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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第5章 不屈の闘志
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第24話 明日香の心眼

 同年、2022年。


 子安ファーム期待の「竜」が目覚め始めていた。

 ミヤムラドラゴンが、少しずつだが、確実に王者への道を歩み始める。


 昨年のデビュー以来、1勝クラスを連続で2着、その後、何とかオープンクラスに上がるものの、そのオープンクラスでも2着。


 そして、春を迎え、陣営は次のレースを5月末に行われる、葵ステークス(GⅢ)に定めた。


 葵ステークスは、サラ系3歳のみが走れるレースだ。

 どうやら陣営は、このミヤムラドラゴンの馬場適性を短距離と見ているようで、ある意味、アスカチャンの後継と見ている節があった。


 そのアスカチャンの名と同じ、長女の明日香が、春のドバイワールドカップから帰国後、新学期の学校が始まる前に、父である圭介に頼み込んだことがあった。


「お父さん。私を調教師の先生のところに連れて行って欲しい」

 と。


 若干、12歳。この年、13歳になるが、中学校の入学を控える明日香は、どこか聡明な部分があった。

 彼女の読みは冴えており、圭介も頼りにしていたので、了承し、帰国後すぐに関西の清川厩舎に連絡を取った。


 清川厩舎を束ねるのは、元・騎手で圭介もかつて世話になった、清川十蔵。

 1962年生まれ、60歳の調教師で、数年前に騎手を引退して、開業している。


 早速、圭介にとっても懐かしい滋賀県の栗東りっとうのトレセンに向かった。


 ミヤムラドラゴンは、そこでレースに向けての調教を行っていた。

 久しぶりに会った清川は、さすがに老齢から白髪頭に、頭がかなり後退していたが、元気そうだった。


「子安オーナー。遠いところからわざわざありがとうございます」

 相変わらず丁寧で、年下の圭介にも躊躇なく敬語を使ってくる。


 そして、傍らにいる少女に注目した。

「おや、その子が」

「はい。娘の明日香です」

 一応、電話であらかじめ娘を連れて行くと話をしていたのだ。


「はじめまして、子安明日香です。本日はお忙しいところありがとうございます。よろしくお願いします」

「これは礼儀正しいお嬢さんですな。清川十蔵です」

 挨拶を交わした後、清川はトレセン内を案内し、ミヤムラドラゴンが走っている馬場に導いてくれた。


 そこには、騎手を乗せて、練習用の馬場を走る、ミヤムラドラゴンがいた。


 改めて、デビュー以来、そして長く過ごした実家のような子安ファームを離れ、遠くで頑張っているミヤムラドラゴンを見た明日香は、目を輝かせてその姿を柵の外からじっくりと眺めていた。


「子安オーナー。ミヤムラドラゴンについてですが……」

 圭介に話しかけようとしていた、清川に、代わりに明日香が答えていた。


「調教師のおじさん」

「ん? 何かな」


「調子が良さそうですね、ミヤムラドラゴン」

 それを聞いた、清川は破顔して、頬を緩めた。


「さすがですね、子安オーナー」

「恐縮です」


「『門前の小僧習わぬ経を読む』と言いますが、明日香ちゃんの言うように、最近のミヤムラドラゴンは非常に調子がいいです」

「おじさん」

 明日香がそんな清川に語り掛けた。


「ミヤムラドラゴンを、次の葵ステークスで絶対勝たせてあげて下さい」

 それを耳にして、彼は微笑みながらも、明言は避けるように返した。


「競馬に絶対はないので、確約は出来ませんが、精一杯やりますよ」

「ありがとうございます」


 こうして、明日香による、人生初の調教師との出逢いと、調教中の所有馬を観察するという出来事が終わり、実は後々、これが明日香の人生にさえ影響を及ぼすことになる。


 そして、その年の葵ステークス。


 2022年5月28日(土) 京都競馬場 11R 葵ステークス(GⅢ)(芝・左・1200m)、天気:晴れ、馬場:良


 京都競馬場、芝1200mは、むこう正面の直線半ばがスタート地点となる。最初のコーナーまでの距離はおよそ320mで、上り坂が続くため他場の1200mほど前傾にはなりにくい。坂を上り切ると4コーナーからは平坦。直線も短いため逃げ・先行馬が有利となっている。


 このレースにおいて、ミヤムラドラゴンは単勝2.2倍の1番人気。


 このレースを、圭介も明日香も自宅のネット中継を通して見ていた。

 そして、レースにおいても。

 彼は全く危なげなく勝利を収めていた。これがミヤムラドラゴンにとって、初の重賞挑戦でありながら、あっさりと勝利。まさに「通過点」のような勢いだった。


 今後の子安ファームにとって、希望の星となる、若きエースは、まさに「竜」のように、競走馬のキャリアを登り詰めようとしていた。


 話は、さかのぼるが4月初旬。

 今年も子安ファームに元気な子供たちが産まれた。

 もちろん、人間ではなく、馬の仔だ。


 その年の注目株は、一頭の牡馬だった。


 父・ミヤムラホープ、母・ツバキヒメ。

 実はこの父のミヤムラホープは現役時代、地方のダートで活躍をしたのだが、血統的には二流だったことと、競走実績が地方競馬のみであったため、種牡馬になった際に、相手となる繁殖牝馬がなかなか集まらなかった。


 そのため、圭介自身が、馬産地を駆け回って、やっと5頭の交配相手を見つけた。そのうち、4頭が後に競走馬となるが、4頭は全員牝で、牡はこの仔のみだった。

 なお、ミヤムラホープは種付け数が伸びないまま心臓麻痺で急死してしまった。


 おまけに母のツバキヒメも、見栄えがよくなく、現役時代に活躍もしていなかったので、ほとんど捨て値に近い値段でセールで売りに出されていたのを結城真尋が目をつけて買い取ったのだった。


 従って産まれてきた仔にも、実は誰も期待などしていなかったのだが。

「この仔は面白いかもしれないよ」

 お産に立ち会った時、明日香が不思議なことを口にしたのだ。


「面白い?」

 圭介が妙に思って問いかけると、彼女は頷いた。


「うん。血統は良くないけどね」

「それに体も小さいし、とても活躍するとは思えないけど」

 お産を手伝った、牧場長の結城真尋自身が、否定的な見解を示していた。


「そうですね。でも、この仔は何だか不思議と面白い気がするんです」

 その漠然とした、根拠なんて感じられない明日香の発言に、誰しも信じてはいなかったのだが。


 圭介は、この幼い娘が持つ、不思議な相馬眼のような物を信じ始めていた。


 だからだろう。彼女自身に選ばせることにした。

「明日香」

「何?」


「じゃあ、お前がこの仔に名前をつけろ」

「えっ。私が?」


「ああ。活躍するかわからないかもしれないが、お前が見込んだんだ。自分でつけてみろ」

「うーん……」

 明日香は、考え込んでしまった。


 ある意味、父の圭介は、娘を試すように、この「名付け」の儀式自体を、初めて子供に任せることにした。

 悩んだ末に、彼女が絞り出した名前は。


「じゃ、ミヤムラプリンスで」

「プリンスって王子か。また大袈裟というか、安直というか」


「お父さんに言われたくないけどね。この仔のお父さんがミヤムラホープ。そのホープ、つまり希望だよね。希望を継いで行く、唯一の男の子だから」

「ふーん。まあ、いいか」

 こうして、あっさりと名前が決まった、ミヤムラプリンス。

 

 この仔が、後にとある場所で、伝説を作ることになる。

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