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第2話 引っ越してきた隣人



 帰宅したのは、夕方だった。


 綾部と駅で別れ、私は一人で家までの道を歩く。春先の空気はまだ冷たく、コートの前を軽く押さえた。角を曲がると、見慣れないトラックが止まっているのが見える。


 引っ越し業者の車だった。


「あ」


 声が出た。

 私の家の隣。ずっと空いていた家の前に、段ボールが積まれている。


 家の前では、金髪の男性が業者と話していた。背が高い。体格もいい。派手な色のTシャツを着ているせいか、やけに目立つ。


 外国の人だ。


 私は反射的に視線を逸らし、鍵を取り出した。

 他人の引っ越しをじろじろ見る趣味はない。


「エクスキューズミー!」


 日本語ではなかった。

 でも、はっきり私に向けられた声だった。


 立ち止まり、振り返る。


 金髪の男性が、こちらに手を振っている。

 距離は三メートルほど。


「はい?」


 そう答えると、彼はにこっと笑った。


「ネイバー!」


 意味はわかった。

 隣人、ということだろう。


「今日、引っ越してきました!」


 片言の日本語だったが、十分通じる。


「あ、そうなんですね」


 私は軽く頭を下げた。


「沢田百合です」


 名前を名乗ると、彼は胸を張る。


「マイケル・ワンダーフォーゲル!」


 やけに元気だ。

 そのテンションに、少し気圧される。


「よろしく!」


「こちらこそ」


 そう返したところで、玄関のドアが開く音がした。


「百合?」


 兄だ。


 健治が、家の中から顔を出す。

 長い髪が、今日も耳を隠している。


 マイケルと名乗った男性が、その瞬間、目を見開いた。


「……!」


 声にならない声。

 そして、勢いよくこちらへ近づいてくる。


「ツイン!?」


 私は思わず、兄を見る。

 兄も、少し驚いた顔をしていた。


「双子?」


 そう聞かれて、私はうなずく。


「はい。兄です」


「オー……!」


 マイケルは、二人を交互に見比べる。

 距離が近い。


 兄は一歩だけ下がった。

 無意識だと思う。


「すごい! そっくり!」


 そう言いながらも、マイケルは私より兄を見る時間が長い気がした。

 私は、そのことを一瞬だけ気に留める。


「引っ越しの挨拶、行く!」


 マイケルはそう言って、段ボール箱を一つ持ち上げた。


「これ、ギフト!」


「いえ、そんな……」


 断る前に、兄が出てきて受け取ってしまう。


「ありがとうございます」


 兄の声は低く、落ち着いている。

 マイケルは、兄の顔をじっと見てから、満足そうに笑った。


「グレイトゥー!」


 意味はわからないが、喜んでいるらしい。


 私はその様子を横で見ながら、少しだけ考えた。


 ――この人、距離が近い。


 嫌な感じではない。

 でも、日本人の感覚とは少し違う。


「これから、よろしく!」


 そう言って、マイケルは手を振った。


 業者に呼ばれ、彼はそちらへ戻っていく。


 家に入ると、兄がドアを閉めた。


「……すごい人だな」


「うん」


 私は靴を脱ぎながら答える。


「でも、悪い人じゃなさそう」


「そうだな」


 兄はそう言って、受け取った箱を見る。

 表情は、いつも通りだった。

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