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エモピース

作者: 古数母守

 その日は朝からトラブル続きだった。最終テストで出荷間近の製品の不具合が発覚し、設計者との調整に予想外の時間がかかってしまった。そのことが影響して、準備も十分にできないまま顧客との打ち合わせに臨むことになってしまった。

「三か月前倒ししてもらえませんか?」

「ノイズがひどい環境でもちゃんと動くようにしてください」

顧客の要求はエスカレートするばかりだった。今さらそんな仕様を盛り込むなんてできない。ましてや日程を縮めることなんてできない。その件については昨晩遅くまで設計と協議してようやく決まったことだった。

「これでは話にならない」

相手は苛立ちながら言った。

「もう無理ですよ!これ以上、あなたの理不尽な要求には付き合えません」

つい、声を荒げてしまった。会議室が沈黙に包まれた。顧客は唖然とした様子で私を見ていた。


 あの時の失敗がいつまでも脳裏から離れなかった。自分のやらかしてしまった事の重大さに落ち込む日々が続いた。感情をうまくコントロールできなかった自分の未熟さを責め立てても、何かが変わる訳ではなかった。そんな後悔の日々が続いていた。

「エモピース?」

気分が落ち込んでしまってどうしようもなくなり、診療所で診てもらっていた。その時、感情をコントロールできるエモピースという薬を紹介してもらった。イライラした時、これである程度は感情を抑制することができるらしい。

「あまり使い過ぎないでくださいね」

処方してくれた医者は言った。


「もう少し、勉強してもらえませんか?」

相手は何が何でも値引きをさせるつもりだった。同じ言葉をもう三度も繰り返していた。同行したスタッフも困惑していた。私は粘り強く交渉を続けた。

「わかりました。今回はこれで合意しましょう」

ようやく相手は引き下がった。何とか物別れにならずに交渉を終えることができた。

「川村さんもよく耐えられますね」

打ち合わせの後、あきれた様子のスタッフに声を掛けられた。私にしても不毛な議論を続けるのは嫌だったが、相手を怒らせても仕方がなかった。毎日エモピースを服用しているせいか、気分は落ち着いていた。その時のことがあってから、少しずつ私に対する評価が上向いて来た。

「あの人は何があっても沈着冷静だ」

そんな評判が立った。それから徐々に重要な案件を任されるようになった。その都度、エモピースを飲んで対処した。もうどんなことがあっても感情を剥き出しにしてはいけない。そう思っていた。


「なんだか機械を相手にしているみたい。あなたは私と一緒にいても、全然楽しそうにしていない」

しばらくして彼女に振られた。別に楽しくなかった訳ではない。エモピースの影響で喜びを表情に出すことがなくなっていたのだろう。そして私は彼女を失った悲しみに打ちひしがれていたが、すぐにまた重大な仕事を任された。

「悲しんでいる場合ではない」

そう思って、悲しみを打ち消すために、またエモピースを飲んだ。

 やがて職場でも、あの人と一緒に仕事をしていても楽しくないと言われるようになった。顧客からも何を考えているのかわからないといって段々敬遠されるようになった。感情は共感や相互理解に必要なものということがようやくわかって来たが、薬を服用しすぎたせいで身体がバランスを失っていた。

「しばらく治療が必要です」

医者にそう言われた。今度は感情を増幅するエモブーストという薬を処方された。


「布団が吹っ飛んだ」

それから私は職場でオヤジギャグを連発するようになった。どういう反応をしたら良いのか周囲の人たちは困惑しているようだった。

「画びょうが刺さって、ガビョーン」

あの人、あんなキャラだったっけ? まだ言っているよという感じで同僚たちは遠巻きに私を見ていた。


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