第1話 似ている背中
兄と並んで歩いていると、時々、自分がどちらなのかわからなくなる。
朝の駅前。改札へ向かう人の流れの中で、私は兄――沢田健治の半歩後ろを歩いていた。背丈は同じ。肩の位置も、歩幅も、ほとんど変わらない。違うのは、私には胸があって、兄にはないという、それだけだ。
後ろから見れば、区別はつかないだろう。
私はそう思いながら、兄の背中を見ていた。
健治は、今日も髪が長い。耳にかかるくらいまで伸ばした髪が、首元で揺れている。本人は気にしていないふりをしているけれど、あれは完全に計算だ。耳を隠すため。福耳を見られたくないという理由で、もう何年も切っていない。
「百合」
兄が振り返る。
私は立ち止まり、目を合わせた。
「今日は遅くなる?」
「うん。ゼミ」
「そっか」
それだけ言って、兄はまた前を向く。
会話はいつも短い。兄妹だから、説明は要らない。
改札の前で別れ、私は反対方向のホームへ向かった。
その途中で、後ろから声をかけられる。
「沢田先輩」
振り返ると、綾部貴子が立っていた。私の一つ下の後輩だ。肩より少し下まで伸びた黒髪を、今日は一つにまとめている。
「おはよう」
「おはようございます」
彼女は一瞬、私の後ろを見た。
「……今の、健治さんですか?」
「そう」
「やっぱり似てますね」
そう言って、少し笑う。
その笑い方が、私は好きだ。
「後ろ姿は特に」
事実だ。
兄と私は、昔から間違えられてきた。
電車が来るまでの短い時間、綾部は私の横に立つ。距離は、腕一つ分。近すぎず、遠すぎない。
「先輩」
「なに?」
「今日、空いてますか?」
少しだけ、声が小さくなる。
私はそれに気づいた。
「夕方なら」
「じゃあ……一緒に帰れますか」
私はうなずいた。
「いいよ」
その瞬間、綾部の表情が柔らぐ。
それを見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。
――こういうところが、かわいい。
私はそう思っている。
それ以上でも、それ以下でもない。
電車がホームに入ってくる。
風で、私の髪が揺れた。
その向こうで、兄の後ろ姿が、もう一度だけ目に入る。
よく似た背中。
でも、私とは違う人生を歩いている背中。
私は、自分の足元を見た。
今日も、変わらない一日が始まる。
そう思っていた、この時点では。




