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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第4章 凱旋門賞の走り
21/21

第21話 ダートの天才

 凱旋門賞が終わって、帰国した後。


 そのエルドールは、マスコミに熱烈な歓迎を受け、一躍有名に。社会現象とまではいかなかったが、エルドールのグッズが飛ぶように売れていた。


 エルドールは、11月のジャパンカップに出走。単勝2.0倍の1番人気だったが、その年、牝馬三冠を達成した名牝、フェルリにかわされてハナ差の2着。


 エルドール陣営は、当然、有馬記念も視野に入れていたが、「回復させたい」という陣営の意向で、有馬記念を回避。


 一方、北海道の自宅に戻った圭介を待っていたのは、明日香の笑顔だった。

「パパ! バルクホルンがすごいよ!」

 興奮気味に娘の明日香が語ってくれる内容は、圭介が渡仏していて、一部は知らない内容だった。


 渡仏前に、明日香が、圭介に、

「これで、バルクホルンはオープンの端午たんごステークス、GⅢのユニコーンステークス、そしてGⅠのジャパンダートダービーと3連勝。しかも全部ダート。やっぱり私が思った通り」

 と言っていたことを圭介は覚えていたが。


 さらにそれらの戦績に加えて、

「盛岡のダービーグランプリにも勝ったよ。武蔵野ステークスだけは残念ながら2着だったけど。でもデビュー以来、バルクホルンはダートでは一度も連体を外してないんだよ。やっぱり私が思った通り、『ダートの天才』だよ、彼は」

 早口でまくし立てるように、明日香は口にした。


 確かに、圭介も改めて彼の成績を見て、驚いた。

 デビュー以来、芝に関しては新馬戦で4着、未勝利戦で11着。GⅢの毎日杯で7着とふるわなかったが。

 ダートに関しては、1着が6回、2着が1回。明日香が言うように、一度も連体を外していない。

 つまり、彼女の目は正しかったのだ。


 我が子ながら、恐るべき慧眼けいがんだと思う圭介だが、実は圭介は明日香が坂本美雪から直々に競馬のことを教わっていることをほとんど知らなかった。


「すごいな。次のレースは?」

「チャンピオンズカップだね。ここに勝てば、今年の最優秀ダートホースの賞も見えてくるよ」

 圭介にとっては、初めての経験だった。

 自家生産馬の牡で、ダートの日本一を目指せる馬に出会ったことが。


 かつて、牝でミヤムラジョオウというダートに強い馬はいたが、彼女は大器晩成型で、結局、フェブラリーステークスには惜しくも勝てなかったからだ。


 ダートレースは、一般的に、クラシックと言われる派手な芝のレースに比べて、注目度が低い。

 つまり、ライトユーザーなど若手の競馬ファンよりも、地方競馬を好むコアなファン層は見るが、一般的には知名度が低い。


 しかし、それでもこれだけの成績を、まだ3歳でありながら残しているバルクホルン。

 このバルクホルンが産まれた時、明日香が『強くなる』。そう言っていたのを圭介は密かに思い出していた。


 そして、その注目のレースがやってくる。


 2021年12月5日(日) 中京競馬場 11R チャンピオンズカップ(GⅠ)(ダート・左・1800m)、天気:晴れ、馬場:良


 さすがに注目したいレース。

 圭介は、美里に頼み込み、中京競馬場に乗り込むことにした。


 「頼み込んだ」のは、相馬美織と明日香を連れて行くからだ。

 美里は、美織と圭介が二人きりで行くのは反対していたが、明日香の面倒を美織に見てもらうという理由で、圭介は了承を取り付けた。


 圭介が、美織を連れて行きたがったのには理由があり、彼女の相馬眼が意外なほど頼りになると思い始めたからだった。


 名古屋のホテルではもちろん美織と明日香を同室にして、圭介は一人でシングルルームに泊まる。美織は、明日香を実の妹のように可愛がっていたから、何の心配もしていなかった。


 そして、翌日、中京競馬場にて。


「中京競馬場は初めてだな。面白そう!」

「明日香ちゃん。勝手に走り回ってはダメ」

 お転婆な明日香を、美織が優しく止めていた。


 その一方、馬主ルームで圭介は意外な人物に遭遇する。

「久しぶりね、子安オーナーさん」

 緒方マリヤだった。


 東京を中心に、競馬評論家として活躍している彼女が、ここ中京にいるのが、圭介は不思議だったが、一応、彼女は馬主でもある。


「何で、お前がここに?」

 当然の質問をぶつけると、彼女は心なしかはにかみながらも、


「今日のチャンピオンズカップに出る、クロステルマンって馬がいるでしょ?」

「ああ」


「あれ、私の所有馬」

「マジで!」


「マジで」

 圭介は驚きつつも、少し前の彼女自身の会話を思い出していた。

 それは、昨年の皐月賞でのこと。

 

 中山競馬場で、圭介が緒方と会った時、彼女は確かにこう言っていたのだ。

「いやいや、私は馬主と言っても、ほとんど趣味レベルだからね。うちには全然、強い馬なんていないよ」

 と。


「お前、嘘じゃねえか。クロステルマンは東京湾カップ、東京ダービー、それにGⅠの東京大賞典も勝ってんだぞ。しかも地方馬なのに、ドバイワールドカップにも出てるし」

 そう。クロステルマンという馬は、地方出身の馬で、主に大井と船橋中心に活躍。3歳時の去年は東京湾カップ、東京ダービー、東京大賞典という「東京」の名がつくレースにことごとく勝っており、地方馬としては史上初となる、海外のダート世界一決戦とも言える、ドバイワールドカップにも出場していた。


