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北の大賢者の養い子(1)

 老人が息をひきとったのは、月のない夜だった。

 スィールはたった一人でそれを看取った。

 枯れ木のように乾いた細い手を握り、自分のぬくもりを、命の炎を分け与えるかのように力をこめた。

 そして、この世界を作ったという女神エシュリーダにずっと祈り続けたのだ。


 ……その祈りが届くことはなかったけれど。




 □□□□□




(……ゆめ)


 そう。夢だ。

 ぼんやりとした思考の中で、スィールは反芻する。

 あの夜の冷たい空気を。

 闇に塗り込められた夜の昏さを。

 そして、たった一人になってしまった孤独を。




 寝台の上に起き上がり、周囲を見回す。

 室内は薄暗かったが、スィールは夜目がきく。特に問題はなかった。


「おはよう」


 小さな部屋に寒々しく声が響く。

 誰かの返答などあるはずがなかったが、これはスィールの決めた習慣だった。

 せめて朝の挨拶くらい声をださなければ、しゃべり方を忘れてしまいそうでこわかった。


 厚い羊毛の部屋履きを履いて寝台を抜ける。

 スィールが寝室に使っているのは屋根裏で、ここに綿を詰めた厚い敷布を敷き、羊毛の毛布と水鳥の羽を詰めた布団に包まって寝ている。

 呪を織り込んだ布団は真冬でもふんわりと暖かで、ここ数年の間に作成したさまざまなものの中でスィールの一番のお気に入りだ。


 隅のほうにおいている衣装函から着替えを取り出し、ゆったりとした前開きの寝間着を脱ぐ。

 ふと衣装函の裏蓋についている鏡を見れば、ガリガリに痩せた眼だけが大きい顔色の悪い子供が映っていた。


(……かわいくない)


 じじ様は、いつも『かわいいスィール』と口癖のように言ってくれたが、それはじじ様が血がつながっていなかったとしてもスィールの親だからだ。

 客観的に見て、スィールはかわいくもないし、美人でもない。まあ、物好きがいればもしかしたら百人に一人くらいは可愛いといってくれるかもしれないが。


(なんか、自分で考えてて落ち込んできた……)


 スィールにだって理想はある。

 ふっくらした色白の薔薇色の頬をした、きらきら金髪に青い瞳の絵本に出てくる女神の御使いのような少女だ。

 でも、鏡の中の自分はといえば、頬はコケてこそいないがふっくらなんて夢のまた夢、肌の色は白いをとおりこしてどちらかといえば青白く、眼だけが大きく見えてアンバランスだ。

 やっと腰の長さにまで伸びた髪の色は金髪などほど遠い漆黒で、瞳の紫だけは青じゃないけれど、唯一スィールが気に入っているところだった。

 今年で14歳になろうというのに、腕も足も折れそうに細く、身体つきはがりがりでまろやかさのかけらもない。

 ずっと髪が短かったせいか、麓の村ではいつも男の子に間違えられていて、もはや否定するのも面倒でそのままにしているくらいだ。



 この地方では、これくらいの年齢の子供の衣服はあまり男女の区別がない。

 まず上下に分かれた肌着、その上に簡素な綿のシャツとタイツ。そして、男女ともに幅広のズボンを身につけ、その上に冬ならば厚い羊毛の長衣を身につける。

 その長衣の色合いや刺繍の柄などで男女の別はだいたいわかるが、幼いとはいえ魔術師であるスィールの場合は、純粋に好みだけで着衣を選ぶことはなく、そうするとどうしても暗めの色合いが多くなるから余計に少女には見えなくなる。


『おまえは蕾だからまだ焦ることはないんだよ、可愛いスィール』

『でも、また坊主って言われた……』

『安心おし。年頃になれば、花開くように美しくなるよ。今から目に見えるようだ』

『それはじじ様の欲目』

『いやいや。おまえには誰もがひざまづくに違いないよ』

『誰もじゃなくていいんだけどな』


 じじさまはそんなスィールに優しく笑った。

 その笑顔を思い出しながら、身支度の終わったスィールは梯子で階下へと降りる。

 一人で暮らしていても、そこここに彼との思い出がある。だからスィールは、孤独に凍えてしまうことがない。




 居間に使っている部屋の窓際の厚いカーテンを勢いよく開くと、強い日差しが降り注いだ。


(お日様だ)


 この季節には珍しい晴天だった。

 真冬の最中とはいえ、陽光があれば空気は柔らかだ。


「いい天気」


 こんなにいい天気だと、何か良いことがあるかもしれない、とスィールの心は小さくはずんだ。


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