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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第8章 覚醒する者たち
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第41話 シャーロットを越えよ

 2025年(令和7年)。


 この年も、子安ファームでは様々なことが起こる。

 まずは学校が春休みの間にそれは起こった。


 2025年3月29日(日) ドバイ・メイダン競馬場 5R ドバイシーマクラシック(GⅠ)(芝・左・2400m)、天気:晴れ、馬場:良


 年末の有馬記念で、まさかの逆転勝利を演出し、一躍将来の種牡馬としての可能性に光が見えた、ファイアフライ。

 そのファイアフライの陣営は大胆にもこの年、海外遠征を敢行した。


 圭介は、せっかくなので、妻と娘3人を連れて、ドバイへ飛んだ。


 今回は、相馬美織は留守番だったが、代わりに現地で落ち合ったのは、いつものようにフランスからやって来た、アニエスだった。


「お久しぶり」

 日本語でかろやかな挨拶をして、笑顔を見せる彼女。圭介も、

「ああ」

 と答えていたが、すぐ傍で妻の美里が睨んでいるようで、気が引けていた。


 そのアニエス。彼女なりに分析してきていた。

「ファイアフライは悪くない出来ね。ただ、ライバルは間違いなく、シャーロットでしょうね」

 シャーロット。

 5歳の牝で、イギリス生まれ。

 デビューこそ3着だったが、その後、イギリスオークス、アイルランドオークスを制し、アメリカに遠征しBCフィリー&メアターフまでも制し、2023年度のカルティエ賞年度代表馬とBHB賞年度代表馬を受賞していた。


 翌年も香港ヴァーズで1着、GⅢでも1着と、人気と実力を兼ね備えており、牝馬としては2023年に凱旋門賞で3着に入っていた。


 つまり、

「牝馬とはいえ、侮れないですね」

 圭介の胸中を代弁するかのように明日香が述べており、アニエスが頷いていた。


 メイダン競馬場、芝2400mのコースは幅員30m、直線の入口からゴールまでは450m。その長さは阪神外回り(473.6m)に近い。また、スタンド前から第4コーナーの奥に向かって直線コース(1200m)、向正面の第2コーナー奥にはシュート(引き込み線)が延び、コーナーには5%のバンクがつけられている。


(かつて、バルクホルンで挑んだが、ドバイでは一度も勝ってない)

 バルクホルンで挑んだ2022年の時は、ダートなので、コースは違うが、それ以来、圭介にとって3年ぶりのドバイだった。


「じゃあ、予想しよう」

 いつの間にか三女で、奔放な性格の麻里が突然言い出し、娘3人による予想が始まっていた。


「私は1着」

 開口一番、発した長女の明日香に、麻里は、溜め息を突いて、


「相変わらず明日香姉さんの予想はつまらないね。予想は崇拝とは違うんだよ」

 彼女は、明日香が自分の所の所有馬を、徹底的に信じて、依怙贔屓えこひいきしているように見えるのだろう。


 圭介は口を挟まず見守っている。


「そんなんじゃない。ただ、ファイアフライはやってくれそうな気がする」

「ふーん。じゃ、麗衣姉さんは?」


「2着、かな」

「またビミョーだね。何で2着?」


「牝馬とはいえ、シャーロットは侮れない。それに、このレースには強い馬がいっぱい出てる」

「なるほどね。ま、明日香姉さんよりはリアリストだね」


「そう言う麻里はどうなの?」

「私? 私は、6着かな」


「何、その微妙に弱い予想は」

「だって、いくら有馬でフロックじゃないことを証明したとは言え、いきなり最初の海外でしょ。とても勝てるとは思えない」

 麗衣に問われ、三女の麻里は冷静に答えを返していた。


 その様を見て、圭介の隣に立つ、妻の美里が呟くように夫に問うていた。

「だってさ。あなたの予想は?」

「そうだな。希望としては1着、リアルでは3着ってところだな」


 そうして、始まったドバイシーマクラシック。

 今回、ファイアフライの一番のライバルと言われているのが、シャーロットだったが、他にも各国から強豪が集っていた。


 ファンファーレが鳴ることなくスタートし、レースは淀みなくアラビア語の音声が流れる中、続いて行く。圭介たちはネットを介して伝わる日本語の実況中継を聞きながらレースを見守ることになった。


