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第49話 王者の引退

 2028年、冬。

 長女の明日香が19歳で厩務員、次女の麗衣が17歳で騎手養成学校生、三女の麻里が15歳で中学生ながらもアイドルを控えている状態。


 子安ファームにとって、この時期、中央で期待が出来る馬がほとんどいなかった代わりに、地方で光輝く存在がまだ戦っていた。


 ミヤムラプリンス。

 岩手競馬を席巻した彼は、2年前の11連勝でストップした後、さらに8連勝を飾り、この年、夏から秋にかけて2着、1着、3着という成績で、その日を迎えた。


 2028年12月31日(日) 水沢 12R 桐花とうか賞(MⅠ)(ダート・右・2000m)、天気:晴れ、馬場:良


 これが、彼にとってのラストランになるため、圭介は長女の明日香と、三女の麻里を連れて、岩手県の水沢競馬場に向かった。

 次女の麗衣だけは、もちろん騎手養成学校に通っている関係で来られなかった。


 そして、ここには珍しく、坂本美雪の姿があった。

「やっほー。儲かってるかね?」

「美雪さん。地方競馬に来るのは珍しいですね」

 そう、彼女はほとんど日本中を飛び歩いて、競馬を見ているというか、賭けているギャンブラーだが、そのほとんどが中央競馬なので、地方競馬をわざわざ見に来ることは珍しいのだ。


「あ、ちょろっと福島に来る用事があってね。ついでに、せっかくだから『岩手の王者』の引退レースを見たいと思って」

「なるほど」


「それで、美雪さん。ミヤムラプリンスはどうですか?」

 明日香が、元気よく尋ねると、美雪は破顔していた。


「まあ、大丈夫だよ。今日のレースにも、ライバルのモリオカサタンがいるけどね」

「そうですよね。有終の美を飾ってくれますよね」

 相変わらず、明日香は子安ファームの馬には、見立てが甘いところがあると圭介は内心思っていたが、彼自身も、ミヤムラプリンスならやってくれるだろうと信じていた。


 ミヤムラプリンスは、当然のように1番人気、10頭立てのレースで2番。2番人気は、ミヤムラプリンスと数々の激戦を繰り広げてきたライバルとも言える、モリオカサタン。これが10番に入る。


 年末ということで、水沢競馬場には薄っすらと雪が積もっていたが、全国から駆け付けた、主にミヤムラプリンスのファンたちが詰めかけ、この日の入城客数は軽く2万人を超えており、地方競馬場としては異例の熱気を見せていた。


 競馬場の一角では、いつものように、あねっこガールズがポンポンのような物を手にはめて、声援を送っていた。


「おう、今日も元気だな、パリピども」

 圭介が毒づくように告げたため、麻里が、


「もう、お父さん。パリピじゃないから」

 と、飽きれたように声を上げ、明日香にまで、


「せっかく応援してくれてるのに、お父さんのバカ」

 と言われる始末。


 枠入りが順調に行われ、発送となる。

「スタートしました」

 レースは順調に行われ、正面スタンド前に来ると歓声が上がっていた。


 ミヤムラプリンスは、中団に位置し、ライバルのモリオカサタンと並んで追走。

 逃げ馬が引っ張り、一時は先頭と2番手の間が5馬身も開いていた。


 しかし、4コーナー過ぎ。

「先頭を奪った、ミヤムラプリンス。リードを開いた」

 当たり前のように、彼は出てくるといつもの彼の必勝パターンのように、2頭をかわしてハナを奪っていた。


 あっさりと先頭を奪うと、他の馬の追随を許さず、

「ミヤムラプリンス、2馬身開いてゴールイン!」

 見事に先頭でゴールイン。


 満員に近い観客からは、地方競馬場とは思えないくらいの大歓声が轟いていた。ちなみにライバルのモリオカサタンは、珍しく7着に沈んでいた。


 ミヤムラプリンスの騎手は、地方を中心に活躍する、あまり有名ではない騎手だったのだが、それでもラストランが終わると、大勢のファンに挨拶するように、ミヤムラプリンスをスタンド前に走らせ、手を振っていた。


「ミヤムラプリンス、おめでとう!」

「ありがとう!」

「すごかったぞ!」

 その無数の観客から響く大歓声を耳にし、明日香は感極まって、泣きそうになっていたし、麻里はほくほくとした笑顔を見せていた。


 名馬に相応しい「有終の美」を飾り、彼はターフを去った。


 生涯成績、43戦39勝。2着が3回、3着が1回。つまり、「連対を外したのが一度だけ」という、ほぼ完璧な成績。

 おまけに、連続連対記録41という、日本記録を打ち立てていた。


 ミヤムラプリンスは、脚部の不安から、強い調教を施されることなく、戦ってきたが、それでもレースを続けるうちに、彼の不安も和らぎ、後半は比較的強い調教にも耐えられるようになっていたそうだ。


 それでも、怪我という不安がありながらも、この成績を残したのだ。

「良かったね、お父さん」

 涙ぐむような表情の明日香、それに対し、


「それで、ミヤムラプリンスのお陰で儲かったの?」

 麻里は、どこかリアリストで、お金のことを気にしていた。


「ああ。思ったよりはな」

 そう、圭介が答えたのには、もちろん理由があった。


 地方競馬だと当然、賞金額の違いから、中央競馬ほど儲からない。が、ミヤムラプリンスはあまりにも活躍が目立ち、ネットを中心に知名度が全国区になったので、グッズが飛ぶように売れ、その何割かの収益が子安ファームにも入ってきたのだ。


 地方という、マイナーな場所で、しかし彼は「歴史を創った」存在になったのだった。

 これ以降、しばらく子安ファームから、重賞を勝つような馬は現れなかった。

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