第46話 岩手の王者
年が明けて令和8年(2026年)になった。
前年を持って、ファイアフライは引退、種牡馬生活に入り、子安ファームに戻ってきた。
その彼に殊の外、期待をかけていたのは、牧場長の結城真尋だった。
彼女曰く。
「この仔は、種牡馬として期待できるよ」
彼女には不思議な相馬眼があり、その彼女の眼からすると、ファイアフライは相当期待が持てるそうだった。
将来、子安ファームを継ぐと息巻いていて、オーナーブリーダーの長沢春子、馬券師の坂本美雪などから教えを受けていた、明日香もまた頷いていた。
一方、ダートではバルクホルンがまだ走っていた。
1月に行われた川崎記念(JpnⅠ)では1着、その後、中央のダート頂上決戦、2月のフェブラリーステークスでは惜しくも3着。
しかし、まだまだ力があることを見せつけていた。
そして、地方では。
デビュー以来の連勝記録を続けていた、ミヤムラプリンスが、昨年11月のレースで2着になり、連勝は18でストップ。
それでもデビュー以来、一度も連体を外していない彼は、もはや全国区で有名な存在になっており、ネットを中心に、大盛り上がりでバズっていた。
その名前から「岩手の王子」と呼ばれ始めており、SNSのトレンドに上がるほどの人気。グッズが売れていた。
2着になった後も、相変わらず連勝を続け、4連勝で迎えた8月、陣営はついに彼を重賞で使うことになる。
2026年8月23日(日) 水沢 12R みちのく大賞典(MⅠ)(ダート・右・2000m)、天気:晴れ、馬場:良
その水沢競馬場に、圭介と明日香、麗衣、麻里の3人娘たちがいた。
パドックで、愛馬を見てから、馬主席に向かうと。
「来たね」
「あ、緒方さん」
明るい声で明日香が応じる。そう、地方馬主の緒方マリヤが待っていた。
「緒方。お前のところの、ハチキュウシキはどうだ?」
「いい感じね」
2年前、そして3年前のみちのく大賞典を制している、ハチキュウシキという馬。緒方マリヤが馬主として所有する馬で、すでに7歳になっていたが、緒方が期待する1頭だった。
対して、もう1頭。
「モリオカサタンが、1番人気だね。ミヤムラプリンスは2番人気」
麻里がネット情報からオッズを確認する。
ここ岩手の戦場において、後にこのミヤムラプリンスのライバルと言われるようになる1頭が、モリオカサタンだった。4歳の牡。馬主は地元、岩手県の女性馬主だったが、圭介とは面識がない。
「初の3強対決だね」
次女の麗衣が感慨深げにレースを見守る。
「フレー! フレー! ミヤムラプリンス!」
観客席から少し離れた特設ステージでは、相変わらず「あねっこガールズ」が声援を送っていた。
このレースは、地方の重賞とはいえ、新旧対決にファンが盛り上がりを見せていた。
かつての王者の復活がかかる、ハチキュウシキ。新たな世代のモリオカサタン、そして連勝街道を進む、ミヤムラプリンス。
「スタートしました」
最初は逃げ馬が引っ張り、レースを展開。
ミヤムラプリンスは中団に位置し、少し前をハチキュウシキ、ミヤムラプリンスをマークするように、彼のすぐ後ろにモリオカサタン。
3コーナー過ぎ。徐々に進出してきたのは、ミヤムラプリンス。つれて上がってきたのはモリオカサタン。
最後の1ハロン。ミヤムラプリンスは末脚を発揮して、一気に突き放す。
「ミヤムラプリンス先頭! つれてモリオカサタン、ハチキュウシキ!」
終わってみれば、
「ミヤムラプリンス、1着!」
しかも掲示板には赤字で「レコード」の文字が躍っていた。
この時、地方競馬場にも関わらず、詰めかけた競馬ファンは約2万人。
その彼らが、大歓声をミヤムラプリンスに送っていた。
「すごいね、お父さん!」
一番喜んでいたのは、三女の麻里だった。
そして、
「3着か。まあ、がんばった方だね」
弱冠、残念そうに自分の馬を見守る緒方マリヤ。
「モリオカサタンは2着か。まさに3強対決になったね」
麗衣もまた、物静かながらも声を上げていた。
「これは種牡馬になって期待できそうだね」
明日香がそう告げて、圭介は一応、頷いていたが、彼は知っていた。
ミヤムラプリンスは脚部に常に不安を抱えており、脚にバンテージをしながらレースをすることが多く、レース後は脚部を冷やすことが多いと調教師から聞いていたのだ。
陣営は、そんな背景から、彼を地方、岩手以外では使いたがらなかったし、故障を恐れて強い調教も避けている節があった。
だからだろう。無事に走り終えることが重要で、それだけで関係者は胸をなでおろすのだと聞いていた。
(無理せず、しかし勝っては欲しい。ジレンマだな)
圭介はそう思っていた。
ところが。
その後も、岩手競馬で彼、ミヤムラプリンスは勝ち続けた。
北上川大賞典、南部杯の重賞を連勝。気が付けば11連勝を記録していた。
ついにあだ名が「岩手の王子」から「岩手の王者」に変わっていた。プリンスからキングへ、彼の連勝街道が続いていた。
岩手の王者の伝説はまだまだ続く。




