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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第5章 不屈の闘志
23/45

第23話 ダート世界一決戦

 年が明けた、令和4年(2022年)。


 バルクホルンを預けていた厩舎から、圭介の元に驚くべき連絡がもたらされた。


「えっ? ドバイワールドカップですか?」

「はい。バルクホルンを出走させようと思ってます。どうでしょう?」


「それはもちろん、嬉しいですが、勝てそうですか?」

「さすがにそれは断言できませんが、あの馬のダート適性は本物です。将来的に競馬界に歴史を残す馬になるかもしれません」


 一瞬、悩んだ末、圭介はあっさりと結論を下す。

「わかりました。お願いします」

 と。


 以後、調教師と今後のスケジュールについて話し合うことになった。


 ドバイワールドカップ。これはアラブ首長国連邦のメイダン競馬場で行われる、ダートのビッグレースだ。1996年に創設された国際競走で、総賞金は創設当時は400万ドルだったものの、その後、年々上昇し現在は1200万ドル(2022年時点での換算で、1ドル=122円、約14億6400万円)まで上昇している。1995年からサウジカップ新設前年の2019年まで世界最高賞金のレースとして広く認知されていた。


 ここに出走するだけでも、世界からの注目を集めるから、出て損はないが、そこで不甲斐ない成績を収めると、「世界に恥を晒す」ことにもなりかねない。


 ちなみに、正確には「ドバイワールドカップミーティング」(あるいは「ドバイワールドカップデイ」とも)と言って、3月下旬に、メイダン競馬場でドバイワールドカップも含めて全9レースが行われる。


 その日の夕食時。


 圭介は、家族、結城家が揃ったところで、この報告を全員に説明する。

「やっぱりね。バルクホルンは世界に誇れるダート馬だよ」

 早速、喜色を浮かべて、賛意を示したのは長女の明日香だった。そもそも、かつてこの明日香が、バルクホルンを評して、「世界に挑める」と言っていたのを圭介は覚えていた。


「でも、どうかな」

 半信半疑と言った風で、疑問を呈するように言葉を絞り出したのは、三女でまだ9歳の麻里だった。


「……私は、勝てないと思う」

 三人姉妹の中で、最も口数の少ない麗衣が、ボソっと呟いた。


「まあ、いいんじゃない、挑戦するのは。怪我さえしなければね」

「私も、バルクホルンには期待してるよ」

 妻の美里、牧場長の真尋も比較的好意的な反応だった。


 それらの意見を耳にして、圭介は改めて、彼女たちに聞いてみた。

「じゃあ、娘たちに意見を聞こう? ズバリ、バルクホルンは何着になると思う?」

 この思いきった問いかけに対し、三人の娘たちは、それぞれ異なった、特徴的な答えを出した。


「もちろん1着!」

 明日香が元気に叫ぶように宣言する。


 しかし、

「……3着、かな」

 麗衣は、黙っていると賢そうに見えるためか、どこか思慮深く思えてしまうような細い声で呟いた。


 そして、

「5着!」

 三女の麻里は、正直まだ幼いのと、何を考えているかわからない奔放なところがあった。元気よく言っていたが、根拠があるとは思えない。


「見事に分かれたわね。あなたはどう思うの?」

「そうだな……」

 妻の美里に尋ねられ、改めて圭介は考え込んだ。


 バルクホルンは、確かにダート適性が非常に高い。

 これまで芝のレースでは全然勝っていないが、ダートに関しては一度も連体を外していない。それどころか、すでに3歳にして、ジャパンダートダービーやチャンピオンズカップと言った、ダートGⅠを制している。

 つまり、将来性の観点、そして実績から言っても申し分がない成績だ。


 だが、圭介はそれでも慎重だった。

 何しろまだ「彼は世界を経験していない」。


 いくらダートで強いと言っても、世界レベルではまだまだ「井の中のかわず」状態なのかもしれない。


 だからこそ、期待値と現状を考えて、彼はこう告げるのだった。

「7着かな」


「えー、何それ、お父さん」

「ビミョー」

「……ショボい」

 長女から、三女から、そして次女まで散々に言われていた圭介だった。


 そして、そのバルクホルン。

 前哨戦というか、ドバイワールドカップへの「はずみ」として、ダートの日本一決戦、フェブラリーステークスに出走した。


 2022年2月20日(日) 東京競馬場 11R フェブラリーステークス(GⅠ)(ダート・左・1600m)、天気:小雨、馬場:重


 まさかの雨の中のレースになったが、実際に観戦に行くと。


「先頭はバルクホルン! 圧勝です!」

 2着に3馬身もつけて圧勝していた。


「すごいね、お父さん! これでドバイワールドカップもきっと勝てるよ!」

 いつものようについてきた、明日香が興奮気味に言い放っていたが、それでもまだ圭介は内心、半信半疑だった。


(恐らく世界の壁は厚い)

 と、思っていたのだ。


 その年のドバイワールドカップは、3月27日に行われることになっていた。


 ちょうど、学校が春休みの間だ。

 そこで、圭介は迷った末に、家族全員を連れて行くことにした。


 妻の美里、長女の明日香(13歳)、次女の麗衣(11歳)、三女の麻里(9歳)を連れて、前日にドバイへ降り立った。


 そして、その威容を見て、腰を抜かすのではと思うくらいに驚いていた。


 メイダン競馬場は、ドバイにある競馬場だが、街の中心部から離れた郊外にある。つまり、そこまではタクシーで向かうのだが。


 砂漠の中に、突如としてその威容が浮かび上がってくる。


 巨大なグランドスタンドは6万人も収容できるらしく、さらに豪華なホテル、レストラン、カジノまで併設されており、夜はライトアップされる。

 日本でも滅多に見られない、まさに「セレブ」な世界感に包まれた、しかも砂漠の中に突如出現する、世にも不思議な競馬場だった。


 そして、ここのパドックで圭介は彼女と落ち合う約束だった。

Bonjour(ボンジュール),Ça() va(ヴァ)?」

さば? お姉ちゃん、鯖が好きなの?」

 お約束のような突っ込みをする、明日香に、彼女は笑いながら返すのだった。


「違う違う。フランス語で、『元気?』って意味。英語のHow are you? と同じね」

「へえ」


「久しぶりだな、アニエス」

「久しぶりね、子安オーナー。それにしても、可愛らしい子たちねえ」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、アニエスは三姉妹を眺めた。

