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ヴィ・ディルーの剣(6)

 旅立ちにふさわしいよく晴れた日だった。



「頭いてぇ」

『当然だな』


 ガルは冷ややかに言う。

 相変わらずの扱いにアーネストは少しだけ笑った。

 主大事なガルは、アーネストに対して、顔を合わせたその瞬間からいろいろと手厳しい。だが、決して自分を嫌ってのことではないことが何となくわかっていた。

 おそらく、ガルディアは腑抜けている自分が大切な主の騎士になったことが気に入らないのだろう。


(つまりは、そこに何らかの期待を抱いているわけで……)


 だからこそあたりが厳しいのだと思える節が多々ある。まあ、期待されているとまで思うのは願望かもしれなかったが、そもそも、スィールに彼の真名を受け取るように言ったのはガルディアだったのだ。大事な主にどうでもいいような人間は近づけないだろう。


「ねむい。まぶしい。頭がくらくらする」


 隣に立つスィールは吹けば飛ぶといった力ない様子で、外套のフードを深くかぶる。


『……主よ、そんなに夜更かしをしたのか?』

「12時間耐久コースだった……ひどいよ、ガルもアーネストも!」


 助けてくれないなんて、と口を尖らせる。が、疲れているのだろう。その声にはハリがない。


『いや、主と友は非常に仲睦まじい様子だったからな』

「嘘。ガル、ぼーっとしてたし、そのうち一人で夢の中いっちゃうし!」


 フードの陰からのぞく目つきが非常に悪くなっていた。


「アーネストは寝てるし!」

「あー、あれは寝てたんじゃなくて、潰れてたって表現すべきだよな」

「そんなのどっちでもいいよ。助けてくれなかったのは同じだもん」

「……悪かった」

『すまぬ』


 一人と一匹は、揃って頭を下げる。


「大変だったんだから」


 スィールはそっと小屋の方に目をやった。

 既に小屋は、すべての扉と窓が閉ざされている。今は、ヴィ・ディルーが封印しているところだ。


「ディはしつこいんだよ。絡み酒だし!」


 その姿が見えないことを確認してでないと文句も言えないほど12時間耐久説教はこたえたらしい。


「絡み酒なんだ?それほど絡まれなかったけどな……」

「それはまだまだ余裕があるってこと。でも、耐久説教の時とか言葉遣い変だったから、まだ酔いが残ってたんだと思うけど」

「あれでかよ……」


 アーネストは酒に弱い方ではない。むしろ、かなり強い方だというのにヴィ・ディルーは更にその上を行くらしい。


「妖精族は基本、お酒に強いの。ものすごく!」

「へえ」

「あとね、辛いものだめなんだよ。だからね、頭来た時はスープに黒リムの実をすっていれとくの」


 黒リムの実はするとすごく辛くなるんだよ、とスィールは言ったが、アーネストにはまったくどんなものかわからなかった。だが、スィールが話しているのを聞いているだけで、何だか満足した気になるから不思議だ。

 それは、スィールが彼の真名を握る主であるからなのか、あるいは、それ以外の何かがあるのかはわからない。

 だが、それをつきつめる必要は……今はない、とアーネストは思っていた。


(急がなくていい……)


