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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【短編版】トリックスター〜ニャルラトホテプとシャンタク鳥〜

作者: ツキノ
掲載日:2026/04/06

甘党探偵月影ましろ〜ボクとブラックでスイーツな日々〜

https://ncode.syosetu.com/n7051ls/

 それは、6月半ばの時。放課後になった直後。ましろは屋上に来夢を呼び出した。


「話しとは……、一体なんなんですの?ましろさん」


 暑さを纏う風に吹かれていたましろは来夢に歩み寄り、その両手を握る。

 真剣な表情で来夢と向き合った。


「来夢……、ボクと付き合ってくれないかな?」

「……へ?」



 ◇◇◇



 青とピンクを基調とした看板と店内。

 レジ前のショーケース内に並ぶたくさんのフレーバー。


「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」

(どうせこんなことだろうと思ってましたわ!)


 来夢の内心を露知らず、ましろは期間限定+31種類のフレーバーを相手にルーレットを繰り広げていた。


「よし、決めた!来夢は何にする?」

「ゆ、夕食前ですもの。カップのスモールのシングルでいいですわ。ええと、キャラメルリボンで……」

「370円です」

「ボクはカップのトリプルポップ!ポッピングシャワー、チョコレートミント、サーティワンラブで!」

「680円です」

「ああもうましろさんは!いいですわね太る心配がなくて!」


 店員からアイスを受け取り、2人はボックス席に座る。


「ああ……。夏に食べるアイスは最高だね!」

「アーバンさんからお給料の前狩りをしてまで食べに来るなんて……」

「チョコレートでコーティングされたポップロックキャンディのパチパチ感、ミントが強めの清涼感、ミントアイスクリームにレモンマシュマロの爽やか感……」

「聞いてませんわね」


 トリプルアイスを味わうましろに来夢は呆れてため息を溢す。


「あっれー。ましろクンじゃんおひさ」

「……」


 ましろが振り返ると、コーンのレギュラーサイズを片手に手を振る赤羽根榴姫あかばねるきの姿。手前で振り返りもせずに、黙々とアイスを食べているのは夜闇鴉よやみあろう


「チェリーの果肉がごろっと入ったバーガンディチェリーに、ピンクとパープルの甘くて優しいわたがし味のコットンキャンディ……。2種類のコーヒー豆を使用した、仄かな苦味とチョコレートソースにアーモンドの香ばしさが引き立つジャモカアーモンドファッジ……」

「……別にオレは甘いものが好きでもなんでもないからな。榴姫に請われて偶々来ただけだ」

「そこまで頼んでねぇっつうの。ただ帰り一緒に行かなーい?って軽く誘っただけじゃん」

「ふふふ。赤羽根さんは甘いもの結構好きだよね」

「うん。あ、今度2人で来る?」

「「なっ!?」」

「アハハ。冗談だって。間に受けるなよ鴉も望月サンも」

「……榴姫の冗談はあまり冗談には聞こえん」


 鴉は早々に食べ終わったコーンに巻いてあった紙をくしゃりと握り締めた。


「ねぇねぇ。サーティワンは31日間、毎日違うフレーバーのアイスクリームを楽しんでもらいたいって付けられたブランド名だけど、カップとかにBRって書かれているように、正式名称はバスキン・ロビンズなんだ。名前になった2人とも、アイスクリームが大好きで……」

「へぇ!私も食べてみたいわ!」

「え?」


 ましろがサーティワンの成り立ちを勝手に話していた最中に、甲高い声が割り込んできた。長い金髪の12歳くらいの少女。背には兎の鞄を背負っている。


「お嬢さん、お一人ですの?」

「ええ!まだこちらには来たばかりで……。この国のお金を持ってないの……」

「……やれやれ。31アイスクリームの美味しさを知ってもらうには仕方ないか……」


 ましろが席を立ち、レジに行くと少女も瞳を輝かせて後を追った。


「私、これと、これと、これがいいわ!」

「クリームチーズを使ったベイクドチーズケーキと甘酸っぱいストロベリーリボンが絶妙なストロベリーチーズケーキに、甘いバナナのバナナアンドストロベリー、苺の果肉と香り高い苺ピューレを使ったベリーベリーストロベリーだね。食べきれなかったらボクが食べるよ」


