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北の大賢者の養い子(11)

「いろいろと聞きたいことがあるんだが……」

「どうぞ」


 気負って尋ねるアーネストをスィールは不思議そうに食卓に誘う。

 ちょうど夕食の時間だから、食べながらということらしい。


 夕食は簡素なものだった。

 干し肉が少しと野菜がたっぷり入った汁に蒸した芋、まろやかなチーズに野苺の砂糖漬けを添えてあるのがささやかな贅沢なのだろう。

 そして、きちんと食卓に席をしつらえられた謎の生き物の前にも同じものが並べられていた。

 別に、謎の生き物と自分の扱いが同じだからといって拗ねるなんてことはない。そう、何といってもアーネストは成人をすぎたれっきとした男であるのだから。


「その、まずはそれのことなんだが……」

「ガルのこと?」

「あ、ああ」


 見れば見るほど不思議な生き物だった。その目の瞳孔の形からいって、爬虫類には違いない。トカゲというわけではないが身体は鱗で覆われている。


(いったいどういう生き物なのか……)


 黒光する鱗は金属のような光沢を帯びている。そして、おそらくは金属以上の硬度を持つだろう。


(まるで、竜のような……)


 そう考えれば、そのカタチも確かに竜にそっくりだ。竜を手のり……というか抱きしめられるぬいぐるみサイズにすると、ちょうどガルになるだろう。

 器用そうな前肢としっかりと地を踏みしめる後肢をもち、開いた口の中には鋭い歯が並んでいる。


(あるいは幻獣種か……)


 普通の獣と違い、存在それ自体が魔的要素を持つ生物を総称して幻獣種と言う。一般的によく知られる竜や一角獣も幻獣種の一種だ。

 とかく幻獣種には不思議な生き物が多い。


(だとすれば、あんな羽で飛べることも納得がいく)


