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北の大賢者の養い子(13)

「アーネストは、家に帰らなくていいの?」


 スィールがその問いを口にしたのは、アーネストがスィールに真名を捧げて十日が過ぎてからだった。

 

 この沈黙の森での生活を、アーネストは心の底から満喫していた。

 食事は素朴だが、おいしく。スィールはそれほど豊富ではない材料を工夫して、飽きないようにメニューを工夫していた。


 冬の間は雪で何も出来ないのだとスィールは言ったが、ただ日常を過ごすというだけでもやらなければいけないことはたくさんあった。

 洗濯や掃除、それから、屋根の雪下ろしや水の運搬……暖炉も灰をこまめに掻き出す必要がある。そして、灰を捨てに行くというただそれ一事をとってしても、なかなか大変な作業だった。スィールはそういった作業の幾つかを魔法や魔術で行うことで効率化をはかっていた。


(魔術師でなければ、ここでは暮らせないな……)


 もし、アーネストがここで一人で暮らせと言われたら、おそらく一冬越すことすらできないに違いない。それほど、日常のささいなことがここでは過酷な労働になるおそれがあった。

 アーネストは、毎日、小さな身体でくるくると働いてまわるスィールに後につき、力仕事ならば自分が代わるし、できそうなことがあればすかさず手を出した。まだ成長しきらないスィールには困難でも、大人のアーネストならば楽に出来ることはたくさんあった。


(居候みたいなものだからな)


 軍属のアーネストは従卒としての生活もこなしてきているので、一通りのことは何でも自分で出来る。だいたい、主であるスィールが働いている時に自分がダラダラとしているわけにはいかなかった。

 なのに、アーネストが手伝うたびに、スィールは目を丸くして、それから、はにかんで礼を言う。

 そんな様子はとてもかわいらしいもので、それが、アーネストにとって何よりも嬉しいことの一つになりつつある。

 

「……あのな、俺はおまえに真名を捧げたんだぞ。それとも、俺がいるのは迷惑か?」

「ううん、そんなことない」


 アーネストが居ると毎日楽しいよ、とにこっと笑顔を見せる。その笑顔に、心が和んだ。

 子供だから、ということもあるかもしれない。あるいは、ただ無知なだけなのかもしれない。

 だが、アーネストがシュレイヤーンの血族であることを知りながら、それをまったく利用しようとはしないスィールに、アーネストは安堵した。


 スィールにとって、アーネストは、ただのアーネストだ。

 シュレイヤーンの候子でもなく、魔剣の使い手でもない。


(まあ、口うるさいとは思われてるかもしれないが……)


 既に口うるさいの域はとっくに通り越していたのだが、幸いなことにアーネストはまだその事実を知らなかった。


「……何か、今でも、助かったことが不思議でならないんだ」


 アーネストは、独り言のようにつぶやく。

 ここでの生活が、あまりにも穏やかで……そして、あまりにも充ち足りているから、余計にそう思えてならない。


(これは、夢なんじゃないかってな……)


「そんなことない。……アーネストが助かったのは、代償が良かったからだし」

「代償?」

「そう。魔術には代償がいる」


 法則に従いそれに則って使われる魔法はある意味自然だ。だが、魔術は自然法則を曲げることすらできる。

 アーネストを救う為に、スィールは法則を大きく曲げたはずだ。その為の代償が必要となったのだ。

 

「それくらいは、それほど詳しくない俺だって知っている。常識だろ」


 これでも、アーネストは十二候家の一員だ。一級の魔法士でもある。


「そう。常識」


 スィールは、こくこくとうなづいた。

 肩の上のガルも同じ様にうなづいている。

 良く似たしぐさがおかしくて、アーネストはわずかに笑みをもらす。


「でも、そんな代償なんて俺はもってな………」


 持ってなかった、と言いかけて、アーネストの脳裏の片隅で、何かがチカリと光を放った。


「…………もしかして……」


 顔色がさーっと変わったことを自分でも自覚する。

 

「ん?」


 スィールはどうしたの?というように見上げた。

 

「……あんまり聞きたくないんだけどな」


 ものすごく嫌な予感がしていた。


「うん」


 素直にアーネストを見上げる様子は非常に可愛らしいと感じられる。だが、今はそれに気を取られるよりも何よりも、大事なことがある。


「……その代償ってのはだ」


 間違えてはいけないと慎重に言葉を選ぶ。


「うん」


 アーネストのその様子に、スィールも真剣な表情でうなづいた。

 嫌な予感は更に大きくなっている。まるで警報がなるように耳の奥でガンガンと響いていた。


「その……」


 背筋をつつっと冷たい汗が流れる。


「もしかして……」


 だが、それでも彼は聞かねばならない。


「……代償ってのは、俺の剣、か?」


 剣がないことには気付いていた。

 だが、ここでの生活に剣が必要となることはなく、そして、アーネストはスィールが剣を持たない自分を受け入れてくれていることが嬉しかった。

 魔剣の使い手と呼ばれることにも、アーネストは倦んでいたのだ。

 だから、あえて自分の剣の行方を問わなかった。


 シュレイヤーン候家に伝わる魔剣ガルディアは、文字通り『魔剣』である。

 それも主を選ぶタイプのものだ。この類の魔剣は、使い手でなければ鞘から抜くことすらできず、アーネストが生きている限り、アーネスト以外の人間には無用の長物と成り果てる。