 ちなみに、このレースでも、ファイアフライの鞍上は、キール・オベール騎手が務めていた。


 しかも、キール騎手は有馬記念と同じく「逃げ」に近い先行策を取っていた。

 つまり、最初から先頭集団に食い込んでいた。


 それどころか、ファイアフライが先頭を突っ切り、シャーロットは中団よりに抑える競馬になっていた。


 そのまま4コーナーを回り、最後の直線。

「先頭はファイアフライ」

 驚くべきことに、わずか1馬身くらいのリードながらも、リードを保ったまま、一度も先頭を譲ることなく、ファイアフライが先頭に立っていた。


「え、マジで?」

 麻里がびっくりしたように、予想外の展開に声を上げていた。


「リードは1馬身から2馬身。依然、ファイアフライが先頭!」

 まさかの展開に、場内は沸き、アニエスや美里までもが驚愕の展開に目を見張っていた。


「シャーロットは離れて4番手」

「またリードを広げた。行くぞ、ファイアフライ。4馬身、いや5馬身とリードを広げる!」

 日本人による、日本馬の応援という贔屓的な感情がある実況だったが、確かにファイアフライは先頭を走っていた。


 そして、圭介が見たところ、驚くべきことに、キール騎手は鞭を使っていなかった。

 そのまま、

「ファイアフライ、逃げ切ってゴールイン。ファイアフライ、やった!」

 間違いなく、というよりもほとんど余裕でゴール板を先頭で突っ切って、ゴールインしていたファイアフライ。


 2着との着差は4馬身。

 おまけに、キール騎手は本当に直線では鞭を使わず、「持ったまま」の馬なり状態で、圧勝していた。


「ええっ、マジで1着!」

 一番驚いていたのは、三女の麻里だった。


「だから言ったでしょ、麻里。ファイアフライはすごいんだよ」

「いや、でも、ねえ?」

 同意を求めるように、麻里は麗衣に尋ねていたが、その麗衣もまた、


「まあ、明日香姉さんの言うこともわかる気がする。将来、この仔から生まれる仔が楽しみだよ」

 と返していた。

 もはや言葉もないくらい驚いている麻里に、圭介は優しく声をかけていた。


「麻里。競馬に絶対はないんだ。『運命は浮気者。不利な方が負けるとは限らない』ってことさ」

「カッコつけて言ってるけど、それ誰の言葉か知ってる?」

 美里に突っ込まれて、圭介はかろうじて答えを返す。


「シェイクスピアだろ」

「そう。シェイクスピアだけど、元ネタと元のセリフは?」

 圭介は妻に見破られた通り、格好をつけたつもりで言っていたが、肝心なところで抜けていた。

 言葉に詰まる彼に、代わりに答えたのは、アニエスだった。


「 Romeo and Julietね」

「ロミオとジュリエット?」


Oui(ウィ).O Fortune, Fortune, all men call thee(ズィー) fickle(フィクル)

 日系フランス人の割には、彼女は綺麗な英語で元ネタの言葉を披露したので、娘たちは返って父よりも、彼女に対し、


「アニエスさん、カッコいい!」

「綺麗な発音ですね」

「なるほど。勉強になります」

 麻里、明日香、そして麗衣が反応しており、圭介は父としての面目を失っていた。


 とにかく、ファイアフライは有馬記念で、絶対王者のデアフリンガーを破った後、いきなり海外に行って、勝利。

 子安ファームは初のドバイでのGⅠを勝利したのだった。

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