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「なあ、正義ってなんだと思う?」
壁に寄りかかる男は、そう訪ねた。
俺はわからないと答える。
「そうか、やっぱわかんねーよな。案外大義や名分なのかもしんねー。弱きを助け強きをくじくなんて、弱い方が得してんじゃねぇか」
おかしいよな、と男は笑った。
「で、な。俺が思うに、正義ってのは自分の信念だと思うわけよ?理由なんてないけど、なんだかそんな気がすんだよ。ってこんな事語るなんて何してんだか」
あー恥ずかし恥ずかし、とまたもや笑う。
しかしその言葉には力が感じられない。
「まあ、お前はお前なりの正義があんだろ。それを見つけられるように頑張りな。まだまだ先は長いんだからよ」
ああ、と短い肯定を返す。
それを聞いて、男は満足そうに頷いた。
「あー、やべ。力はいんね」
壁に寄りかかる男の体が、ズルズルと横にずれ、倒れていく。
やがて完全に崩れ落ちるが、それでも男はうわ言のように話すのをやめない。
「俺もそろそろやべえし、最後に、賭けをしようぜ。そうだな.....次は、どこで会えるか。一つは地獄、もう一つは天国だ。俺は、天国だ。天国に賭ける」
こんな時まで賭け事か。いや、渇望かもしれない。
だが、そうなると俺は地獄か。
「ま、じゃあな。次は天国でまた会おうぜ」
この賭けは、俺が勝つだろう。
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目が覚める。
懐かしい夢を見た、そう思う。
アイツと会うのは、当分先のことになりそうだ。
おもむろにベッドから出て、置いてある服に着替える。
元から着ていたインナーはダメになっていた。腹のど真ん中に大きな穴。シミになった血。特殊素材でできていたとはいえ、そんなになった物を着る気は無かった。
置いてある服はいたって普通の物だが、上からコートを着る為あまり気にする必要はないだろう。ズボンは血の臭いが気になるので着替えておく。
そしてちょうど着替え終わった所でドアに近づいてくる人の気配。ドアがノックされる。
「誰だ」
「起床なさっていましたか。取敢えず朝食の準備ができたそうなので、食堂までご案内します」
「そうか」
窓の外を見てみれば外はまだ暗かった。時間を見るためPDAの電源を入れてみれるが、時計の機能は完全に狂っている。後で修正が必要だろう。
「すまん、今は何時なのか分かるか?」
「何時、ですか。正確には分かりかねますが、私がこの部屋に来る途中で見た時計は四時三十分程を指しておりました」
「そんなに早くから朝食を食べるのか」
「ええ。国王が同席されるようです」
こんな時間からか。何かあるのだろう。
「というか既に国王は食事の席に着いておられるようです。着替えも終わっているようですし、早く食堂に向かいましょう」
「それもそうだな」
ベッドの脇にあるコートを羽織り、メイドの後ろに付いていく。
――――――
「お早うございます、勇者様。こんな朝早くからご迷惑お掛けいたします。もうすぐ食事が運ばれてくると思いますので、少々お話でもしながら待つことにしましょう」
周りには剣を持った全身鎧の人間が10名程。それ以外は誰もおらず、料理が運ばれてくる気配はない。
「まず、貴方たち『勇者』を召喚した目的。そちらを説明しましょう」
「その前に周りの奴ら下がらせろ」
「......そうですね、そちらの方が話しやすいでしょう。おいお前たち、部屋の外に出ていろ」
そう言われ、ぞろぞろと出ていく全身鎧。
全員出終わった所で防音の結界を張る。
「防音の結界を張った。これで今から話す内容は外には漏れない」
「前みたいに閉じ込めたりはしてないだろうな?」
「料理が来たとき、ドアがあかないのは困るだろう?」