 当たり前のようにトリプルポップを注文するましろ。支払いは電子マネー。


「わぁい。いただきまーす!」

「ましろクン、フツーに奢ってるけど、この子どっから来たの?」

「おいひー!」

「そうだね。アイスを味わっているところ悪いけど、キミ、お名前は?」

「私は月白兎苺つきしろうい。よろしくね!」

「兎苺ちゃん、親御さんはどうしたんだい?」

「親?……そうね。深い眠りについているというか……」

「?」


 ましろが首を傾げると、兎苺は兎の鞄からゴソゴソと探り、赤い宝石を取り出した。


「はい。この国のお金を持ってないから、コレをお代として受け取ってね」

「……コレ、本物?」


 ましろが宝石をひとつまみする。真っ赤に光る綺麗なルビーだ。


「気に入らなかったら、こちらでもいいわ」


 と、兎苺が鞄の中にある卵を見せる。


「な、なんの卵ですの?それ……」


 結構な大きさの卵に来夢はギョッとした。


「あのね。シャンタク鳥の卵なの」

「シャンタク鳥って、お前──クトゥルフの物語ソネットか!?」


 店の中なので剣を出すことこそしないが、鴉を筆頭に警戒心を強めた。


「酷いわ。まだ何もしていないのに。私はただこっちの世界を見学しに──来たついでに、ちょっといい奴隷がいないか見に来ただけよ」

「ど、奴隷?!」


 兎苺の一言で、ましろはグラス……シュブ=ニグラスが言っていた眷属がどうのという話しの一連を思い出す。確か、クトゥルフ神話生物の間で、物語ソネットハンターたちを眷属にするのが流行っているのなんだの──


「アタシら物語ソネットハンターはモノじゃないんだ。奴隷とか、召使いですらお断りだっての」

「榴姫に同じくだ。……いつぞやの猫のように夢見で攫うのもナシだ」

「ふふふ。粋のいい人間たちね。悪くないわ」

「逆に気に入られてますけど、どうするんですのましろさん!?」

「うーん。グラスさんみたいに領域展開で顕現するとか、ルタルみたいに夢に連れて行くとかはしないんだね」


 ましろが尋ねると、兎苺ういは首を傾げる。


「……それがお望みなの?」

「いや。話し合いで済むならそれに越したことはないよ」

「……さっきも言った通り、今日はこの世界の見学に来ただけよ。私は普段、幻夢境の月の裏側に住んでいるわ」

「月の、裏側……」

「そこで私はムーンビーストと呼ばれているわ」

「それがキミの本当の名前なんだね」


 月棲獣。クトゥルフ好きの杉裏聡か、はてまた近衛このえのチャンネルのクトゥルフ有識者ならどういった生物なのか答えてくれるだろうか。今は兎苺ういが語ることが全てである。


