肩で受け止めて逃げ回れば、少なくとも澪にこれ以上危害が加えられることはないと思った。
だから私はあっさりとそのナイフを肩に受け入れ確保。死にそうなほどの激痛に耐えながら男の方を見て、
絶望した。
「はっ……じゃぁさっそく、いただきますかぁ?」
男の手にはいつの間にか私の肩に刺さっているナイフと同じものが握られており、澪に向かって振りかぶられていた。もう私が走っても間に合わない。それくらいのことはすぐわかるほど私と男の距離は離れている。
なんで、どうして? ナイフはちゃんと、私の肩に刺さっているのに、なんで同じものがあいつの手にっ!?
悪夢みたいな現実に脳内が混乱する中、それでも私は必死に動く左手をのばし、澪を助けようとした。
「いやっ……澪、澪おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
思い出される昨日の夢。軽々しく妄想の中でしてしまったことが現実に起こりかけていると理解した瞬間、その事実のあんまりな凄惨さに、わたしは悲鳴交じりの絶叫を上げ必死に走りだした。
だけど、届かない。体を鍛えてすらいない、足が速かったわけでもない私では絶対にとどかないその距離に、わたしは再び絶望し、澪はちょっとだけ私の方を見て、
「あははは……。ゴメン。中二病、治してあげられなかったわね」
「っ!」
それが最後の言葉になるのっ!? 嫌っ!! そんなの嫌っ!!
「死なないで、死なないで澪っ!!」
夢と同じセリフを叫ぶ私。その傍らを、
「どくがいい」
紅蓮の弾丸が、駆け抜けた。
物語的にらしくない感じ。でも安心して。すぐに戻るから……。