 明日香とは会ったことがあるアニエスだが、他の姉妹ともすぐに打ち解けて、結局、彼女は三姉妹とあっという間に仲良くなってしまうのだが、それはまた別の話。


「で。どうだ、ウチのバルクホルンは?」

「いいと思うよ。ドバイは、ヨーロッパよりも日本やオーストラリアに近い芝質だし、そもそもレースはダートだしね。それにバルクホルンは既に日本で抜群の成績を残しているわ。遠征の疲れもないようだし」


「対抗はやはり?」

「ええ。ゲーリングね」

 ゲーリング。ドイツ生まれで、イタリアやUAE(アラブ首長国連邦)、イギリスでも走った名馬で、現在5歳。

 すでに、ヨーロッパでミラノ大賞やインターナショナルステークスなどのGⅠレースを制しており、この5歳の初戦に、ドバイワールドカップを見据え、その前哨戦・マクトゥームチャレンジラウンド3に出走。しかも、このレースから、世界的名騎手と言われる、ルッキーニが鞍上を務める。

 しかも、そのレースでは初のダート戦ながら7馬身差をつけて圧勝していた。


 当然、期待値は抜群で、単勝1.4倍の圧倒的1番人気だった。

 これが4番に入る。


 そして、我らがバルクホルン。人気としては3番人気で、7.9倍。悪くはない評判だった。鞍上は、日本でも実績があるベテランの古谷静一が務める。


 メイダン競馬場、ダート2000メートルはスタンド前からの発走。最初のコーナーまではおよそ300メートルとなっている。


 傾向としては先行馬が有利という印象があり、その理由としてはツーターン(コーナー4回)のレースであることに加えて、キックバック(砂の跳ね返り)が多いことで後方待機勢の立ち回りが難しくなることが挙げられる。基本的には先行力とスピードの持続力が問われるコースと言える。


 そして、ついに世紀のレースが始まる。


 2022年3月27日(日) ドバイ・メイダン競馬場 9R ドバイワールドカップ(GⅠ)(ダート・左・2000m)、天気:晴れ、馬場:良


 レースは静かに始まった。日本のような派手なファンファーレはない。

 アラビア語の早口の音声がメイダン競馬場にこだまするため、圭介を始め、多くが何を言っているのか、理解すらできていなかったが。


 レースは淀みなく進み、しかもバルクホルンは、内埒うちらち沿いに先行勢に食い込んでおり、道中は3、4番手辺りを追走していた。


(いい位置だ。勝ったら14億か。使い道、どうしようかな)

 圭介は早くも勝った先の「捕らぬ狸の皮算用」を頭の中で始めようとして、ハッと思いとどまった。


(いかん、いかん。勝ってもいないのに先に考えるとロクなことにはならん)

 すぐに思い直した。


 しかも、このよくわからないアラビア語の実況を耳にしながらも、じっくりとレースを眺めると、バルクホルンは、ずっといい位置をキープしていた。


 そのまま、4コーナーを回り、最後の直線に入る。


 バルクホルンは、脚色が衰えず、先行争いに食い込んでおり、残り200m辺りまで先頭を争うような勢いだった。


 ところが、やはりと言うべきか、彼がやってきた。


「ゲーリング」

 と、訛りの強いアラビア語の中で、その単語だけを聞き取ることが出来た圭介だったが、確かめるまでもなかった。


 外から物凄い勢いの末脚を発揮して、先行する3頭に迫る馬がいた。もちろんゲーリングだ。


 ゴール前の、残り100mから50m付近で、あっという間に並ぶとそのまま1馬身半も突き放して、ゴールイン。やはりゲーリングは前評判通り、強かった。


 しかし、驚くべきは、バルクホルンの結果だった。


 電光掲示板の上から3番目に、「5」という数字が光って見えた。

「3着か」


「あー、惜しかったねえ」

 明日香が大袈裟なリアクションで悔しがっている。


 だが、圭介はその明日香よりも、この時、たまたまなのか、珍しく父の圭介の近くにいた、次女の麗衣に注目した。

「麗衣が当てたか」

 今まで、どちらかというと苦手だと思っていた彼女を「すごい」と見直すきっかけになったのだが、その麗衣は何だか恥ずかしそうに、父から瞳を逸らしていた。


(ひょっとしたら、この子は、将来、大物になるかもしれない)

 圭介が密かにそう思ったのには、もちろんこれだけではなく、実は彼女が三姉妹の中で、最も運動神経が抜群で、学校の体育の成績が常に5段階の5評価だったからだ。


 勉強はイマイチらしいが、運動神経が抜群で、そこだけは父にも母にも似ていなかった。


 なお、明日香は運動神経は普通、麻里は4だったり2だったり、得意なのか、不得意なのかよくわからない成績を残していた。


 だが、三姉妹の中で、明確に「騎手になりたい」と表明していたのは、この段階では三女の麻里だけだった。


 こうして、初めてのドバイワールドカップで、バルクホルンは、3着という好成績を残して帰国する。

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