「──探したよ、兎苺うい

「あ、羅斗らとさま!!」


 兎苺ういの甲高い声が店内に響く。思わぬ再会に、ましろは驚いて目を見開いた。


猫琉ねこるさん……」

「久しぶりだね、ましろくん」


 羅斗は被っていた帽子を外し、優雅にお辞儀をする。


「貴様、あの時の──」

「羅斗さま!ましろがアイスというモノを奢ってくれたの!」


 あろうの言葉を遮り、兎苺ういは瞳を輝かせてアイスを口にした。羅斗はやれやれといった表情でましろを見る。


兎苺ういは交渉が趣味でね。お金を持たせないほうがいいと思っていたんだが……。どうやら奢らせてしまったみたいだね。返そうか?」

「いえ。いいですよ。それよりも、猫琉さんと彼女の関係、聞いてもいいですか?」


 ましろが聞くと、羅斗は首を傾げて答えた。


「僕と彼女の関係?ここでは姪っ子みたいなものかな」

「姪っ子にさま付けで呼ばれるか、フツー」


 榴姫が突っ込むと、羅斗は苦笑する。


「ははは。そういうことにしておいてくれるかな?彼女、こっちには来たばかりで、今日は色々見てまわりたいんだ」

「……」


 ましろは羅斗を警戒して鞄の中のマドラーを手に忍ばせていた。兎苺ういや羅斗の脅威は未知数である。この場での戦闘は避けたい。


「──そう警戒しないでいい。僕らもここの人の暮らしを気に入っているんだ。むやみやたらに暴れる気はないさ」

「そうね!こんなに美味しいものを作れるお店を壊すなんて勿体無いもの。寧ろ交渉して回収したいくらい」


 ペロリとアイスを平らげた兎苺ういは、ましろにペコリと頭を下げた。


「ご馳走様!美味しかったわ……あっ!」


 お辞儀をした反動で、鞄の中に入っていたシャンタク鳥の卵が飛び出した。


「おっと!」


 ましろは慌てて卵をキャッチする。


「まあ。ありがとう。お礼にその卵は如何かしら?」

「結構ですわ。ウチにはラプスさんというマスコットキャラクターもいることですし」

「あはは……。そういうことだから、これはお返しするね」

「そう……。残念ね」


 兎苺ういはましろから卵を受け取り、再び鞄の中へとしまった。


「さあ。行こうか兎苺うい。今度は逸れないように、手を繋いで行こう」

「ええ!羅斗さま、今度は逸れないわ」


 手を繋いで歩く2人は、その正体を知らない者からすれば、普通に叔父と姪のように見える。


「……なんだったんだ、一体」

「ふう。……とりあえず、刺激しなければ何もなさそうで安心したよ」


 少し溶けてしまったアイスが入ったカップを片手に、ましろはスプーンを入れた。


「危うくシャンタク鳥?とやらを飼うところだったね」

「……ましろさん、コレ」

「ん?」


 ましろがスプーンを咥えているところに、来夢がボックス席の隅を指差した。

 置き去りにされた、もうひとつの卵だった。


「……え?」



◆◆◆



「それでどうするのさ、コレ……」


 とりあえず、カゴの中のクッションの上に置かれた卵を見て、何の卵か説明を受けた鵜久森が指をさす。


「うーん。あのまま置き去りにするわけにもいかなかったから、とりあえず持って帰ってきたのはいいものの……」

『いっそのこと、料理して食べるのはどうだい?』


 羽化したらマスコットの座を奪われそうなラプスが残酷なことを言う。


夜闇鴉よやみあろうに聞くところによると、美味しいらしいんだけど」

「美味しいの!?コレ?」

「食べた後に何かあったらすまないから、食べるのはナシで」


 ましろはバッテンを作り、首を左右に振った。


「でも、いいのかい?このまま何もせずに羽化を待ってて」

「マーブル社に渡すというルートもありますけど」

「可哀想なことになりそうだから、それもナシで」

「クトゥルフ生物なんだし、卵から産まれた時点で危険かもよ……」

「……わたくし、侵食度が上がる危険性を承知の上で、シャンタク鳥について調べてみたのですが……。聞きますか、皆さん?」

「……」


 来夢の言葉に、その場に居る全員が無言で頷く。


「では……」


 こほん、と来夢が一幕置いた。


「シャンタク鳥とは、クトゥルフ神話における架空……の筈の飛行生物ですわ。鳥、と言いますけど、地球上のどんな鳥ともコウモリとも似つかない生物ですの」

「うーん……。どんな姿で産まれるか想像できないや」

「主にドリームランドという夢の世界に生息しており、ナイアルラトホテップに仕えている奉仕種族ですわ」

「ナイアルラトホテップ?」

「今は外なる神、と呼ばれているものとだけ言っておきましょう」

「クトゥルフ神話に出てくる神様に仕えている鳥なんだね」

「へぇ……って、ええーーっ!!?」


 ましろのまとめに生半可な返答をしていた鵜久森が、シャンタク鳥の卵が入ったカゴを指差す。卵の殻が割れて、中から馬のような頭部、鱗に覆われた身体、コウモリのような翼を持つ個体がコロンと出てきた。


