第7話 座る位置
マイケルが来たのは、夕方だった。
インターホンが鳴り、兄が立ち上がる。
私はキッチンで、包丁を置いた。
「はーい」
ドアが開く音のあと、明るい声が響く。
「ハロー!」
今日は白いTシャツだった。
胸の中央に、星のマーク。
私はキッチンから顔を出し、軽く会釈する。
「こんにちは」
「ユリ!」
名前を呼ばれ、距離を詰められる。
一歩下がろうとした、その前に。
「マイケル」
兄が声をかけた。
「こっち、座れ」
ソファの、自分の隣を指す。
一瞬、空気が止まる。
マイケルは兄を見て、それから私を見た。
少しだけ首を傾げてから、笑う。
「オーケー!」
何の迷いもなかった。
兄の隣に腰を下ろす。
私との距離は、自然と離れた。
――守ってる。
そう思った。
兄は、私とマイケルの間に、
自分の体を入れた。
マイケルは気にしていない。
どこに座っても、楽しそうだ。
「ユリ、今日なにしてた?」
ソファ越しに声が飛ぶ。
「大学」
「グレイトゥー!」
意味はよくわからないけれど、
肯定しているのだと思う。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
綾部だった。
「お邪魔します」
部屋に入ってきて、
マイケルを見て、一瞬だけ瞬きをする。
「……こんにちは」
「ハロー!」
マイケルは手を振った。
「この前の、ユリの後輩だよね」
覚えている。
その言い方だった。
「はい」
綾部は短く答え、
私の隣に座った。
距離は近い。
でも、体が少し硬い。
綾部の視線が、落ち着かない。
私。
兄。
兄の隣のマイケル。
その順に、何度も動く。
――やっぱり。
私は、そう思ってしまう。
兄が好き。
でも、兄の隣には、今、マイケルがいる。
二人きりになれない。
だから、不安になる。
兄は、会話を切らさないようにしている。
マイケルの話題を拾い、
私に話を振らせない。
それも、守るため。
マイケルは、そんな空気に気づかず、
忍者の話を始めた。
「ニンジャ、いるよね?」
「……いないよ」
「サムライは?」
「歴史の中には」
「オー! グレイトゥー!」
会話は噛み合っていない。
でも、場は明るい。
その明るさが、
綾部を余計に追い詰めているように見えた。
綾部が、私の袖をそっと引く。
「先輩」
「なに?」
「……いえ」
言葉を飲み込む。
目が、少し潤んでいる。
私は、その理由を、
もう知っているつもりだった。
兄の隣に、
別の人が座っているから。
だから、私は何もしなかった。




