「 レポート 」
「レポート」
読みかけてやめてしまった本の中、
聴くことのなくなったレコードの溝の中、
川と海が混ざり合う一瞬、
舐めかけの飴玉の中、 つなごうとして、ためらった、手のひらの中
思いがけず見上げた天井のシミの中
理由も無く湿気ったマッチ箱の中、
ホームセンターの一角で所在無く売られている、あの猫あの犬らの慈愛を誘う毛並みの中、
無邪気にしゃべりすぎて、不意に黙り込んだ会話の中、
大切なことを言おうとして、くだらないことばかりで埋めてしまった会話の中、雨があがりかける瞬間、
雨が降ろうとするきっかけ、
身内にばかり無理をいう愚痴の中、
大切な人なのに迷惑を掛ける瞳の中、
虹が出た見たと嘘をついてみる意味の無さの中、
昼飯ラーメンなのに親子丼ってったどうでも良さの中、
自分だけに聞こえるあてど無い船の汽笛、積み荷の無いあてど無い船の汽笛の中、
あの人が大事にしている自分の知らないものの中、
無理してまばたきもせず見上げる雨粒の中、
吸いかけて、投げ捨るタバコのケムリの中、
切れかけの蛍光灯、用済みの乾電池の中、 暗闇に眠り続ける操車場の貨車の中、
むせるような夏の草いきれに立ちのぼる陽炎のような一時、
冬の星座を少しだけ教えてくれるくすんだ望遠鏡のひび割れの中、
易しいことをむつかしく並べるテキストの行間、
たやすいことをおおごとにすり替える知恵とコツの中、
だいすきな歌を聴く前、少し息を詰めて佇むあのしばらくの中、
以上
今のところわかっている、妖精のすみかである。
妖精は沈着であり且つ用心にて、この報告はここでは終わる。
然れども未来に於いては細心の注意を払い、鋭意、追求せしめることをここに誓う。
研究員