「キィ」

『どうやら、ホラーチックな外見のようだね。マスコットの座に食い込むまではいかないようだ』


 ラプスは二本足で立ち、シャンタク鳥と並んでふんすと踏ん反りかえる。


「問題は、これからどうするか、だよねぇ」


 ましろが顎に手を当てて考え込んでいると、みんなからの視線が集まっていることに気付く。


「皆さん、学校に通っていますし……」

「……つまり、自主学習中のボクが飼えと?」


 一同、一斉に頷く。


「名前、何にします?」


 林檎がましろに尋ねる。


「んー、シャンタク鳥だからシャンシャンとか?」

「キィ!キィ!」


 まるで人間の言葉を理解しているかのようにシャンタク鳥のシャンシャンは喜んだ。



 ◇◇◇



「シャンシャン、おやつ食べるかなぁ?」


 自室の枕元のサイドテーブルにカゴを置く。

 ましろはチュロスを取り出して、カゴの外から差し出してみると、シャンシャンはパリパリと美味しそうに食べ始める。


「キィ、キィ」

『ましろ、本当にこのまま飼うつもりかい?』

「……猫琉さんを探して、預かってもらえたらなって思ってるんだけど」

『そうだね。それがいい。僕も賛成だよ』

「問題は今夜だよ。またルタルの時みたいに夢の世界に連れて行かれたら困るし」

『寝ないつもりかい?』

「うん。猫琉さんを探そう」


ましろは半袖のパーカーを羽織り、シャンシャンの入ったカゴを持って部屋のドアを閉めた。



◆◆◆



「それじゃ、アーバンさん。行ってきます」

「気をつけて行くんだよ、ましろくん。何かあったらすぐに連絡してくれ」


 寮の扉を閉め、シャンシャンの入ったカゴを片手にましろは夜の街の探索を始める。同行はラプスのみ。


「みんなは明日、学校があるからなぁ……っと、」


 アーバン・レジェンドの角を曲がってすぐ。夜闇鴉よやみあろうが塀にもたれかかっていた。


夜闇鴉よやみあろう……。どうしたんだい、こんな時間に?」

「どうしたもこうしたもない。貴様が持って帰ったシャンタク鳥の卵の様子が気になって来ただけだ。どうやら孵化したようだな」

「はぁ。押し付けといてよく言うよ……」

「む。人数が多い貴様たちの方が、何かあった時に対処がしやすいと思って預けたまでのこと……」

「はいはい。そういうことにしておくよ。行こう、シャンシャン」

「キィ!」

「ちゃっかり名前まで付けて懐いているじゃないか!」


 持ち上げたカゴを下ろし、ましろは以前猫琉羅斗と出会った場所……御伽公園へと向かうことにした。


「貴様、何処へ行く?」

「とりあえずは御伽公園だよ。猫琉さんを探してるんだ。シャンシャンを引き取ってもらおうと思って」


 背後からのあろうの問い掛けに、振り向かずにましろは答える。ついて来ないで、とは言いがたい。万が一、何かと戦闘が起きた時を考えると、夜闇鴉よやみあろうが居るのは寧ろありがたいことだ。


