北の大賢者の養い子(6)
食後の運動にと、屋根にのぼる。
空気は冷たいが、太陽の光は温かい。
目を閉じる。
そうすると、目を見開いているときよりもずっと世界が鮮やかになる。
(この地には、まだ神の息吹が残る……)
神の息吹……濃密な力の塊。それは、ただ純粋な魔力だ。
精霊と呼ばれるほどの意思を持たず、ただそこに在るだけ。
だが、それはスィールのような人間にはとても心地よい。
(あれ……?)
何かがちりりと神経のどこかを灼いた。
(何か……)
清冽なこの地に相容れないもの。
そして、怒りにも似た強い感情を発するもの。
スィールは、ためらいもせずに屋根からふわりと飛び降りる。呪文など口にせずとも、風は柔らかく抱きとめてくれる。
(何だろう?)
こんなところにまで届く強い魔力の波動など、これまで感じたことがない。
スィールは風に乗って走った。
「……人?」
森の一番奥の泉。清冽な水をたたえるその場所は、最も力が濃い場所でもある。
そこに、人が居た。
居たというのはあまり正しくないだろう。ぷかりと水に浮いていた。
いわゆる、土佐衛門状態だ。
(転移の術、失敗したのかな?)
神の息吹の残るこの地では、よほどしっかりした術でなければ濃密な魔力に散らされてしまう。術に失敗して森に墜落する人間は何人もいた。
じじ様に言われて、そのたびに救出するのはスィールだったから、そういう事態には慣れている。
いつものように、軽く手を振って風を起し、その身体をすくいあげた。
(雪の上だけど、この際、我慢してもらおう)
ごろんと降り積もる雪の上に転がして、息を呑んだ。
見てわかるほどにぱっくりと開いた腹、背まで達しているのではないかと思うほど無残な傷にスィールは顔をしかめる。
(剣だけじゃない……)
魔法の傷だ、とスィールは思う。
魔術と魔法は違う。
間違えやすいけれど、『視える』スィールにはその違いは顕著だ。
魔術の残滓と魔法の残滓は色が違う。
傷は、既に絶命していてもおかしくないほどだったが、血の臭いはほとんどしていなかった。
慌てて呼吸を確かめる。
(……ダメだ)
息はない。
だが、まだ死んではいない。
(おかしい……なんで、死んでないんだろう)
男は生きているわけではない。
死んでいないというだけだった。