「それもそうだな」
口調が昨日の夜の物に戻っている。
「部下の前ではいつもああなのか?」
「あー、言葉遣いか。そうだな、気を許したやつと知ってしまった奴の前でしか話さないな」
俺は後者か。
「まあ、そんなことはどうでもいいだけどよ。お前たちを呼んだ理由と何をしてもらうか。それを話す為にこんな朝早くに読んだって訳だ」
「戦争の駒にするためだろう。それ以外に何がある」
「まあそうなんだけどよ。だけどな、もう一つ政治的な意味があるんだわ」
......まさか。
「......一つ聞きたい。この国の勇者とは、なんだ。多くの人間の考える勇者とはどんなイメージだ」
「まあ正義とか、英雄とか。まあ、少なくともプラスイメージってことは確かだ」
正義。英雄。どちらも政治的利用価値は高い。戦争の大義名分もできる。正義のためになんて言えば馬鹿は着いてくるだろうし、『英雄』と言う者はいるだけで戦場の士気を上げる。
「正義の代行者になれと言うのか」
「ま、そーゆうことだ。悪くないだろ?俺も報酬くらいは出すが、それより正義を語って何でも出来るんだぜ。奪って犯してぶち殺して、何をやっても正義なら仕方がないさ。そう言って自由にやっていけるんだぜ?」
相手の顔が歪む、こいつは相当の外道だ。演技『だけ』ではここまで本物にはなり切れない。
「断る」
「あたりまえだよな」
「俺は馬鹿の誘いにホイホイついていってしまう男ではない」
「ま、こんな余りにも安っぽい話に乗るような奴なら「今すぐ殺してポイ」が妥当なとこだからな」
試したのか。いや、これはあくまで馬鹿かそれ以外かを見分ける程度の質問でしかない。普通に考えれば有り得ないことなのだが、如何せん異世界ということなので少し疑ってしまった。
「で、だ。ぶっちゃると、俺はこの大陸にある四つの国を統一したいわけ。だっていつも小競り合いとかめんどくさいし、平和な方がいいじゃん?それに国を一つにした方が政治とか思いっきり楽になる気がするんだわ。周りの国の顔色伺いながら行動しなきゃって、どんな罰ゲームだよ」
四国を統一する。勿論他を気にしなくていいのは楽だろうが、その分争いが途絶えてしまう。それ自体は良いことだろうが、国同士の競争がなくなるため文化や技術の発展速度は格段に落ち込むだろう。人は必要に迫られなければ行動しないからな。
「て訳で、その為の戦争に参加して欲しいんだわ。報酬も出すし、お前には勇者以上の地位もやる。どうしても力が必要なんだ」
この通り、と立って頭を下げる。
「どうしてそんな考えに行き着いた?」
「言っただろ?平和な世の中にしたいのと、政治が楽になる。戦争は金も人も喰うし、あんましたくねえんだよ」
「そのために戦争をするのか」
「今後の平和のために、って思えばどう考えても安いもんだろ。それ以外に何がある?」
今後の平和の為、か。決してこの国の平和では無い様だ。
だが、ここでこの話を断る必要もない。こいつが求める物が誰の為の平和であろうと、俺には全く関係ない。この世界がどうなろうとも、俺は淡々と仕事をこなすだけだ。
「.....分かった。いいだろう、お前の話に乗ることにする。ただし、昨日の事は当然として二つほど条件がある」
「なんだ?出来る範囲で何とかするぜ」
「召喚された勇者は三人だったと発表しろ」
「.....おいおい。無茶言わないでくれ、昨日のパーティにお前も顔を出しちまっただろ。民衆はどうにかできるとして、貴族共はお前を覚えてるはずだし、勇者は四人だと思ってるはずだ」
「いや、そこは魔法を使って昨日の奴らの記憶を消す。後でペンか何かをよこせ、魔方陣を書いて渡す」
「それを貴族共のに使えってか。まあそれならいいとして、もう一つはなんだ?」
「俺は単独で動く。お前は俺に指示を出せ。俺はその通りに動く」