「あの猫琉とか言う男か……。月白兎苺つきしろういと言い、シャンタク鳥の卵と言い、アイツもクトゥルフに関連している者には違いない」

「ふうん。夜闇鴉もそう思う?」

「ああ。胡散臭い気配と只者ならぬ気配が混じっている」

「……ボク、猫琉さんとは戦闘になりたくないなぁ」

「勝てる気がしないから、か?」

「……まぁね。ボクらは向こうに見過ごされているって感じだし」

「一体、何が目的なんだ?」

「さぁ。ボクらがクトゥルフ相手にてんやわんやしているところを、クスクス笑って眺めるのが目的かもよ?」

「まるでTRPGのゲームマスターのようだな」

「テーブルトーク?」

「知らないのか?」

「あいにくと、ゲームには疎いからねボク。夜闇鴉よやみあろうのクトゥルフ知識はそのゲームからってことかな?」

「ああ。多少齧ったことがある程度だがな」

「クトゥルフって本だけかと思ってたけど、色々あるんだね」

「侵食度の問題からあまり調べるのを勧められないと思っていたが……。いや、寧ろSAN値が鍛えられるから調べた方が良いのか……?」

「SAN値?」

「公式のルール用語ではないがな。元はSanity。正気、健全さの略で、心のHPのようなものだ。悍ましい神話生物や神々を目撃したり、恐ろしい真実に遭遇した時に減少する」

「それ、インフィニティ・オンラインの時みたいに可視化出来ないのかなぁ」

「現実はゲームじゃない。無茶を言うな」


 夜闇鴉と雑談を繰り広げている内に、ましろは公園に辿り着いた。しかし、こんな深夜の時間帯に猫琉羅斗がいる筈もなく、辺りは人の気配無く静まり返っている。


「フン。どうやら当てが外れたようだな」

「うーん。どうしようか、シャンシャン?」

「キィ」


 なんとなくカゴの中のシャンシャンに聞いてみる。するとシャンシャンはカゴの中から右の翼である方角をさした。



 ◆◆◆



「街外れの廃墟ビルだね」

「こんなところのこんな時間に、ヤツが居るのか……?」


 ましろはスマホのライト機能を使い、廃墟ビルの中を照らして歩く。鴉も横をついて歩いた。


『……ましろ、気をつけて。クトゥルフの物語ソネットの気配を感じる』


 それまで黙ってついて来ていたラプスが尻尾をピンと立ち上げる。


「ふぅん。展開領域未満のかい?」

『ああ。僕としては残念なことに』


 ましろはスマホのライトを消し、スマホをマドラーに持ち替え、スペルカードで明かりを灯す。


「コレ、ちょっと持っててくれないかい?今甘味補給するから」

「をい?」


 ましろからずいっとカゴを差し出され、あろうは渋々受け取った。ましろはウエストポーチからバタークッキーを取り出して食べ始める。


「……食べる?」

「……そうした方が貴様が強いのは知ってはいるが、こんな場所で食べるとは場違いにもほどがあるぞ」


 ましろがグイグイと差し出す袋をあろうは手を振って拒否した。


「全く……。貴様のSAN値はどうなっているんだ?」

「ふふふ。ボクのSAN値はどうやらキミよりは高そうだよね」

「やかましいわ!オレの方がSAN値は貴様より高いに決まってる!」

「わからないよー。ボクってば案外何事にも動じないところがある……」


 からね、と続けようとしたところ、ましろは背後に何者かの気配を感じた。


「あはは!?な、何……!?」


 脇腹の辺りがくすぐったい。振り向くと、そこには顔のない、黒い翼めいたものを持つ姿。


黒炎ノワール!!」

「おい、月影!?」


 瞬時に黒い炎が顔の無い悪魔のような個体を焼き払う。


「はー。今のはちょっと心臓にきたな」

「すぐさま焼き払っておきながら何を言うか!」


 ましろとあろうは囲まれている。痩せこけた、黒く冷たくぬらついた黒い身体。ゴムのような腕らしきもの。湾曲した角と針のような突起がある尻尾。蝙蝠のような翼を持つものに。