 それに、ガルディアほど有名な剣であれば、他者の手に渡ってもどうしようもなかった。

 シュレイヤーンのものであることが明らかなものであったから、彼の手には戻らずとも、どうせすぐにシュレイヤーンに戻るだろうと思ってもいた。


 だが……剣が失われたとするならば、それは話が別だ。



 アーネストの嫌な予感を、スィールはあっさりと肯定した。


「うん」

 

「!!!!!!!!」



 その瞬間、アーネストは声にならぬ叫びをあげた。

 叫びではなく、悲鳴だったかもしれない。

 どちらにせよ、それは音にはならなかった。


「?」

『どうしたのだ?』




 一人と一匹は、そんなアーネストを見て、そっくり同じ角度で首をかしげていた。

 




 □□□





「まだ、怒ってる?」

「怒ってない」


 アーネストはやさぐれていた。

 元々砕けてきていた言葉遣いは、今や素に近づきつつある。


「でも、機嫌悪い」

「別に悪くない」


 別にスィールのせいではない。わかっている。……わかってはいるのだ。

 自分の命を助けてくれたことに感謝もしている。

 生命と比べれば、たかが剣。だが、されど剣、でもある。

 失われてしまったことをすぐに納得しきれないのは仕方がないことだった。。

   

「でも、さっきからずっと怖い」

「別に、おまえにじゃねえよ。気にするな」

『主に対し、言葉が過ぎるぞ、小僧』


 冷ややかな声がした。じろり、と黄金色の縦に瞳孔の長い瞳が睨めつける。


「すまん」


 アーネストは素直に謝った。確かに主に対する言葉遣いではなかった。

 できたてで、まだどう接するのが正しいのかがわかっていないし、自身の立ち位置をはかりかねている。だが、それでも目の前の幼い魔術師に真名を捧げたのは事実だ。

 自分の態度は、確かによろしくないものであるとアーネストは反省する。


『言葉遣いには気をつけるが良い』

「ああ」


 うなづいたはいいものの、そもそも、アーネストは口が悪い。

 男兄弟の中で育ち、更には、軍での生活でそれがさらに助長された。


「騎士なのに、不良みたいね」


 スィールはくすくすと笑う。


『不良騎士か、言いえて妙だな』


 ガルが小さな前肢を組み、こくこくとうなづく。どこか人間臭い仕草が妙におかしい。


「勝手なこと言ってんじゃねえよ」

「でも、今のほうがいいよ」

「は?」

「大きな声とか出されると怖いけど、でも、今のほうがずっといい。……無理してない感じがする」

『主は、趣味が悪いのう』

「……そういうわけじゃないけど」


 ちょっと乱暴でも、普通にしててくれればいい、と静かに言う。

 スィールは時々、驚くほど大人びた表情を見せることがあり、なぜかそんな表情を見せられるとアーネストは不安を覚える。


「……自分の騎士が、不良でいいのかよ」


 半ば、からかうような気持ち混じりに問いかける。


「うん」


 スィールは躊躇う様子もなくあっさりとうなづいた。

 そして、言った。


「アーネストが、アーネストなら、それでいいよ」


 その言葉に胸が熱くなる。


「なんだよ、それ。謎々じゃねえんだぞ」


 わけわかんねー、なんて憎まれ口を叩いたが、スィールが言わんとしていたことはわかっていた。

 それが嬉しくて、あまりにも嬉しくて……だが、そんなこと口に出せるはずがない。

 ちっぽけだろうと、それが男のプライドというものだ。


 そんなアーネストの様子など気付く風もなく、スィールは更に告げた。


「アーネストが不良騎士でも、そうじゃなかったとしても、私の騎士はアーネストだよ」


 その言葉に、アーネストは言葉を失った。

 何も言えなかった。

 口を開いたら、何を口走るかわからなかったのだ。


『いやはや、主は最強だな』

「???……じじさまも、私は最強になれるって言ってたよ」

『いやいや、おそらくそれは意味が違うだろうよ。我を口説いたときといい、主はなかなかにタラシだな……小僧、顔が赤いぞ』

「うるせー」

「よくわかんないけど、ダメなこと?」

『いや。そんなことはあるまい。そうであろう?小僧」

「あ、ああ」


 小僧と呼ばれることに同意をしたわけではなかったが、相手は竜である。仕方がないと半ばアーネストは諦めていたので、ただうなづくだけにとどめる。

 自身が赤面している自覚もあった。


(……俺としたことが)



 だが、そうは思いながらも、アーネストは、今の自分を悪くないと思っていた。

 

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