「まああたりまえだな。周りから見たら『お前なんでここにいんの?』ってなるだろうし。あ、でもお前一人で動かれると不味いからお供付けるぞ。今から徹底的にこの国の文化や風習を教えたって、細かいところでボロが出ちまう可能性はどうしても捨てきれない。それをフォローする意味で必ず必要になるはずだ」
「...まあいいだろう。どうせ監視は付くと思っていた。出来るだけ足でまといにならない様な奴を頼む。更に言うなら綺麗な女がいい」
「冷徹そうなのは見た目だけで、結局は女好きってか?いや、そんなわけねーよな」
「当たり前だ。お前は屈強な男二人の二人旅と男女ペアの二人旅、どちらが自然に見えるかぐらいは考えなくてもわかるだろう。例え男女組でおかしく見えたとしても、女が綺麗なら男共の警戒心は薄まる筈だ」
「ま、そうだよな。第一、お前は雰囲気からしてそんな奴じゃねーもんな」
俺の後ろに立つな.....とかは二度ほどやったことがある。
「分かった。それじゃ誰付けるかは後で決めるとして、お前は何時頃ここを出るつもりだ?」
「できるだけ早く。遅くとも明日の明朝にはここを出たい」
「おいおい、それはちょっと無理があるぜ。従者も決めなきゃいけねーし、装備一式も渡さなきゃならん。それにここを出たらどうやって連絡を取るつもりだ。ほかの国に行くにしても、移動手段はどうする。徒歩じゃ無理だ。一番近い所でも300kmはあるはず。後、他の三国の場所は分かるか?道は?距離は?方角は?と言ったように他にも問題は山のようにあるから、どうやっても三日はかかると思う。取敢えず明日ってのは無理だ。あんまり焦んないでくれ」
そう言えば忘れていたな。従者に任せっきりでもいいと思ったが、直ぐに考え直す。それに焦りは禁物だ。
「そうだな。少し焦っていた。だが、装備と通信手段は用意出来る。だから明日の朝には出たい。正直一日あれば用意なんて容易にすむだろう」
「.....................わかった、最善を尽くそう」
「たのんだ」
話が一段落着いたところで、壁に掛けてある時計を見る。ここに来た時からだいぶ時間が経っていた。少し、腹も減っている。
「あー、そうだな。飯にしよう。小一時間話し込んじまったからな。悪いがその防音の結界とやらを解いてくれ。人を呼ぶ」
「分かった」
結界をとく。それを伝えると、国王はドアを開けて外にいる部下に飯の用意をするように伝えた。
「勇者様。少し時間がかかるそうなので、もうしばらくお待ちください」
そう言ってにこやかな顔で席に付く国王。後ろから、国王に続くようにぞろぞろと全身鎧が室内に入ってくる。
全員が中に入り終わると、国王に一番近い位置の奴が兜を外し脇に抱え一歩前に出た。
「ようこそおいでなさいました勇者殿。私は王国騎士団近衛隊隊長アレン・エリフィンと申します。以後お知り置きを」
「そう言えば私も名乗っていませんでしたね。私はアイラス王国28代国王、ジャック・リインフォリスと申します。よければ勇者様のお名前を聞かせては頂けないでしょうか?」
名前か。仕事の名前でいいだろう。
「俺はアインだ。ああ、言っておくがこれは偽名なのでお前らが好きなように呼んでくれて構わない」
偽名と聞いて騎士団長は僅かに顔をしかめるが、国王は笑顔のまま対応する。
「勇者、いえ只のアイン様ですね。これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
自己紹介のようなものが終わった後、狙ったかのように料理が運ばれてくる。騎士団の面々は一緒に食べるわけではないようだ。
「料理も運ばれて来ましたし、そろそろ食べ始めるとしましょう」
「そうだな」
飯は、あまり美味しく食べられた物では無かった。
読んでいただきありがとうございました