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再びの非日常

 というわけで、放課後……。私――北野澪は犯罪者予備軍へと成り下がってしまった鳳凰院と、優子の監視を一人で(・・・)行っているわけなんだけど、

「なんか、割と普通ね」

鳳凰院君のビジュアルが普通じゃないから、かなりシュールな光景に変化しているけど、行動自体はかなり普通な光景だった。

学校が終わり、とりあえずまっすぐ家に帰る気はなかったと思われる二人は、学校近くの学生でも利用できる健全な繁華街を訪れた。そこでは鳳凰院が行先を決め、その施設の内容を優子が教えるというスタンスをとっていたようだが、意外や意外。鳳凰院が入る施設はとっても普通な娯楽施設ばっかりだった。

 喫煙禁止のゲーセンに、学生向けのプランがあるボーリング場。昨日いったようなカラオケボックスや、大木から聞いていた帰りに買い食いするのにピッタリな総菜屋さん(二人は仲良くコロッケを買っていたようだ。鳳凰院にその光景はひどく似合わなかったが……)。まぁ、とにかく北野が不安を覚えるような、変なところに入るそぶりはみじんも見せなかった。

 そう、その姿はまるで普通のカップルのようで……。

「うぐぐぐぐぐぐぐぐ……」

 ゆ、許せない。私がこんなに心配してやっているのに、何で優子はあんなに青春しているの!? 理解に苦しむ!? わたしだって彼氏できたことないのにっ!?

 な~にが、「ふん、王の力を持つ俺にふさわしい味だ! 褒美を取らせる! 釣りはいらんぞ!!」「いや、コロッケ相手に大げさすぎますって鳳凰院さん」よっ!! 聞いていて恥ずかしいったらありゃしない!!

「……はぁ、何やってんだろ、私」

 そこまで考えて怒りのあまり、隠れていた電柱を握り締めヒビを入れた瞬間、私は正気に立ち返った。

 中二だから? なんか真剣こじらせちゃったから? まぁ、それは確かに不安だが、なんだか優子は楽しそうに見えた。

 それはそうだろう……今までだれ一人として理解してくれなかった(中二時代の私は除く)、あの子の趣味を理解してくれる人が現れたんだ。多少言動が変になったとはいえ、私はあの子が落ち着くまで、温かく見守ってあげるべきじゃないのだろうか?

 あの子はただでさえあのままあの病気が治らない可能性がある……。だったら今のうちに、ああいった理解者の異性を見つけて、恋をしておくのも悪くないのではないだろうか? と私は思った。

 最近なんかアニメでも似たようなことやっているらしいし。なんだったかしら? 『中二病でも鯉は鍋にして食べたい』だったかしら?

 なにかが大幅に何かが違う気がして、私は思わず首をかしげる。

 そして脳裏に出てきた帝院君が中二ボイスで一言、

「ふざけたことを言うなよ? 中二病であるならば鯉は『地獄の味風・エターナルフォースブリザード漬け』に決まっているだろう!!」

 なんだか鬱陶しかったので、殴りつけて私の脳裏からご退場願っておいた。

 畜生、あのエセ中二転校生め……。こんなか弱い女の子が男子と二人っきりになるのが、どれだけ勇気がいる行為だったかわかっているの? これは帰ったら合気道の技の乱舞で沈めてあげるしかなさそうね!

 なんだか部活の顧問が草葉の陰で泣いている気がするけど(注・死んでいません)、知ったことではないわ!!

 そんな風に私が、現実逃避交じりに明日、帝院君に制裁を与えることを固く決意したその時だった。

「「っ!!」」

 突如二人が凍りつき、その後何かに気付いたような様子で、同時にある方向へと視線を向けた。

「ん? なに?」

 もしかして尾行がばれた!? と私はほんの少しだけあわてたが、二人の視線が別の方向を向いていることに気付き、一安心。その後「いったい何みつけたの?」とちょっとだけ興味がわいた私もそちらの方へと視線を向けてみた。そして、

「ん~。おじ……さん?」

 不気味な笑みを浮かべた、なんかどこかの漫画に出てきそうな狂いきった笑みを浮かべる、不審なおっさん人ごみに紛れて立っていた。

 整った服装とは対照的に、血走った目は完全に見開かれ、ボサボサになった髪は夕方の生暖かい風になぶられ不気味に揺れる。口はよだれが垂れんばかりの大きな笑みを張り付けており、不吉な雰囲気を醸し出していた。