 ガルの羽はそれほど大きくない。あの羽で飛ぶことは、生物学上の見地から言えばありえない。

 だが、幻獣種ならば話は別だ。例えば、天虎などは、翼も持たぬのになぜか空を翔ることができる。

 幻獣種と一般の動物はそれほどまでに違う生き物で、普通の生物とは一緒にできない。


「ガルは私の守護者<ディ・ルターザ>」

「ディルターザ?」

「そう。知ってる?」

「魔術師を守護する生き物、だったか?」


 アーネストはかつて学んだ教科書の一文を思い出す。


「うん。……使い魔と混同されることが多いけど、守護者と使い魔は全然違う」


 どういう風に違うのかと問いたかったが、スィールがいただきます、と手を合わせ、あまりにもおいしそうにスープを飲むのでやめた。

 代わりに自分もそれに習って手を合わせ、そのスープを口にする。


「……うまいな」


 薄い塩味だけのスープだと最初は思ったが、煮込まれることで干し肉と野菜の旨みがひきだされていて、口にいれると何とも言いがたい野菜本来の豊かな味が感じられた。

 アーネストは十二候家の子息であるので、最高に贅を尽くした食事をすることも多かった。

 だが、今この瞬間に口にしているスープほどおいしいものを口にしたことはないと感じる。


「うん。おいしい」


 スィールの食べ方は一言で言えば、丁寧だ。

 しっかりと味わいながら、楽しみながら食べる。

 それを見ているだけでも心楽しく感じられたし、自分も一緒に同じものを食べているのだと思うと、一層おいしく感じられた。


「誰かと一緒に食べると、おいしいって気持は倍になるんだって」


 「じじ様がそう言ってた意味、今わかった」とスィールが柔らかく笑みをもらす。


「それは?」


 どういう意味なんだ?と首を傾げる。


「あのね、一人でもおいしいものはおいしい。……でも、おいしいものをおいしいねって言い合って食べると、もっとおいしく感じるなって思ったの」


 あまりにもストレートなその言葉に、アーネストは気恥ずかしさを覚える。


「……ガルがいたんじゃないのか?」


 スィールにとって、ガルは単に守護者を越えた存在だろうとアーネストは思っている。

 自分が使役するモノというのではなく、もっともっと大切な分かちがたい存在なのだと。

 この謎の生物とスィールの間にはそういう絆が感じられるのだ。


「ガルとは契約したばかり」

「……そうか」


 ああ、と気付く。

 スィールは一人で生きてきたといったのだ。ガルがいれば、きっとそうは言わない。

 だとするならば、文字通り一人であったのだ。

 その孤独を思い、アーネストは何となくしんみりとする。

 だがそれと同時に、決してもう一人にしたりはしない、と心の中で思う。


(もう、俺の主なんだから)


 彼が常に傍にいて守ることに不都合はまったくない。

 むしろ、主を一人にすることこそ罪深いことだろう。


「ガルは人参、気に入ったの?」

『ウム。甘いからな』


 滑らかな大陸公用語だった。

 不思議と響く声は、壮年の男の声のようにも聞こえるし、青年の声のようにも聞こえる。

 目を閉じて聞けば、声の主が人ではないとは思わないだろう。


「……あのな、ガルは何ていう生き物なんだ」

「ガルは、ガルだよ」

「いや、生物の……種族的な意味で」


 んー、とスィールは考え込む。


「それは、ガルが私の守護者になる前ってことだよね?」

「そうだ」

「んー、ガルの一番最初はね、竜」


 スィールは何でもない口調でさらりと言った。あまりにもさらりと言ったので、その重大さをあやうく聞き逃しそうになる。


「そうか、竜か。……え?竜?」


「そう。竜」


 スィールはその様子に気付かずにこくりとうなづく。


「竜……」


 アーネストは、スープ皿に顔を突っ込んで干し肉にかぶり付いている生き物をまじまじと見つめる。


「……これは、卵から孵ったばかり、とか?」

「ううん。このサイズには頼んでなってもらったの」


 だって一緒にいたいんだもん!とスィールは言い切る。


「ガルの本来の大きさだと、この小屋よりも大きいから」


 スィールは、これはずっと一緒にいる為のジャストサイズなんだよ、と胸をはる。


「……本来の大きさって?」

「アーネスト、竜、知らないの?」


 竜ってこの世界でもかなり大きい生き物なんだよ、とスィールは言う。


「いや、知ってる。知ってるんだけどな」


 ただ、認めがたいだけである。


 竜とは、この世界の生命の頂点に位置する生物だ。

 ……それが、人語を解するとはいえ、食卓に座り込み、人参にかじりついている。

 これを認めることは、アーネストの中で何かを失うことになる。


「……ガルは人身をとることができるのか?」


 おそるおそる尋ねた。

 竜にもいろいろな種がある。

 人語を解するものはもちろん高位に属する。だが、竜の中で最高位に位置するのは、竜身だけでなく人身も持つ古代種とその眷属だ。


『勿論だ』


 ガルは、我はかつて偉大なる竜族を統べし身であったのだぞ、と胸をはった。


「……これが、竜」


 それも、竜族の王であったという。

 別に、疑っているわけではない。

 ただ、認めがたいだけだ。


 目の前の生き物は、スィールの手から甘いマディアの実を受け取り、嬉々としてかじりついた。

 その姿は、あの強大な……魂の底から震えるほどの……万物の頂点に立つ生命体の、その威容のカケラも感じられない。


「ちがうよ、ガルはガル。かつては偉大なる古代竜の王であったけれど、今は私の守護者」


 そうだよね、と、言うスィールに、ガルはにっこりと笑って……アーネストは不思議とそれが笑っているのだとわかった……言った。




『勿論だとも。世界のすべてよりも大切な我が主よ』



 その言葉に、軽い苛立ちを覚える。

 アーネストは、その苛立ちが何であるか、まだ気付いていなかった。


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