 なお、緒方マリヤは、比較的参入しやすい地方競馬の馬主だという。地方競馬の馬主だと、所得が500万円以上あればいいので、中央の馬主よりもハードルが低い。


「あはは。なんか今さら恥ずかしくて、言い出せなくて。しかもドバイワールドカップでは6着だったし」

 などと謙遜していた緒方だが、圭介はもちろんクロステルマンを知っていた。馬主欄に「緒方」と書いてあったが、さすがに彼女本人だとは思っていなかっただけだったし、圭介の調査不足でもあるが。


(恐るべき相手だ)

 と、密かに警戒の念を解かないのだった。


 実際、このレースにおけるクロステルマンは、単勝11.2倍の4番人気と侮れない。


 さらに、オッズで見ると。

 圭介所有のバルクホルンが単勝2.0倍の1番人気。

 昨年の兵庫ゴールドトロフィー(JpnⅢ)を制している、ヴィスコンティという馬と、2年前の東京大賞典(GⅠ)を制している、ノヴォトニーという馬もいる。


 もっとも彼らのオッズはいずれも36倍前後、人気でもヴィスコンティは11番人気、ノヴォトニーは13番人気だった。


 実は、圭介は前日に、連れてきた相馬美織に相馬眼を期待し、予想を聞いていたのだ。

 その時、彼女が上げたのが、この2頭だった。


「11番人気と13番人気だぞ。来るか?」

「ええ。侮れない馬たちです」

 ある意味、これほどの穴馬を上げてきたところに、彼女の「相馬眼」の真贋しんがんが試されると言っていいから、圭介は注目していた。


 そして、レースが始まる。


 中京競馬場、ダート1800mは、正面スタンド前の直線やや左、上り坂の途中からのスタートで、コースを1周する。

 スタートからむこう正面の半ばまでは緩い上り坂が続く。その後3~4コーナーにかけては緩やかな下り坂。3~4コーナーはやや急なスパイラルカーブ。最後の直線は410.7m。アップダウンが激しく、スタミナ戦になりやすい傾向にある。


 バルクホルンが5枠10番、緒方マリヤ所有の地方馬であるクロステルマンが7枠13番、相馬美織注目の2頭、ヴィスコンティが4枠8番、ノヴォトニーが3枠6番にそれぞれ入る。


「スタートしました。さあ、ちょっとバラっとしたスタートになりました」

 実況の淀みない声が響く中、圭介たちが注目する、今年度のダート日本一決戦が始まった。


「まず行ったのが、ヴィスコンティ」

 美織注目の1頭が早くも競りかけていた。


「クロステルマンが、すっと前に行きました」

 先頭は譲っていたが、地方の雄、クロステルマンが一気に前に出ていた。


「中団のやや後ろにバルクホルン」

 というアナウンスの通り、彼は中団あたりで、じっくりと脚を溜めているように圭介には見えた。


 ダートレースというのは、芝とは違い、土煙がバッと上がるように、砂を巻き上げて走るところが見られる分、豪快で見る側には見ごたえがあるとも言える。


 先頭を奪ったのは、8番人気の馬で、そのすぐ後ろにクロステルマンがぴたっとついていた。

 そこから1馬身離れて、ヴィスコンティが続いている。


 ちなみにこのレースには、アメリカとイギリスからそれぞれ馬が参戦していた。


 1000m通過時点で、先頭は2馬身差で8番人気の馬。それにクロステルマンが続く。


「4コーナーをカーブ。直線コースに入りました」

 いよいよレース展開は終盤を迎える。


「外からバルクホルンが追い込んでくる!」

 最終の直線になって、彼は伸びてきたが、前線は馬群がごちゃっと固まっており、混戦状態になっていた。


 残り400m。

「先頭は、ヴィスコンティ。内を突いてノヴォトニー。外からバルクホルンが並んできた」

 まさに混戦、三つ巴の展開となって、競馬の観客側からすれば、一番面白いと言える、「叩き合い」の展開になっていた。


 前、3頭が必死に先頭を争うデッドヒートの展開だ。


 残り200m。

「さあ、内からノヴォトニー。外からバルクホルン。ヴィスコンティ。3頭の猛烈な競り合いだ!」

 実況に合わせて、観客の歓声が轟いていた。


 圭介も美織も、明日香も、そして緒方マリヤも言葉にならずに、ただ興奮気味にレースを見つめていた。


「ノヴォトニー、ヴィスコンティ、そしてバルクホルン。3頭が並んでゴールイン!」

 パッと見では、結果がほとんどわからないくらい、この3頭が並んでいた。


 結局、相馬美織の予想通りになっていたわけだが、レース後に写真判定が行われ、バルクホルンがハナ差の1着。2着はヴィスコンティ、3着はノヴォトニーとなり、クロステルマンは意外なことに失速して10着に終わっていた。


 さらに驚くべきは、バルクホルンで、コースレコードの1分48秒4を計測していた。


「やっぱりバルクホルン、すごいね!」

「おめでとうございます、オーナー」

「ま、やるじゃん。クロステルマンは残念だったけど」

 彼女たちに口々に祝福の声をかけられ、圭介は照れ臭いと思いながらも、素直に喜ぶのだった。


 この年、有馬記念には自分の馬は出走しなかったが、代わりにバルクホルンが3歳にして、チャンピオンズカップをコースレコードで制し、中央GⅠ初制覇を達成。

 年末には、最優秀ダートホースに選ばれていた。


 バルクホルンが飛躍しようとしていた。

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