 彼らはまだ出会ったばかりで、お互いに何も知らないに等しかった。

 だから、日々の生活の中で少しづついろんなことがわかっていくのが楽しかったし、そうやって距離が縮まっていることがわかるのもまた、楽しいと感じられることだったのだ。


「辛いもの食わせるとどうなる?」

「人によって違うけど、ヴィ・ディルーは怒って気絶する」

「……怒るんじゃダメなんじゃねえ?目が覚めたら、また耐久説教くらうんじゃないのか?」

「大丈夫。気絶した後はだいたい忘れてるから」

「記憶、とぶのかよ……」


 それは本当に大丈夫なのか?とアーネストは不安に思う。


「でもそれは最終手段で、記憶が残ってると、私も怒ってるから。すっごい大喧嘩になる。そのせいで、じじ様に二人でお説教されたこともある」

「……そっか」


 一生懸命話してくれる様子にアーネストは自然頬が緩んだ。

 当初、ガリガリでさほど可愛いとは思っていなかったものの、こうして近しくなった現在は、スィールほど可愛らしい子供はいるまい、とさえ思っている。

 半ば以上、どこかの親ばか保護者みたいな気持ちになっている自分が、アーネストはそれほど嫌ではなかった。牙を抜かれているような気がしつつも、そんな現状が心地よい。

 スィールは、眠い、とつぶやいてあくびを一つかみ殺した。

 

「……疲れたら言え。背負ってやるから」


 アーネストは、フードの上から頭を撫でた。スィールの頭は小さかったので、傍目には、撫でるというより掴んでいるように見えたかもしれない。


「ん。ありがと」


 こくんとうなづく仕草が妙にかわいらしい。ドキッとさせられて、そんな自分にアーネストは苦笑した。


(まあ、この年齢は男と女の区別がつきにくいしな……)


 学校に行き、異性に接するようになれば変わるだろうとアーネストは思った。

 スィールが知れば、きっと余計なお世話だと思うに違いなかったが、この時はまだ、アーネストは、スィールの騎士であるというより代理の保護者になったという気分が強かったのだ。




 □□□





「終わったぞ、スィール」

「ん。ありがと、ディ」


 こうして並ぶと、その身長差は頭二つ分に近い。

 ヴィ・ディルーとアーネストはアーネストの方が心持ち低いかなといったくらいなので、アーネストとスィールの身長差も同じくらいある。

 ヴィ・ディルーは雪の上に片膝をついて、スィールと目線を合わせた。


「ディ」


 スィールは、そんなヴィ・ディルーにぎゅっと抱きつく。ヴィ・ディルーもまたその小さな身体をそっと抱きしめた。


「……気をつけて」


 言いたいことはその何百倍もあるはずなのだが、ヴィ・ディルーの口から出たのはそれだけだった。


「平気だよ」


 スィールは微笑う。

 視線を交わす二人は、まるで口付けするような近さだった。なのに、そこには目をそむけたくなるようなベタついた甘さなどはなく、だが、見ているアーネストが何かもやっとしたものを感じる深い何かがあった。

 それが嫉妬であることを、アーネストは既に自覚していた。


「君が、心配だ」


 スィールは、安心させるように、こつんと自分の額をヴィ・ディルーの額につける。

 キスをしていると見間違えるほどの近さで、その瞳をまっすぐと見て、告げる。


「大丈夫だよ、ディ。アーネストも、ガルもいる」


 ヴィ・ディルーは、首を横に振る。


「……………こういうときにいつも思うのだ、なぜ、私はヴィなのかと」


 目の前の男が、どれほどスィールと共に行きたいと思っているかを、今のアーネストは知っていた。

だから、余計な邪魔はしないよう、少しはなれたところで二人を見守る。

 

「バカだな、ディ。私はルゥだよ?」

「……わかっている。だが、心配するのは私の正当な権利だ、我が友」

「しょうがないなぁ」


 呆れたように、スィールは笑った。

 恋人同士の別れというのでもなく、さりとて、家族の別れというのでもない。だが、その場を満たす空気は、どこか濃密であり、そして、同時に爽やかでもあった。

 そして、その腕の中から抜け出たスィールは、ふわりと笑って言った。


「じゃあね、ディ、いってきます」

「ああ」


 それから、ヴィ・ディルーは一度目を閉じ、それから、深く息を吸ってその言葉を紡ぎはじめる。


「……君の歩む道が平坦であらんことを」 


 それは旅人の出発を寿ぐお決まりの聖句だ。

 ヴィ・ディルーは当然のように、空に魔法印を描きだす。


「善き事と出会うことを」


 やや複雑な印は、光を帯びる。。

 

