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北の大賢者の養い子(8)

 スィールの手に、杖が現れ出でる。

 ガルディアは、まずその杖に驚いた。


「妖精族の……」


 一口に杖と言っても、その形状は千差万別だ。

 一般的に人々が思う杖というのは木で作られた歩行の助けとなる棒状のものだろう。だが、魔術師の持つ杖というのは魔術の基点となるべきものであり、歩行の助けとなる道具ではない。

 その為、実際のところはカタチはどんなカタチでも構わない。また、素材も多種多様で、木でつくられたものもあれば、金属で作られたものもある。

 ようは、その魔術師が一番力を発揮できる素材、形状であればいいのだ。

 杖の条件はただ一つ、魔石を核としていることだけだ。


「友達がいるの」


 スィールは、その妖精族の友達と二人で杖を作ったのだと言い、その相手を思い出してか小さく笑った。


『妖精族に、友達?』

「うん」


 躊躇う様子もなく普通にうなづく。


「ヴィ・ディルー、知ってる?」

『生憎と知らぬ。我の知る妖精は鏡の森のディーザ・リューンが血族のみ』

「でぃーざ・りゅーん?会った事ない」

『で、あろう。あれは人間嫌いだ』

「妖精は、みんな人間嫌いだよ」


 事も無げにスィールは言った。

 妖精族は基本的に人間を好まない。

 長命種である妖精族にとって、短命種の人間はあまりにも儚く、それ以上にうるさく騒がしいからだと言われているが、そればかりではない。

 繰り返された争いの歴史が、妖精と人とを決定的に隔てたのだ。


『そなたも人間であろう』

「スィールはスィールだって。ヴィ・ディルーはそう言うよ」


 スィールはくるくるとその不思議なカタチをした自分の腕くらいの長さの杖を回す。

 妖精族の造形物であると一目でわかる、曲線を多用したその形状を説明するのは困難だった。

 金属のような光沢を持つ不思議な質感。まるで流体をそのまま杖としたかのような形状をしている。


『それは随分と特別扱いされたことだ』

「仲良しだもん」


 スィールは嬉しそうに言った。

 だが、本人が思っている以上に、妖精族に『友』と呼ばれることは重い意味を持つことをガルディアは知っている。


 長命種である妖精族は、長命種であるがゆえに繁殖力が弱い。

 長く生きていく為に必要だからなのか、彼らは非常に安定した精神を持ち、その為に人のように恋をしたり、誰かを熱烈に愛したりという感情に流されることがない。


 そんな彼らにとって『友』とは、最上級の存在だ。

 血を分けた家族よりも大切だと認める至上の存在。

 それが、妖精族にとっての『友』だ。


「……本当に、いいの?」

『何がだ』

「ここで、終わること」

『我の肉体はもうとうに滅んだ。ここにあるは、魂と記憶の一部だけだ』


 自身の肉体が失われた瞬間を、ガルディアは覚えている。

 神と人との間に生まれし子にその首を落とされた。そして、次に目覚めたときは、自身は剣に封じられていた。

 竜身であった時に比べ、その力はありえないほど減じられていて、苛立ちを覚えることもあったが、そのうちに忘れた。

 剣であることにも慣れた。

 それほどに長い長い時が流れ、いつしか、『魔剣』と呼ばれ、その身は何人もの人手に渡ってきた。

 最も、彼が認めるほどの使い手はそれほど多くはない。

 アーネストは久しぶりに彼が認めた使い手である。 


「でも、ガルディアは、ガルディアだわ。その身が、剣でも、竜でも、ガルディアっていう意思があればそれがすべてだと思う」


 スィールは違うの?と小さく首を傾げる。。


『……違わないな』


 ガルディアはおかしかった。

 気が遠くなるほどの時間を経た身でありながら、こうして、まだ幼い子供といってもいいほどの年齢の人の子にさとされ、それに説得されてしまっている己がひどくおもしろかった。

 こんな新鮮な気持ちになった事など、久しく覚えがない。


『そなたのような珍らかな存在と出会えたのに、ここで終わるのはひどく残念であると思うよ』


 目の前のこの幼い魔術師がどのような道を行くのか、何になるのか、ガルディアには興味があった。


「じゃあ……じゃあね、私の守護者になるといいと思う」


 スィールは、にこやかに提案する。

 目が期待できらきらと輝いていた。

 

『守護者?しかし……』


 ガルディアは、それほど心が揺れる提案をされたのも初めてのことだった。

 魔術師の守護者とは、魔術師とその命を共にする存在だ。

 術を行使している最中、無防備になる魔術師を守護するのが役割で、共に生き、共に死ぬ。

 幻獣種や精霊種の高位の存在が求められることが多く、友愛の絆と聖約と呼ばれる誓言によって結ばれる。


『それは、とても素晴らしい申し出だとは思うが……しかし、私はアーネストを救いたい』


 アーネストは、ガルディアをただの剣だと思っている。

 素養がありながらも、それをまったく磨いていないアーネストは、ガルディアの存在にすら気付いていないのだ。

 もっとも、こんなことでもなければ、剣に封じられていたこともあり、姿を現すこともなかっただろう。


『いい加減で、女好きで、どうしようもないが、気持ちの良い男なのだ』


 我を友と呼び、幾多の戦を共に戦ったのだ、とガルディアは静かに言う。


「全部は無理かもだけど、足りない分は、私が埋めるよ」


 事も無げにスィールは言った。


『なぜ、そこまで?』


 アーネストを助ける、という一事ですら、スィールにはボランティアのようなものだ。

 なのに、自身の魔力ないし、それに代わる代償を差し出してまで、ガルディアの存在を残そうとする。


「私はこの森しか知らない。でも、ガルディアはいろんなところを知ってるでしょう?……それに、一人じゃ淋しいもの」


 ガルディアがいてくれれば、どこに行ってもきっと淋しくないと思うの、とスィールは笑った。


「だから、私と一緒に行こうよ。……世界中を見に」



 その屈託のない誘いに、ガルディアは痺れた。


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