 できれば一生涯お近づきになりたくないおじさんだ。某変なおじさんなんて目じゃないくらい、関わり合いになりたくないオジサンだ。正直言うと、なんであんなにわかりやすくヤバイ(・・・)のに誰も逃げようとしないのかが不思議だった。これが現代日本人の、危機管理能力の低下というやつなの……。

とか言いつつも、それを黙って眺めている私の危機管理能力もたぶんどうかしているんだと思う……。とにかくその時の私は「うわ……何あの人、こんなこと言うのちょっとあれだけど、キモッ!?」と、ちょっとだけ引き、

「ま、まさかあの子たち、あのおっさんダシにして、中二会話しているんじゃないでしょうね。『あの狂笑!? まさか『ダークネススマイル』!?』『組織の手はすでにここまで伸びているのか!?』みたいな?」

 と、ちょっとだけ友人たちの失礼な妄想のダシになっていそうなあの人に謝罪の言葉を浮かべ、先ほど考えていたように尾行を切り上げさっさとこの場から退散しようとした。

 でも、

「ん?」

 私の体が、なぜか脳の指令を受け付けないといわんばかりに、ピクリとも動かなくなっていた。

「え? え? なに? どういうこと?」

 そんな不自然な現象に、私はちょっとだけ慌てふためき、思わず情けない狼狽の声を上げる。でも、言い訳をさせてほしい。今まで生きてきた中でそんな金縛りじみた現象は、一度だって味わったことがなかったのよ? そんな状態になったっていうのに一般的な、一女子高校生である私に落ち着いた対応を求めるなんて、間違っていると思わない!?

「え、あ、な、なに? なんで!?」

 そして私は気づいた。私の体が小刻みに震えていることに。この体の反応は以前味わったことがある。

 私がまだ中学時代、とある暴漢に襲われたことがあったのだけど、その時の現象と私の体の反応は酷似していた。そう、私はどういうわけか何かに恐怖を覚えて、足をすくませてしまっていた。

「なんで……」

 体の震えが止まらない。だが何におびえているのかは皆目見当もつかなかった。足がすくむほどの恐怖を覚えることなんて、先ほどまでの経験の中には一切なかったはずなのに。

「みぃつけた……」

 その時だった。本来なら雑踏に紛れて消えてしまいそうなほどの小さな声が、どういうわけか私の耳に届いた。

 ゾッと、私の全身に鳥肌が立った。そして、ダラダラ冷や汗を流しながら私はゆっくりと、声が聞こえてきた方へと振り向く。

 そこには先ほど狂笑を浮かべていたおじさん。その右手には巨大なナイフを思わせる刺青が入れてあり、それと同じようなナイフがいつの間にか手に握られていた。

 刃渡りは軽く30センチは越えているようにみえた。

銃刀法仕事してよ……と私は内心で呟き、それをちょっと前に言ったような気がしてさらにもう一度首をかしげる。そして、

男の口角が極限まで吊り上り、凶悪な瞳で私を射すくめた。

 それに気付いたのか優子が驚いたようにこちらを振り返り、「っ!? なんで!? 澪がこんなところにいるの!?」と悲鳴を上げ、鳳凰院が舌打ちを漏らした。瞬間、オジサンが私に向かって一歩踏み出し、

「逃げるがいい平民。こいつは、王の力を持つこの俺が、責任を持って殺してやろう!」

 鳳凰院の体がオジサンと私の間に入り込み、突然紅蓮の炎に姿を変えた!

「え?」

 あまりに非常識な光景に驚き固まる私。それは周囲の人たちも同じで、オジサンが持っているナイフをぎょっとした顔で見つめた後、突然燃え上がった鳳凰院の姿を確認しさらにぎょっとする。

 え? なに? 私何に巻き込まれているの!? と、突然の事態に思考が追い付かない私が、とりあえず何かリアクションをとらないと、と口を開けたときだった。

「っ!?」

 今度は景色が激変した。

 カンっ!! という、まるで金鎚でアスファルトを殴りつけたような音が響き渡り、世界がゆがむ。その異常な光景に私は思わず目を閉じ、驚いたような顔をした鳳凰院の表情の残像だけが私のまぶたに焼き付く。そして、私が目を開けるとそこは、

