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北の大賢者の養い子(9)

「はじまりは、真白き光<イリュー・ルーディア>……」


 その唇から滑らかに流れ出るのは、神代言語だ。人には難しい発音を、スィールは難なくこなす。

 だが、スィール自身はさほど難しいとは思っていなかったし、難しいとされていることも知らなかった。

 そもそも、スィールは、神代言語を『言葉』として最初に覚えた。

 いわば、神代言語が母国語であり、自身の基本言語である。

 はじめ、じじ様とスィールの会話は神代言語で行われていた。これでは、社会復帰ができなくなるとか何とかじじ様が言い出して、ある時期から、大陸公用語も使うようになったが、スィールの場合、大陸公用語の方がずっとあやしい。


 

 神代言語は、はじまりの言葉であると言われる。

 神とすら意思を交わすことのできるそれは、いわば、広義の意味での世界共通語だ。

 妖精族をはじめとし、精霊族や数多の幻獣達にも通じる。ゆえに、魔術師はまず神代言語を学ぶことから勉強をはじめる。

 単に、世界共通語というだけでなく、神代言語は、魔術言語としての側面を多分に持つ。それが世界共通語であった古と違い、今では、言葉そのものが魔術の一種となるほど。

 同じ呪文構成でも、それが神代言語によるものだというだけで威力が増すのだ。

 


「光の中で輝く光<ルーディリアス・エディア・ルーディア>、闇を焦がす黄金<ニュイーシアス・ルディエ>の……」


 スィールは、歌うように呪を紡ぐ。

 手にしている杖は発動状態にあり、先ほどとはその形状をまったく異にしていた。

 流体のように見えていた形は、今は永遠を意味する二重螺旋を描き、複雑な造形でもって空に伸び、スィールの頭一つ分高いところで緩やかな弧を描いている。

 それは、スィールの腕の中に抱きしめられるようにして存在し、同時に、その伸びた杖はスィールを守るように広がっている。


 それはひどく不思議な光景であり、その光景を言い表す適切な言葉をガルディアは知らない。

 だが、その美しさを誰かに伝える言葉を自分が持たぬことを、ガルディアは少しだけ口惜しく思った。

 

(紛れもなく、この子供は、ルゥの名を継ぐ魔術師であるのだ……)


 どれほどに幼くとも、目の前の子供は魔術師だった。

 かつてガルディアが肉体を持って生きた時代であっても、これほどの魔術師がいたかどうかと思えるほどの。

 ぞくりと、背筋に震えとも喜びともつかぬものがはしる。


 ガルディアは、もはや、アーネストの生命の心配をまったくしていなかった。

 澄んだ柔らかな声が、歌うように術を紡ぐ。

 その杖先からこぼれおちる光が呪を描き、静かに世界に働きかける。


 幾つもの音と、光と、それによって紡がれた呪が幾重にも重なり、アーネストの身体を包み込んでいる。

 

 

 スィールは息を整え、そして、歌い始めた。



 世界に捧げる 輝ける生命の祷歌〈じゅか〉を。






 □ □ □






 歌を聴いていた。

 歌詞は聞き取れないのに、それが歌であることだけはなぜかわかった。


「目、覚めた?」


 アーネストが最初に見たのは、夕闇を思わせる紫の瞳。

 それから、次に見たのはパタパタと飛ぶ羽の生えた不思議な生き物。


「……君は?」


 意識がぼんやりとしていた。

 その問いに、子供は軽く首を傾げ、謎の生き物の方を見る。

 パタパタと小さな羽で飛ぶその生き物は、子供の肩にとまった。がりがりで痩せっぽっちの子供には、それがひどく重そうに見えた。


「……人に名を問う時は、まずは自分が名乗ってから」


 子供は、それが当たり前!というように、ぶっきらぼうに言う。


「ああ……すまない。私は、アーネスト・エレザール=リュカディア=シュレイヤーンという。帝国の黒竜騎士団に所属している軍人だ」

「こくりゅうきしだん?」


 子供は聞き慣れない、というように首を傾げる。


「帝都を守る騎士団の名だ」


 ここがどこかはわからぬが、随分な田舎なのだろうとアーネストは推測する。

 帝都やその周辺に住んでいるのなら、黒竜騎士団の名を知らぬ人間はまずいない。

 どんな子供だって、帝都の治安維持を担う黒竜騎士団の名とその主だった騎士の名くらいは知っているものだ。


「そう」


 子供は、特に興味がなさそうにうなづいて、そして告げた。


「私はスィール。スィール・ルゥ。」

「…………………」


 アーネストは、スィールの言葉を待つ。


(田舎の子供の割には、整った顔立ちをしているんだな……痩せてるが)


「…………………」


(黒髪に紫の瞳というのも悪くない……頬がもう少しふっくらすればな)


「…………………」


(もう少し太らせなきゃ、だめだろ、これ。栄養失調じゃねーの)


「…………………」


 目の前の子供が、軽く首を傾げる。


「………なあ」


 たまりかねて口を開いた。


「なぁに?」

「……それだけか?」



 最高級の紫水晶のような瞳が、他に何を知りたいのかというようにきょとんと見開かれていた。

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