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北の大賢者の養い子(4)

(魔術が使えなければ、そもそもこんなところで生活できないと思う)


 深い森の奥にありながら、こうして窓から陽光が差し込むのは小屋が崖の端に建つからだ。

 窓を開けたその下は目もくらむような谷底で、見ようによっては絶景と言えなくもない。

 よほど目が良くなければその底を流れる川面は見えないだろうが、この小さな谷川が、帝国最大の穀倉地帯であるグラード・アルゼイ地方に流れ込み、レテ・フィオ(フィオ河)となる。

 スィールは谷に干していた洗濯物を飛ばしてしまって、何度も(転移の術で)取りに降りたことがあるし、魔術が使えなければ、ここでは火を熾すのも、水を汲むのも恐ろしいほどの難事業となる。

 ただ歩いて麓の村にたどり着くことさえ、スィールの体力では不可能だ。


(道なんてないから!)


 獣道すらないのだ。たとえ道があったとしても、距離的にも不可能だと思われる。

 だいたい、スィールが一番最初に転移の魔術を覚えたのも、日々の生活に必要だったからだ。

 必要なものはよく覚えるし、得意にもなる。

 水と火と転移、これがスィールの三大得意分野だ。これが使いこなせれば、きっとどこでだって生きていくことができるだろう。スィールは、そこが人が生きていくに足る環境であるならば、どんな辺鄙な土地でだって暮らせる自身がある。


(でも、きっと水汲みや火を熾すのが得意でも、魔術師としてはまったく評価されないだろうなぁ……)


 帝国貴族はその能力の多寡はあれど魔法を使えない者はないし、その大半が魔術を使える。

 帝国貴族の帝国貴族たる所以は、その魔力に、あるいはその血に息づく魔術にこそある。

 だから、スィールの魔力が強大だと言っても、そんな生活に密着したような術が得意なだけではきっと誰も見向きもしないだろうし、魔術で身をたてることはできないだろう。


(いいんだ。私はじじさまの研究を継いで、古代遺跡の研究をするんだから)


 もっとも、スィールは魔術師として生きていくつもりはなかった。

 親を探すことを拒否したスィールに、老人は、『3年間は自分の死を秘し、その後、小屋を処分して帝都で学ぶように』と言い遺した。

 その約束の3年がもうすぐ終わろうとしている。


 春になったら、スィールは老人の遺言に従って帝都ランティアに向かう予定である。

 老人の遺言どおりにランティアで学ぶとすると、スィールには三つの選択肢があった。


 『魔術院』か『私塾』か『学術院』だ。


 『魔術院』は、卒業すれば自動で国家魔術師として認められるが、貴族の子女以外が入学するには、相応の人物の紹介状が必要であり、かつ、授業料がべらぼうに高い。

 『私塾』は、塾を主催する人間によってレベルがさまざまだ。だが、スィールは、じじさま以外の誰かに私淑するつもりはなかった。

 教師として受け入れることはしても、師匠とするのはただ一人だけ。それがスィールの誰にも言わない誓いだ。


(だから、やっぱり、学術院だよね)


 学術院は、広く平民にも門戸を開いている総合的な教育研究機関だ。

 学べる学問もさまざまだ。魔術に特化している魔術院と違い、農業について研究している者もあれば、医術を研究している者もいる。

 教師の数も質もさまざまだったが、奨学金制度もあり、自分さえその気になればあらゆることを学ぶことができる。

 それだけでもスィールが学術院を選ぶ理由になるのだが、更に、帝都ランディアの学術院にはニーザレスの大図書館と呼ばれる世界有数の図書館が付属している。


(きっと、いろいろな地図とか古文書とかもあるはず!)


 卒業のあかつきには、大陸中を旅して古代遺跡の現地調査をするという野望を持つスィールにとって、この大図書館の存在は極めて重要だった。

 専門書は基本的に高価だ。無制限に購入できるものではない。

 だから、この小屋の書物の大半を読破してしまったスィールは、春になるのを密かに心待ちにしているくらいだった。


(でも、こんな風に考えられるようになったのは、今だからなんだろうな……)


 老人を失ったばかりだったら、決してここを出ようなんて考えなかっただろう。

 遺言で示された3年という期間は、もしかしたら、スィールが老人の死を少しづつ無理ない形で受け入れる為の猶予期間だったのかもしれなかった。



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