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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第2章 父の夢を継ぐ者
8/12

第8話 折り合い

 ファイアフライが産まれたのと前後するが。


 期待の新人ならぬ期待の新馬、そしてミヤムラシンゲキオーの「夢」を引き継ぐはずの、エルドールが。


 全然勝てていなかった。


 昨年のデビュー以降、オープンの芙蓉ふようステークスでは惜しくも2着だったが、その次の、初の重賞挑戦、京王杯2歳ステークス(GⅡ)では、スタート前のゲート内でいななき、スタートが遅れ、結果的には10着と惨敗。


 年明け後の2020年、シンザン記念(GⅢ)では、2着。きさらぎ賞(GⅢ)では、3着。

 どうにも勝ちきれずにいた。


 というよりも、このままだと、

「クラシック戦線がヤバい」

 オーナーの圭介はもちろん、気づいていたが、賞金不足で、クラシック参戦どころではなかった。


 もちろん、彼を預けた、栗東の沢城厩舎でもそのことはわかっており、まずは「幼い」ところがある本馬に「折り合い」をつけさせることを学習させることになった。


 能力はあると思われていたが、それでも2歳や3歳の馬は、人間で言えば、中学生や高校生くらいなのだ。


 まだまだ精神的に幼い。


 そこで、陣営はエルドールに「競馬を教える」ことを徹底し、特に騎手との折り合いを学ばせた。


 そして、迎えた、皐月賞トライアルと言っていい、スプリングステークス(GⅢ)。


 圭介たちは、テレビで観戦したが。


「外から追い込んでくるのは、エルドールだ。エルドール、ゴールイン!」

 見事に1着で、重賞初制覇を達成。


 そのまま、クラシック戦線の第一弾、皐月賞へと挑むことになった。


 2020年4月19日(日) 中山競馬場 11R 皐月賞(GⅠ)(芝・右・2000m)、天気:晴れ、馬場:良


 さすがに、圭介たちは応援に駆け付けた。


 今回は、圭介以外に、相馬美織、そして長女の明日香を連れて行った。


 美織は、もちろんこの愛らしい明日香のことが好ましく思っていたため、彼女に娘の世話全般を任せ、ホテルも同室にした。

 それだけ圭介は、美織のことを信頼していた証でもあった。


 そして、この中山競馬場で、彼は懐かしい顔に遭遇する。


「久しぶりね、馬主さん」

 そう言って、関係者専用の座席からひょっこり顔を出したのは、緒方マリヤ。本名「緒方茉莉也(まりや)」。

 かつての「競馬アイドル」だった。


 もちろん、この年、34歳を迎える彼女は、とっくにアイドルではなく、現在は、競馬評論家としてテレビやインターネットで活躍する一方、アイドル時代に稼いだ金で、なんと馬主にもなっていた。だからこそこの馬主エリアに彼女は堂々と入っていたのだが。

 34歳とは思えない美貌を保ちながらも、彼女はまだ独身だった。


「お前も馬主だろ、緒方」

 圭介は呆れたように挨拶をするが、彼女は変わらぬ美貌を誇りながらも、かつてよりも性格が丸くなっていた。


「いやいや、私は馬主と言っても、ほとんど趣味レベルだからね。うちには全然、強い馬なんていないよ」

 事実、彼女が所有する馬は、そもそも今回のクラシックには参戦すらしていなかった。


「まあ、いいや。それで、今日は何でここに?」

「ああ、私? ただの応援」


「応援?」

「そう。あんたのところの、エルドールをね」


「それは光栄なことだが、どういう風の吹き回しだ?」

 圭介が怪訝けげんな表情を見せるが、彼女、緒方マリヤはあっけらかんとしていた。


「どうもこうもない。エルドールはいい馬だよ。ちょっと気性が荒いのが心配だけどね」

 そう言って、彼女は笑顔を見せた。


「あ、ありがとうございます」

 礼儀正しく、小さな頭をちょこんと下げる、小さな娘を見て、彼女は、


「あら、明日香ちゃん。大きくなったわね」

 そう微笑んでみせた。

 実は小さい頃に、明日香は緒方と会っているが、実際に会うのは久しぶりだったからだ。


 そして、パドックの様子を見たり、馬券を買いに行ったりしてから、再び馬主エリアに戻ってきた彼ら。


 圭介は内心、やはり不安だった。

 それは、エルドールが、戦績から判断されて、単勝10.8倍の4番人気だったからだ。外枠の6枠12番。外枠というのが、余計に彼の不安を掻き立てていた。

 1番人気は、同じく皐月賞トライアルの前哨戦、弥生賞を制した馬で、単勝2.5倍。2枠4番に入る。


 しかし、緒方マリヤ、相馬美織、そして子安明日香の3人は、いずれも圭介とは考えが違っていた。


 ファンファーレが鳴り、歓声が響く中山競馬場。


 そして、レースが始まる。


 エルドールは、不利とされる外枠を上手く克服し、道中では中団より、やや後方で折り合い良く待機。そして、最後の直線では馬群を割って先頭に立っていた。


「さあ、間から一気に突き抜けるか、エルドール」

 実況アナウンサーの声と、歓声が重なる最後の直線。


「200を切って、1馬身半のリード」

 中山競馬場に轟く、10万人超の大歓声を浴びて、「黄金の馬」が駆ける。


「圧勝、エルドール、ゴールイン!」

 結果的に終わってみれば、2着に3馬身も差をつけて圧勝していた。


「やった!」

「おめでとう!」

「おめでとうございます」

 口々に声を上げ、圭介に対して、祝いの言葉を並べる彼女たち。


 見事に一冠目を制した、エルドール。


 しかし、次の日本ダービーでは、「嵐」が待っているのだった。

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