「キィ……」


 シャンシャンがカゴの中でガタガタと震えて怯えていた。


「シャンタク鳥が怯えている……。ということはコイツら、ナイトゴーントか!」

「ナイトゴーント?」

「夜鬼だ!隠れることや音もなく相手に近づくことを得意としている!気を付けろ、武器を奪われて優位になられるな!」

「ボクの武器はマドラーだから大丈夫だよ。あ、でもお気に入りだから取らないでね!」

「ああそうだったな!いらぬ心配だったな!」


 あろうは怒鳴りながら武器のロングソードを奪おうとしてくるナイトゴーントを1体遇らう。


「ちっ!貴様、余裕があるならカゴを持て!」

「はいはい」


 ましろがシャンシャンの入ったカゴを持つと、鴉はロングソードを正面に構えた。


「ダークバレット!」


 無数の闇の弾丸があろうを囲むように現れ、複数のナイトゴーントの頭らしき部分を撃ち抜く。


「うーん。それにしても手応えがないね。童話系の物語ソネットの方が強いかも?」

「コイツらはくすぐりと武器を奪って自分のものにするぐらいしか、能力が殆どないからな。シャンタク鳥よりも弱いらしいが、何故かシャンタク鳥はコイツらに怯えるという」

「ナイトゴーントの狙いはボクたちじゃなくてシャンシャンなのかな」

「さぁな。だが、ここは領域展開内ではなく、現実リアルだ。弱くとも1匹残らず倒さねば後々厄介なことになるぞ」


 倒されたナイトゴーントの粒子を互いのラプスが口を開けて回収していく。

 ナイトゴーントの出てくるゲートを探すべく、ましろたちは今の階を後にした。


廃墟ビルの最上階。月明かりが差し込むビル中に、佇む人影が2つ。


「うう……」

「おやおや。もう終わりかい?聖女なんていなくても、ゲートくらい開けるって言ったから手を貸したのに」

「そこまでだ!這い寄る混沌!」


 猫琉羅斗の前に蹲っている、フードにローブ姿のクトゥルフ教団の信者と思わしき人物。あろうはロングソードの切先を猫琉羅斗に向けた。


「ああ……、うわぁっ!!」

「あ、おい待て!!」


 今にも転びそうな勢いで信者は逃げていった。追いかけようにも猫琉羅斗がその場に佇んだままだ。あろうは猫琉羅斗を前に、クトゥルフ知識の少ないましろを置いて二手に分かれるのはマズいと判断した。


「猫琉さん……」

「キィ!キィ!」

「ああ、ましろくん。わざわざシャンタク鳥を届けに来たんだね。すぐに大きくなるから、それまで飼っててもらえないかなぁ。依頼料は弾むよ?」

「嫌な予感がするのでお断りします」

「そうか。残念だよ」


 猫琉羅斗は肩を竦めると、ましろの持っていたカゴを受け取った。


「猫琉さん、さっきの方は?」

「ん?ああ、ただの信者のひとりだよ。別に君たちが割って入らなくても何もするつもりはなかったさ。本当だよ?」

「月影ましろ。そいつは猫琉などでは無い。ニャルラトホテプ。這い寄る混沌と呼ばれる存在だ」

「ニャルラトホテプ……這い寄る混沌?」

「ああ。クトゥルフ神話に登場する神でも、トリックスターと呼ばれるようなヤツだ」

「確かに、さっきゲートがどうのって言ってたっけ」

「さっきの信者は自分がゲートを開けると満身創痍だったから、試しに召喚呪文をひとつ教えただけだよ。ナイトゴーントがわらわらと出てくるのを見て少し発狂してたから、僕が倒してあげたら更に発狂しちゃってさ。困ったものだよ」

