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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第2章 父の夢を継ぐ者
9/21

第9話 嵐の日本ダービー

 二人の中年の男が、馬主エリアにある、巨大なウインドウ越しに、並んでコーヒーを飲みながら、雨の競馬場の芝を眺めていた。


「やはり、日本ダービーの雰囲気はいいものだな」

「ええ」

 かつては、圭介を散々馬鹿にしてきた、圭介の隣に立つ男の名は、山寺久志。

 初めて二人が出会った、20年前は完全に「差」が開いていたが、今やどちらも名のある馬主として、それぞれ戦っている。


 山寺久志は、すでに60歳を越えており、さすがにかつてのような「他人を見下す」ような態度は取らなくなっていた。


 ただ、天気は下り坂だった。

 台風2号の影響で、天候は雨。強い雨が降り続く、東京競馬場では、無数の傘の花が咲いていた。


「皐月賞には間に合わなかったが、ダービーには何とか間に合った。いい勝負を期待している」

「はい」

 そう告げて、背広を着た山寺は、己の座席へと戻って行った。


 2020年5月31日(日) 東京競馬場 11R 日本ダービー(GⅠ)(芝・左・2400m)、天気:雨、馬場:不良


 皐月賞を制した、エルドールは、単勝3.0倍の1番人気に推されており、3枠5番と枠順も良かった。

 一方、山寺久志の持ち馬である、オリファントという馬は、クラシックを目指していたが、トライアルで勝ちきれず、皐月賞後の日本ダービートライアルレース、青葉賞(GⅡ)で1着。日本ダービーに参戦してきた。

 ただし、単勝24.4倍の10番人気と、前評判は高くなかった。

 1枠1番の最内枠さいうちわくを引き当てていた。


「オーナーくん。来たよ」

 相変わらず、神出鬼没で、自ら投資家をしているとは思えないくらい、軽快なフットワークを生かして、やって来たのは、坂本美雪。

 ちなみに、実は彼女もささやかながらも馬主として活躍しているから、もちろん、この馬主エリアに入れる権限は持っている。


「美雪さん」

 今回も、圭介は長女の明日香と、厩務員の相馬美織を連れて、東京競馬場に来ていた。


「こんにちは」

 明日香が挨拶をすると、彼女は微笑んで、


「明日香ちゃん、相変わらず可愛いね」

 などと軽口を叩きながらも、競馬新聞に目を通していた。


「予想は?」

「まあ、言うまでもないと思うけど、やっぱエルドールは強いと思うよ」

 圭介の言に、即座に彼女は返答してきた。


「対抗は?」

「オリファントかな」

 これには、圭介も、美織も、そして明日香も意外そうに彼女の顔を見返していた。


「えっ。でも、言っちゃなんですが、10番人気ですよ。確かにデビューから2戦までは勝ってますが、それから重賞3連敗ですよね?」

「そんなのエルドールも同じじゃない」

 そう言われて、圭介は今さらながらも、自らの所有馬の成績を思い出していた。


(確かに)

 圭介が思い返してみると、確かにエルドールもまた、デビュー戦後に、重賞を3連敗していた。しかもデビュー2戦目の芙蓉ステークスも2着だったので、ある意味、オリファントよりも成績が悪いとも言える。


「雨の影響はどうですか?」

「まあ、この馬に関しては大丈夫じゃないかな」

 今度は、美織が尋ねるが、坂本美雪は明るく笑って、告げていた。


 派手なファンファーレ。そして、大勢の歓声と拍手。

 激しい雨が降る中で行われる、日本ダービー。

 これは3年前に産まれ、クラシックを戦う資格を得た、サラブレッドたち、約7500頭の頂点を決める決戦でもある。


「日本ダービー、体勢整って、スタートしました」

 実況アナウンサーのお決まりの言葉で始まったレース。


 エルドールは、良いスタートを決めると、恐らく作戦だったのだろう。道中は中団から、やや後ろにつけて折り合いに専念していた。

 レースは、逃げ馬が2番手に4馬身以上も突き放す展開になっていた。


 動いたのは、第3コーナー。大外に持ち出そうとするも内側にささったため、結果的に、馬群の真後ろのポジションで最後の直線を迎えることになった。


 最後の直線の入口で外から被せてきた馬と、エルドールは馬体が接触し鞍上の岩永が少しバランスを崩していた。


「残り400。そして、一気に来た、オリファント!」

 実況の声が興奮気味に上がる中、外から持ち出してきたのは、山寺の所有馬、10番人気のオリファントだった。


 ところが、馬群の後ろにいた1頭の栗毛の馬が、わずかな隙間を見逃さず一気に末脚を発揮し、文字通りに「突き抜けて」きた。エルドールだ。


「さあ、内に潜り込んでエルドールだ!」


「エルドールだ。エルドール、1馬身半のリード! エルドール、ゴールイン。2着はオリファント!」


 大雨の中、大歓声が上がる東京競馬場。2着のオリファントの追撃を振り切って、エルドールは、約1馬身4分の3差をつけて優勝を飾った。


 驚くべきことに、3着にはさらに7馬身差をつけての快勝で、この極悪馬場という試練をも乗り越えクラシック二冠目を制していた。


「よし!」

 圭介が声を上げ、


「やった! エルドール!」

「おめでとうございます!」

 娘の明日香と相馬美織が喜びの声を上げ、明日香は隣にいた美織とハイタッチを交わしていた。


「やっぱ強いわねえ」

 坂本美雪が感慨深そうに呟いていた。


 結果的には、過去に経験してきた、どんな日本ダービーよりも過酷な馬場状態だったにも関わらず、エルドールは、圭介の予想以上の活躍を見せ、無事にクラシック二冠を達成。


(これは、行けるかも)

 と、馬主の圭介に期待を持たせることとなった。


 何よりも、父と違い、「暴れ馬」の部分がある、エルドールだが、体は丈夫だった。

 レース後の口取り式に参加した圭介は、騎手の岩永祐二と会話を交わす。


「おめでとうございます」

 と祝意を伝える圭介に、まだ30代前半の、若い岩永は笑顔を見せた。

「ありがとうございます」

 そして、彼は馬主である圭介に告げるのだった。


「僕にはずっとエルドールに乗ってきた強みがあります。テン乗りにだけは負けたくなかったです」

 と。


 テン乗り、とは「その馬に騎手が初めて騎乗する」ことを指す。

 通常、同じ騎手がずっと同じ馬に乗り続けるケースは少ないが、岩永騎手はエルドールのデビュー以来、ずっとこの馬に乗り続けていたのだ。


 思えば、デビュー戦からエルドールに振り落とされていた。


「ありがとうございます。菊花賞、期待しています」

 自分よりも若い騎手、岩永に圭介は大いに期待をしていた。


「はい。がんばります」

 岩永は、爽やかに思えるような、笑顔を振りまいて答えるのだった。


 こうして、「嵐の日本ダービー」をエルドールは無事、制して、親子二代に渡る、クラシック二冠を達成。

 残すは、最後の一冠、秋の菊花賞だけとなった。

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