第6話 考えない癖
私が距離を取るようになったのは、意識的だった。
大学の帰り道。
以前なら自然に並んで歩いていたのに、私は半歩だけ前に出る。
綾部は、その変化にすぐ気づいた。
「先輩」
呼ばれる回数が増える。
「なに?」
振り返ると、綾部は何か言いたそうに口を開いて、閉じた。
「……今日、家、誰か来ますか」
「来ないと思う」
そう答えると、綾部の肩が少しだけ落ちた。
その反応を見て、胸の奥がざわつく。
――やっぱり。
私はそう思おうとした。
でも、足が止まる。
おかしい。
兄が好きなら、
マイケルが家にいようがいまいが、
綾部には関係ないはずだ。
兄と二人きりになれないから?
それだけで、こんな顔をするだろうか。
「先輩?」
綾部が不安そうに私を見る。
その視線を受けた瞬間、
私は思考を切った。
考えない。
理由は、はっきりしている。
高校のとき。
放課後の教室で、手をつないだ。
初めて付き合った女の子だった。
私の方が、先に好きになった。
楽しかった。
一緒に帰って、メッセージをして、
それだけで十分だった。
でも、ある日知った。
彼女が本当に好きだったのは、兄だったこと。
告白して、断られて。
そのあとで、私に来た。
「似てるから」
そう言われたわけじゃない。
でも、全部つながった。
私は、代わりだった。
その記憶が、今も残っている。
だから、私は結論を急ぐ。
綾部は、兄。
私は、似ているだけ。
同じことを、もう一度繰り返したくない。
「先輩、最近」
綾部が、勇気を出したように言う。
「避けてます?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「そんなことないよ」
即答だった。
「ちょっと、忙しいだけ」
嘘ではない。
でも、本当でもない。
綾部は納得していない顔をしたが、それ以上言わなかった。
別れ際、彼女は振り返る。
「……先輩」
「なに?」
「一緒に帰れる日、また教えてください」
その声が、少し震えていた。
私はうなずいた。
「うん」
約束をしたつもりはなかった。
ただ、その場を終わらせただけだ。
家に帰ると、兄がリビングにいた。
「おかえり」
「ただいま」
それだけの会話。
私は自分の部屋に入り、ベッドに座る。
――同じことには、ならない。
そう言い聞かせる。
誰かを好きになるたびに、
自分が代わりになるなら。
最初から、近づかない方がいい。
私はスマホを伏せ、
天井を見上げた。
考えない癖は、
昔から、私を守ってくれている。
その代わりに、
大事なものを、見えなくしていることには、
まだ気づいていなかった。




