エピローグ 夢を乗せて
再び時は流れる。
令和12年(2030年)、3月。
長女の明日香は、高校を卒業後すぐに子安ファームで厩務員として働き始めた。彼女はやがて牧場長、そしてその後は圭介の跡を継いで、オーナーブリーダーに本気でなろうとしていた。
一方、三女の麻里は高校入学と同時に、芸能事務所に所属、本格的にアイドルとしてデビューしていた。しかも、珍しい競馬好きアイドルとして、ネットを中心に人気が拡大しつつあった。
そして、次女の麗衣は。
2030年3月10日(土) 中山 5R サラ系3歳未勝利(芝・右・2000m)、天気:晴れ、馬場:良
圭介と美里の姿が、中山競馬場にあった。
この日、行われるレースに、彼女が初めて中央競馬の舞台にデビューする。
通常、例年3月1日付けで、新規騎手免許の交付が行われ、麗衣は3年間の厳しい騎手養成学校の訓練を終え、無事に騎手免許を取得したのだ。
そして、この日、子安ファーム所属の、ツインテールという名の牝の3歳にまたがってデビューする。
去年の暮れに新馬戦が行われ、勝てずにこれが未勝利戦の3回目の挑戦になった。
ただ、美里は、
「落馬なんかして怪我しなければいいけど」
母親らしい心配をしていた。
「大丈夫だろ。麗衣はしっかりしてるし、運動神経もいい」
圭介は特に心配はしていなかった。
むしろ、彼の関心は別のところにあった。
(せっかくだから、ツインテールを勝たせて欲しい)
実は、ここのところ、子安ファームでは、いわゆる「重賞」を勝てそうな馬が全然出てきておらず、成績が低迷していた。
そんな中、久しぶりに期待が持てそうな馬が、このツインテールで、預けている調教師からも当初は太鼓判を押されていた。その割にはまだ未勝利だったから、内心、やきもきしていたのだ。
パドックから返し馬、そしてゲート入り。
青い帽子をかぶった4枠7番に、麗衣の細い体を乗せた、栗毛の馬がゆっくりと入って行く。
(ラッキーセブンだな)
7番という数字に、縁起の良さを感じつつ、圭介は7番に単勝で1万円を賭けていた。
人気は3番人気。悪くはない。
「スタートしました」
ゲートを飛び出す麗衣とツインテール。
しかも、これが彼女にとっては初のレース。
緊張しないわけがない。
実際、まだ騎手の技術的には麗衣は未熟だ。
レースでは、逃げ馬の10番がレースを引っ張り、ツインテールは後方から数えた方が早いくらい後ろの方にいた。
4コーナーを回った辺り。
徐々にツインテールが前方に進出。
そして、
「外からツインテールが上がって行く」
実況の声に応じるように、麗衣が鞭を使っていた。
そのままレースは最終盤に差し掛かる。
最後の直線。中山の直線は短く、急坂があるにも関わらず、ツインテールは末脚を発揮して、一気に外からハナを奪っていた。
「交わして、ゴールイン! 1着はツインテール」
未勝利戦ながらも、見事な勝利で、騎手デビューを飾っていた。
「良かった」
と、安堵の表情を浮かべる美里。
対して、圭介は、
「期待の新人、見事なデビューだ」
身贔屓ながらも、娘の活躍に頬を緩めていた。
レース後に、彼女はインタビューを受けており、それが映像として後に動画で流れていた。
緊張した面持ちの19歳の彼女は、
「初騎乗、初勝利おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「今の喜びをどなたに伝えたいですか?」
と、インタビュアーから問われ、カメラ目線で、
「応援してくれた、父と母に。これからいっぱい勝ちます」
力強く宣言していた。
子安ファーム期待の新人、子安麗衣。子安ファームの期待と夢を背負って、堂々とデビュー、勝利していた。
ツインテールの伝説が今、ここから始まる。
(完)