「あ、あれ?」

 先ほど私が優子たちを尾行していた繁華街の出入り口だった。どういうわけかその出入り口は警察の黄色いテープ『KEEP OUT』によって閉鎖されていて、立ち入りを厳重に禁止されていた。

「な、なにが?」

「起こったのかですって?」

 慌てふためく私の疑問の声に、背後からかけられた声が答える。

 その声に、あわてて振り向く私が見たのは、

「二度もこちらの案件に巻き込まれるとは、相当運がありませんね、あなたも」

 胡散臭い笑みを浮かべた眼鏡をかけた、スーツ姿の男性と、

「あの子の記憶の処理は完璧だったのですが……。まぁ、縁があったんでしょうね」

 といいつつ、先ほどまで私たちの近くにいた繁華街のお客さんや店員さんたちの頭から、バーコードのような光の線を抜き取り、次々と意識を刈り取っていく秘書風の女性が立っていた。

 あからさまな異常事態。とんでもないほどに非日常。その光景を見た瞬間私は本能的に悟る、

「ら、ラノベの世界に紛れ込んじゃったのね!?」

「残念ながらリアルですよ、北野澪さん」

 怖い!? なんでこの人私の名前を知っているの!?

「お初にお目にかかります……で、良いんですかね? 『刻印者(SEALER)』対策用・特捜0課課長を務めさせてもらっています。柳葉秀男です」

 サラッとフルネームを言い当てられ慄く私に「お前の態度なんて、知らんなぁ」といわんばかりのマイペースさで、男は名乗りを上げた。

 それが私の、本格的な非日常への参戦の合図だった……。


…†…†…………†…†…


 なぁ……姉さん。何入れたの? 俺がほんのちょっと目を離した隙に、普通のシチューだったものが桃色に変色しているんだが?

 え? なに? 鷹の爪の粉末? あの唐辛子の? なんでそんな物入れたんだよ?

 え、なになに? 最近父さんも母さんも徹夜続きだったから、活力をつけてほしくて? 辛いものは健康にいいから? ほかにもけっこう激辛スパイス入っている? 姉さん……買い物監視していたはずなのに、一体どうやってそんなにスパイス買い込んだんだ? 姉さんは四次元空間でも操れるのか……。

 うん……そうだな。元気にはなるだろうな。一時的に……。

 ん~? おっと電話だ。はい、もしもし課長?

 え? 何々? 仕事。また一時的に休暇切り上げても問題ないか? えぇ、もちろん大丈夫ですよ。市民のため、世のため人のために働くのが俺のお仕事ですから!

 え? どうしたって? 熱でもあるのかって? やだなぁ課長。俺はいつだって勤労意欲に燃えている好青年だったじゃないですか。え? なに? お前が進んで仕事するとか、気持ち悪い……って、いくら俺でも泣きますよ?

 はい。はい。ではすぐに現場に行きますね? じゃ、姉さんそういうわけだから俺ちょっと仕事いってくるね? 遅くなると思うからご飯は外で食べてくるよ。姉さん渾身の力作は父さんと母さんに食べてもらってね?

 って、どうしたんだよ、母さん? 父さん? そんな縋るような視線俺に向けて。ハハ、ごめんね。俺いまから仕事だから一緒にご飯は食べられないんだ。じゃあね!!


……ふ~。何とか助かったか……。あんなもん食ったら命がいくつあっても足りないしな。なんか刺激臭もすごかったし、いったい何のスパイス使ったんだ、姉さんは。

 まぁいいだろう。父さんと母さんに対するちょうどいいお仕置きになったし……。まったく、拉致監禁した人たちに向かって「じゃんじゃんやってください!! なんなら身代金要求してくれてもいいですよ!! そっちの方が小説のネタになりそうだ!! というか、こういうラノベ展開、燃えません? 息子が人質になった両親を命がけで助けに来るシュチュとか燃えません!?」「胸が熱くなるわね、素敵!!」とか言う普通? いくらライトノベル小説家だからってないよな? だから、たまには頭冷やしてもらわないとこっちの身が持たないって……。あぁ、でもあの料理くったら逆に加熱されかねない気も……。

 まぁいいや。はぁ~にしてもまた仕事か。だるっ……。


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