第32話 ドラゴン無双
産まれた時から「強心臓」として、牧場長の結城真尋に将来性を期待されていた、「登り竜」が、この年、ついに覚醒の時を迎えていた。
少し遡るが、2024年2月。
まずは阪急杯(GⅢ)で圧勝。
これで、ミヤムラドラゴンは、去年のスプリンターズステークスから重賞3連勝。そのうち、GⅠは香港スプリントも含め2勝。
乗りに乗っていた。
そして、迎えた大一番。
2024年3月24日(日) 中京競馬場 11R 高松宮記念(GⅠ)(芝・左・1200m)、天気:晴れ、馬場:良
この時、ミヤムラドラゴンの単勝オッズは、1.2倍。
2番人気の馬の単勝オッズが9.2倍。
もはや独走状態の、独り勝ちの大人気だった。
当日、この伝統ある短距離決戦における、ミヤムラドラゴンの雄姿を見ようと、集まった大観衆は、度肝を抜かれることになる。
高松宮記念と言えば、スプリンターズステークスと共に「電撃の6ハロン」とも呼ばれる、スプリンターの頂上決戦の一つで、ここで勝つことは、ある意味での「スプリンター王者」を意味する。
1971年の創設時は、「高松宮杯」と呼ばれ、距離も2000mだったが、1996年から現行の1200mに変わっている。
短距離ゆえに、あっという間に決着がつくが、競馬の「通好み」のレースとも言える。
圭介は、そのレースに、今回、珍しい人間を連れて行くことにした。
それは、明日香ではなく、次女の麗衣だった。
彼女自身が、騎手になることを宣言したこともあり、いずれ競馬学校に入る時の参考にと思ったのだろう。彼女が父に頼み込んだため、圭介は明日香を留守番とし、今回は麗衣と相馬美織だけを連れて行くことにした。
美織は、クールで口数が少ない麗衣を、多少苦手としていたようだが、それでも文句も言わずに従ってくれた。
そこでパドックを見させてから、圭介はこの物静かな次女に声をかけた。
「どうだ、麗衣。ミヤムラドラゴンの様子は?」
「完璧じゃないかな。このレース、すごいことになりそうだ」
男の子のような口調で、物静かな少女は、パドックを回る、彼を見て呟いた。
そして、そのレースがやってくる。
関西バージョンのファンファーレが流れた後、6枠11番、緑の帽子をかぶった騎手が、ミヤムラドラゴンにまたがって、ゲート入りする。
鞍上は、香港スプリントでも彼を操った、ベテランの伊勢康政騎手が務める。
大歓声の後、スタートになるが。
「スタートしました」
ところが、予想に反して、ミヤムラドラゴンはいわゆるスタートダッシュに失敗する。
そのままずるずると後退し、後ろからの競馬になっていた。
1200mは競馬の中では、かなりの短距離。つまり、前目に持ち出さないと、挽回が難しくなる。
この時点で、数多くの観衆から、溜め息にも似た声が漏れていた。
先頭を進み、レースを引っ張るのは10番人気の馬。
3コーナーのカーブで、ようやくミヤムラドラゴンは中団グループに入る。
そして、
「第4コーナーを回って、直線コースに向かいます」
最後の直線を回って、残りは直線だけ。
ゴールまで残り400m付近。
「ミヤムラドラゴンが上がってくる」
そのまま、馬場の中央を物凄い勢いで、彼が上がって行った。
その様子を如実に現わしていたのが、実況アナウンサーの声だった。
「ミーヤムラドラゴンだ! ミーヤムラドラゴン!」
何故か、ミとヤの間を伸ばすように実況の声を興奮気味に上げていた、アナウンサー。
そのまま大歓声に包まれながら、ミヤムラドラゴンは駆け抜けた。
そして、
「ミーヤムラドラゴン、ゴールイン!」
その瞬間、騎手の伊勢が指を一本掲げるように、手を上げて歓声に応えていた。
「世界のミヤムラドラゴンです!」
その後も、
「力が違います。堂々と先頭でゴールを駆け抜けました」
と、実況自体、彼を誉めるように評していたが、さらに観客を驚かせたのは、その後に電光掲示板に表示された文字だった。
赤い文字で、
「レコード」
と書いてあったのだ。
1分06秒06。
最初は、後ろの方にいた彼が、最後の直線で一気に急加速。あっという間に突き抜けて、最終的には2着に1馬身以上の差をつけて勝っていた。
それを見て、馬主席から圭介は傍らにいる、感情表現が豊富ではない少女に目をやる。
彼女は、珍しく嬉しそうに目を細め、口元が緩んでいた。
「良かったな、麗衣」
「えっ」
「応援してたんだろ、ミヤムラドラゴンのこと」
「べ、別にそうじゃないけど。でも、ウチの馬が勝って、しかもレコードまで出したんだよ。いいことだよ」
何だか照れ臭そうに目を逸らしながらも、彼女は呟くように口に出した。
どこか、「ツンデレ」気質がある彼女だった。素直ではないというか、変わった少女でもある。
圭介も、そして美織もそんな彼女を微笑ましく見守っていた。
このことが、後に麗衣の人生にすら影響を与えることになり、そしてドラゴンは覚醒した。
この後、ミヤムラドラゴンのレースは、さらにマイルの安田記念や秋のGⅠと続くのだが、それはまた別の話になる。




