第48話 重大な決断
時は流れる。
令和9年(2027年)。
圭介はもちろんまだ馬主、というよりオーナーブリーダーを続けていた。
この年、50歳になる彼は、まだ元気だったが、世代交代が少しずつ始まる。
まず長女の明日香。18歳の高校3年生になり、「将来の進路」を考える年だが、彼女の選択は一択だった。
「オーナーブリーダーになる」
というものだったが、父である圭介は、
「まあ、いきなりは無理だろ。まずは牧場で勉強しろ」
と伝えていた。明日香は、高校卒業後に子安ファームに戻り、厩務員として働く予定だった。
将来的には、牧場長、そしてオーナーブリーダーになりたいらしい。
明日香が結婚して、婿に継いでもらうということも圭介は考えていたらしいが、それを話すと、
「考え方が古い。女だって出来る」
と一蹴されてしまった。
そして、その年の春。
「麗衣。競馬学校は厳しいぞ。それでもがんばれるか?」
次女の麗衣が、関東の千葉県にある、競馬学校に入学することになる。
実は、それでさえかなり狭き門で、応募しても騎手養成学校に入れるわけではないのだが、彼女は鋼の意志で、それをクリアしていた。
それだけに、彼女の決意は固かった。
「愚問だね。3年後、期待してていいよ」
彼女が競馬学校に入って、騎手を目指す原動力になったのは、実は結城家の長男、結城薫の存在が大きく、彼がこの年、実際に競馬学校を卒業して、中央競馬で騎手としてデビューしていた。
麗衣は、薫の存在は関係ない、と否定していたが、圭介は薫の影響が少なからずあると見ていた。
麗衣は、この春から騎手養成学校に入学。
3年間の養成期間を経て、騎手免許を取得し、いずれ中央競馬界に入るだろう。
唯一、進路が決まっていないのは、三女の麻里、14歳。
「いいなあ、姉さんたち」
と、無邪気に笑顔を見せていたが、
「お前は、何かなりたい職業ないのか?」
圭介が尋ねても、
「うーん。別に。騎手になれない以上、どうでもいいかな」
と、親としては非常に心配になる答えしか返ってこなかった。
末っ子で、どこか自由奔放なところがある麻里は、甘え上手で愛され上手なところがあり、抜け目ないところもあった。
ところが、そんな彼女にも転機が訪れる。
翌年の令和10年(2028年)、春。
ふとしたきっかけで、緒方マリヤが子安ファームを訪れた。
その時、彼女は久しぶりに麻里に会ったのだが。
「あら、あなた」
「はい?」
「あのおチビちゃんが大きくなったわね」
かつて、麻里のことをおチビちゃんと呼んでいたマリヤは、その成長に目を見張っていた。
そして、
「将来の夢はある?」
「うーん。別にないかなあ」
「じゃあ、アイドルやってみる?」
「えっ。アイドル?」
「そう。あなた、ちょっと面白いかもしれない。光る物を感じる」
それが緒方マリヤなりのお世辞なのか、それとも元・アイドルの直感なのか、圭介にはわからなかったが、それでも娘である以上、気にはなる。
「麻里。興味あるか?」
「うーん。まだ、よくわからないけど、やってみたいかな」
「そうなのか」
父としては意外だったが、意外なところで後押しが入った。
「いいんじゃない、麻里なら」
妻の美里だった。
「美里」
「この子、人を惹きつけるところがあるからね。もし、本気でやる気があるなら、反対はしないわ。ただし、中途半端な気持ちでやるなら、最初からやめたほうがいい」
彼女は、母親として、ある意味、冷静な目を持っていた。
しばらくの逡巡、微妙な空気が流れるが、麻里は考えた後、答えを出した。
明るい笑顔で、
「じゃ、中学を卒業したらやってみる」
彼女なりに考えてはいたらしい。
とりあえず義務教育の中学まではきちんと勉強して、高校に入る頃に、アイドルとして活動するなら、という考えらしい。
「わかった。じゃあ、来年の春辺りに、私が懇意にしてる芸能事務所に紹介するから」
緒方は緒方で、性格的にさっぱりしてるところがあったから、あっさりと了承していた。
(しかし、まさか娘がアイドルになるとは)
父として、圭介は複雑な気持ちではあった。
何しろ、
(可愛い娘が、大勢のキモオタどもの眼に晒されることになるのか)
と思うと、父親としては複雑な感情になるのだ。
翌年春、麻里は緒方が紹介した芸能事務所に所属し、しっかりアイドルとしてデビューすることになる。




