北の大賢者の養い子(3)
老人に拾われた時、スィールはまだ生後1ヶ月たつかたたないかという幼さであったという。
包まれていた祝福布と握っていた指輪、それが、スィールが持っていたすべてだ。
祝福布は白の絹地に女神エシュリーダの聖句が銀糸で縫い取られ、指輪には小さいとはいえ魔石がきらめいていた。どちらも、到底一般人では用意できない品である。
(たぶん、ちゃんとした貴族の子とかなんだと思うけど……)
それは別に願望というわけではない。
魔石というのは、同じ大きさの最上級の無色の金剛石と比べてさえも価格がゼロ一つ違うと言われるほどに貴重なものであり、また、聖句を縫い取った祝福布は多額の喜捨をするだけでは手に入らない特別な品である。
そんなものを生まれてくる子の為に用意できるのは、決して一般市民ではないだろう。
貴族の家では、魔力は尊ばれる。魔力を持つからこそ貴族なのだから当然だ。
だが、自身の魔力を制御できないとなれば別だった。
そして、赤ん坊のスィールは溢れる魔力をよく暴走させていたのだと、じじ様は言っていた。
スィールが泣くと雨が降ったり、風が吹く。あまりにも激しく泣くと暴風雨だ。
……家の中で。
赤ん坊のスィールは、何回小屋をふっ飛ばしたかわからない、というのがじじさまの苦労話の一番最初である。
勿論覚えていないのだが、その話をされるとスィールは正座をして神妙に拝聴せざるをえなかった。
魔導師たるじじさまでさえ、赤ん坊の彼女を抑えるのには相当の力を必要としたというのだから、ただの魔術師や魔法士にそれができたと思えない。
魔力を暴走させる人間は大概、『悪魔憑き』などと言われて、隔離される。
(隔離、なら、まだマシだ)
手に負えないとみなされれば、闇に葬られることもある。
スィールは、自分がそういう風に処分されるはずだった子供なのだろうと思っていた。
赤ん坊ゆえに殺すに忍びなく、代わりに捨てられたのだと。
だが、自分で寝返りも満足にうてない赤ん坊を真冬の森に……それも、こんな沈黙の森の奥深くに捨てるのだ。それは、積極的に手を下していなかったとしても殺すのと同義だっただろう。
(運がよかった)
じじ様に拾われたのは、自身にとってこの上ない幸運だったのだとスィールは思っている。
それが、全てだ。
親に捨てられたということは、スィールの中ではとっくにどうでもいいことに分類されていた。
スィールはスィール・ルゥであり、ヴィラード・ルゥの……じじさまの養い子だ。他の何者でもない。
それがスィールの『誇り』であり、『絶対』だ。
一人ぼっちの孤独の中であっても、じじ様との記憶を思い出せば、スィールはいつだって柔らかな気持ちになれる。
『いいかい、スィール、おまえの魔力はあまりにも強いのだから、力の使い方には気をつけなきゃいけないよ』
『どのくらい、つよいの?』
『……うまくやれば、竜をぶちのめすくらい強い。人間なら世界最強だな』
『せかいさいきょーってなぁに?』
『この大陸中で一番強いってことだ』
『いちばんつよいと、なにかいいことある?』
『嫌なことをしなくていいし、術を上手に使えるようになれば、大事な人を守れるよ』
『じゃあ、じじさまをまもってあげる』
『おやおや。じゃあ、がんばって修行してもらわないとな』
『はぁい』
優しい記憶。
じじさまは、暖かなそれをたくさんくれた。
そして、自分の持つ知識と術とすべてをスィールに与えてくれた。
彼はスィールにとって家族であるというだけでなく、師でもあった。
じじさまのおかげで、スィールは常人よりかなり多いだろう自分の魔力におびえることもなく、恐れることもなく向き合うことができたのだ。
今では、スィールにとって魔術を使うことは息をするのと同じくらい自然なことだったし、それは自分の特技だとも思っていた。