「幸いに満たされんことを願う」


 そしてスィールの頭上で光の粒子を放って消えた

 

 精霊とごく近しい種族である妖精族は、生来、魔力に長けている。人の魔法士が呪文や呪印を使って発動させる魔法を、彼らは無言のままその意思一つで発現させることができる。

 その妖精族の、それも次の王たるヴィ・ディルーが聖句を口にし、印を描きまでしたその聖なる願いは、スィールに確かな守護を与えるだろう。


「ありがと」


 スィールは柔らかく笑みを浮かべる。


「いや」


(まだ、早い)


 ヴィ・ディルーは叫び出したい気持をこらえる。

 正直、スィールが森を出るのはまだあと2年は余裕があってもいいだろうと思う。スィールは年齢以上に聡明な子供ではあったが、子供は子供でしかない。

 だが、どうせその2年がすぎれば同じようにまだ早いと自分は思うに違いないという確信もあった。

 すでに年齢を数えることをやめてしまったヴィ・ディルーに比べれば、たった14年しか生きていないなど、赤ん坊といってもいいようなものだ。人間が齢をどれほど重ねようとも彼を追い抜くことはない。

 結局のところ、彼は自分がスィールを過保護にこの森の中にしまっておきたいだけなのだ。

 それがわかっていたからヴィ・ディルーはスィールを止めない。


(スィールはルゥなのだから……)


 ヴィラードの養い子でその後継者たるスィールは、森だけではなく、もっと広い世界を知らねばならない。それはある意味、義務でもある。


「ガル」


 パタパタとアーネストの周囲を飛んでいる守護竜を呼んだ。


『いかがしたのだ?主よ』

「そろそろ行こうと思って」

『そうか』

「偉大なる古の竜王よ、どうか、我が友を頼みます」

『そなたに頼まれるまでもない。我は守護者だ。安心するがよい』


 ガルディアは胸をはる。

 ヴィ・ディルーは苦笑をもらし、そして、アーネストを振り返る。


「……人の子よ」

「何だ」


 ヴィ・ディルーが何かを投げてよこしたので、アーネストは反射的にそれに手を伸べて掴み取る。

 それは、細い銀環だった。何の装飾もないただの環……スィールくらいならば、ちょうど腕輪になるサイズである。


「それを、おまえに貸してやる」

「いや、おれはこんなものを借りても……」

「ありがとう、ディ」


 アーネストは装飾品やその類に一切興味がなかった。唯一興味があるとすれば武具の類だったが、それも、魔剣の主であった為に収集するまでは至らなかった。だが、断りかけたアーネストの言葉をスィールが遮り、にこやかに礼を告げる。


「それは、おまえではまだ解放できまい。できるようになるまで、スィールに解放してもらうのだな」

「……解放?」


 首を傾げるアーネストにスィールは言う。


「これは、剣だから。ディ……いいの?ディの剣なのに」

「かまわない。私は君を守れない。せめて、私の剣が私の代わりに君を守ることを望む」

「……うん」


 スィールはこくとうなづいた。

 少しだけ泣きたいような気分になったのは、旅立ちへの不安からだったのか、それとももっと別な理由だったのかはわからなかった。

 

「せいぜい精進するがよい、人の子よ。我から一本取れるようになったら、それはおまえにくれてやる」

「……その言葉、忘れるなよ」

「忘れぬとも。我は物忘れの激しい人の子とは違う」


 ふん、とヴィ・ディルーはひどく尊大な表情を見せた。だが、どういうわけか、ヴィ・ディルーにはそういう表情がよく似合っているとアーネストは思う。


(こういうの、何て言うんだっけ?)


 騎士団の友人が何か特殊な用語を駆使していたのだが、アーネストは思い出せなかった。


「行こう」


「ああ」


 アーネストは、差し伸べられた手を取った。



 それが、彼らの最初の旅の始まりだった。

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