第43話 本領発揮?
競馬には物語がある。
それと、同時に馬は生き物であるが故に、人間が予想もしない行動を取ることがある。
かつて「わがまま女王」と揶揄され、子安ファーム関係者から、あだ名で呼ばれていた彼女、ミヤムラスイート。
しかし、何回かのゲート入り騒動を経て、3歳の秋華賞、4歳の宝塚記念とGⅠを2勝もしたのだった。
陣営は、秋のエリザベス女王杯に向けて動き出していた。
昨年も挑んだそのレース、昨年は5着だったため、リベンジを期していた陣営だったが、その前に。
天皇賞(秋)に挑むことになった。距離は2000m。今までGⅠにおいては2000m前後、重賞では1600m前後のレースに勝っているミヤムラスイート。
当然、陣営としては、ここを勝って、ステップアップして、エリザベス女王杯に挑みたかったのだろう。
2025年11月2日(日) 東京11R 天皇賞(秋)(GⅠ)(芝・左・2000m)、天気:晴れ、馬場:良
ミヤムラスイートは、9.0倍の4番人気。1番人気は、同年の宝塚記念でミヤムラスイートと争った、ブラックプリンスで2.2倍の1番人気。
また、同じく宝塚記念にも出ていた、8歳のトラファルガーも出ていたが、14.8倍の6番人気となっていた。
ミヤムラスイートの鞍上は、いつもの岩永騎手が務める。
このレース。
圭介は明日香を連れて行ったが、お供をするのは今回、結城真尋だった。
彼女は、不思議な感覚の持ち主で、
「このレース、面白そうだから行く」
と、突然言い出したのだ。
どうも、妙な直感があるらしく、彼女は直前になって、同行を願い出て、いつものように行く準備を進めていた相馬美織に代わって、ついて来ることになった。
飛行機の機上、その真尋と明日香が興味深い話をしていた。
「明日香ちゃんは、わがまま女王を信じてるみたいだけど、所詮は馬だからね。何が起こるかわからないよ。特にあの仔の場合はね」
「真尋さん。でも、信じてあげて下さい。スイートちゃんは、がんばってるんです」
「がんばってるから、勝てるとは限らない。まあ、今回、なんか嫌な予感がするんだよね」
真尋のことを、改めて、不思議な感覚を持つ人物だと、圭介は思い直していた。
東京競馬場・芝2000mは、1コーナー奥のポケットからスタートし、2コーナーまでの距離はおよそ130m。多頭数の外枠は不利となると言われている。
2~3歳戦、下級条件ではスローに流れて先行馬が活躍するシーンもあるものの、クラスが上がると差し馬が台頭。スローに流れても逃げ残りは難しくなってくる。
当該コースで行われる天皇賞(秋)の場合、上がり最速馬が活躍すると言われる。また、連続開催が行われる序盤は馬場状態をキープするためか、芝丈も長く、差しの効く傾向がみられる。瞬発力と地力がより求められてくるコースだ。
そして、東京競馬場の馬主席に久しぶりに足を運んだ3人。
その恐るべき事態は、レース前に起こった。
通常、返し馬と言って、競走馬が本馬場入場後に、ファンへの披露や馬体のウォーミングアップ、騎手による馬の感触確認などを目的として、スタート地点や観客席の前を歩いたり、軽いキャンター(=駆け足)で走ったりする行動を指す。
通常の場合、これはレースの発走時刻の数分前から開始され、そのままゲート入りに向かうのだが。
ここで、観客席からざわめきの声が上がっていた。
「動かない?」
圭介が目を見張って、声を出していた。
そう、ミヤムラスイートは「動かなかった」のだ。
ミヤムラスイートは返し馬が終わって、他の馬が次々にゲートに向かう中、まったく動かなくなってしまったのだ。
その証拠に、彼女は止まった体勢のまま、後ろ脚を何度も地面に叩きつけるようにしていた。それがまるで、「抗議」に思えるくらい、あるいは「いやいや」をする小さな子供に見えるくらい、明らかに嫌がっていた。
「うわぁ。やっぱりやったか」
真尋が頭を抱えるようにして、うめき声に似た声を出していた。
「スイートちゃん、どうしちゃったの?」
明日香は心配そうに見守っていたが、その視線の先にいる彼女は一向に動く気配がないどころか、さっきから何度も後ろ脚を地面に叩きつける抗議行動を行っていた。
あまりにも動かないため、業を煮やした岩永騎手が一度、馬から降りてしまった。
「なんだ、なんだ?」
「大丈夫か、ミヤムラスイートは?」
ざわめき、どよめき、混沌とした声に満ちる場内。
結局、岩永騎手が馬を降りて、小走りにゲートに向かって走り、ミヤムラスイートは厩務員に連れられた上、さらに目隠しまでされてやっとゲート入りを果たす。
そして、本戦に置いては、最後の直線で5番手まで伸びるも、そのまま追いつけずに5着に終わる。
真尋は、
「ゲート入り前の無駄な行動が響いたね。あれで体力を削った」
と言っていたが、明日香は尚もミヤムラスイートを擁護するように、
「でも次のエリザベス女王杯ではきっとやってくれます」
と、言葉を返していた。
「明日香ちゃんは、健気というか、可愛いねえ」
真尋が呆れたように、しかし優し気な目で見つめ、明日香は照れていた。




