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第5話 守るつもりで


 兄が、はっきり言葉にしたのは、その日の夜だった。


 夕食を終えて、食器を洗っているとき。

 水の音に混じって、兄の足音が近づく。


「百合」


「なに?」


 振り返らずに返事をする。

 兄は、少し間を置いてから言った。


「最近、あの人、来すぎじゃないか」


 あの人。

 説明はいらない。


「マイケル?」


「ああ」


 兄の声は低かった。

 感情を抑えた声だと、長年一緒にいてわかる。


「外人さんって、ああいう感じでしょ」


 私はそう答えた。

 自分でも、同じ言葉を何度使ったかわからない。


「距離近いし」


 兄は続ける。


「百合に」


 その一言で、手が止まった。


「……そう?」


 蛇口を閉め、タオルで手を拭く。


「俺には、そこまでじゃない」


 兄は私を見ていた。


「話しかけるのも、

 百合の方が多い」


 胸の奥が、少しざわつく。


「それ、たまたまでしょ」


「そうか?」


 兄は首を傾げた。


「いつも、百合の近くにいる」


 思い返す。

 キッチンに立っているとき。

 リビングで座る位置。


 確かに、距離は近い。


「百合、ああいうの、得意じゃないだろ」


 兄は、静かに言った。


 私は何も言えなかった。


 得意ではない。

 それは事実だ。


「無理しなくていい」


 兄は、はっきり言った。


「相手しなくていいから」


 守るつもりなのだと、すぐにわかった。


 家族として。

 兄として。


「……わかってる」


 私はそう答えたが、

 胸の奥が重くなる。


 その言葉は、

 私が気づかないふりをしていたことを、

 言い当てている気がした。


 部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。


 マイケルの顔が浮かぶ。

 近い距離。

 屈託のない笑顔。


 ――やっぱり。


 兄の言葉で、考えが固まる。


 マイケルは、私に向いている。

 だから、兄は警戒した。


 そして。


 スマホを手に取り、綾部とのやり取りを思い出す。


《今日は来てないよ》


 あの短い返事のあと。

 綾部の不安そうな文面。


 ――綾部は、兄さん。


 私はそう整理する。


 マイケルは私。

 綾部は兄。


 そう考えると、

 全部がきれいに並ぶ。


 私は立ち上がり、

 クローゼットの前に立った。


 ――距離を、取らなきゃ。


 誰も傷つけないために。

 そう思いながら。


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