「……」


 ニャルラトホテプが戦っている姿を目撃したとなれば、SAN値の減りがただじゃ済まない。あろうは突き付けたロングソードを降ろすか躊躇った。


「剣を下ろした方が賢明な判断だ」


 猫琉羅斗は夜闇鴉よやみあろうに言い放つ。


「くっ……」


 放たれる威圧感。言われるがままに剣を下ろしたあろうを見て、猫琉羅斗はましろに問い掛ける。その顔には笑みが張り付いていた。


「ましろくんは、僕と戦う気があるのかい?」

「仮にボクらが今この場で貴方と戦った場合、勝てますか?」

「うん。勝てると思うよ。一度はね」

「よせ!月影、挑発に乗るな!」

「君は少し黙ってくれ。ましろくんの選択が見たいんだ」

「っ!?」


 猫琉羅斗が言うと同時に、あろうは声が出せなくなっていた。あろうは喉元を押さえる。


「……」


 一度は、という言葉に引っかかりを感じ、ましろは手にしていたマドラーをポケットにしまう。

 その様子を見て、猫琉羅斗は再び笑みを浮かべる。


「うん。僕はまだまだ君たち人間で遊びたいから、賢明な判断だよ」

「遊びたい……?」

「この世界でスローライフを満喫するのも悪くなかったけど、やっぱり根本にある性には逆らえないものだ。人間が恐怖と隣り合わせであるところを見るとゾクゾクしてね」

「うーん。それは趣味が悪いですよ、猫琉さん」


 ましろにざっくりと言われ、猫琉羅斗はキョトンとした表情になったと思えば、腹を抱えて笑い出した。


「あははっ!君に面と向かってそんなにはっきりと言われるなんて、思いもしなかったよ!」

「あたふためいているこっちからしてみると、いい気分じゃないです」

「ましろくんはゲームマスター寄りの素質があるからねぇ。そんな君がゲームマスターにしてやられるのは他の人間より一段と嫌だろうさ」


 ましろは平常心を貫いていたが、その一言で眉を顰めた。猫琉羅斗は口が裂けそうなくらい笑みを釣り上げる。


「僕のことが嫌いになっただろう?ましろくん?」

「……」

「無反応かい?つまらないなぁ。まぁ、楽しみは次にとっておこうか」


猫琉羅斗がパチンと指を鳴らす。


「っ……!!っおい!さっきから一方的に好き勝手に喋りやがって──」


 ようやく喋れるようになった夜闇鴉よやみあろうが一歩踏み込むと同時に、猫琉羅斗は背を向ける。


「じゃあね。ましろくん。次の仕掛けを楽しみに待っておいてね」


 そのまま猫琉羅斗──這い寄る混沌と呼ばれるニャルラトホテプは闇に包まれて消えた。

 廃墟ビルに残されたましろとあろうを、月明かりが静かに照らす。


「……ニャルラトホテプは炎に弱いという噂がある。貴様の炎で確かに『人間の姿の』ヤツは倒せはすると思うが、ヤツの真の姿を見て、オレたちが発狂せずにいられるかどうかがわからない」


 猫琉羅斗の気配が完全に消えたのを見計らい、あろうはロングソードを鞘に収めた。


「猫琉さん、炎が嫌いなのかなぁ。道理でボクが執着されてるわけだよ。あぁー、ひと段落ついたからお菓子食べよ」


 ウエストポーチの中から個包装のマシュマロを開けて食べるましろを見て、あろうはため息を吐く。


「貴様、あのニャルラトホテプに狙われているとはっきりわかったのに、マイペースだな」

「だって、ボククトゥルフ詳しくないし。そのニャルなんとかってよくわからないから。猫琉さんは気配でなんとなくすごいってわかるだけで」

「……この際少しは読んだらどうだ、クトゥルフ」

「うーん……やめておくよ。読んでどうにかできることじゃないし」

「クトゥルフ知識ほぼゼロで発狂しないほど甘くはないぞ、ニャルラトホテプは」

「だったらボクが発狂せずに証明してみせようかな」

「フン。勝手にしろ。──貴様に付き合うのもここまでだ」


 無口なラプスを連れて、あろうはスタスタと階段の方へ歩き、姿が見えなくなった。


『ましろ、夜闇鴉よやみあろうの忠告も少しは聞くべきだよ』


 それまで無言だったラプスがペタペタと床を歩きながら呟く。


「ううん……。クトゥルフかぁ。あんまり気が進まないなぁ……」

『ましろったら童話もそれで手をつけないし。解説は来夢らいむに頼りっきりだよね』

「うん!」

『そこは元気に返すところじゃないよね!』




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