第20話 挑戦者
そして、ついにその時がやってきた。
2021年10月3日(日) パリ・ロンシャン競馬場 4R 凱旋門賞(GⅠ)(芝・右・2400m)、天気:曇り、馬場:重
圭介たちは、大馬主のクレマン・ルゴフ、その娘のアニエス・大原の案内で、早朝からパリ郊外にある、ロンシャン競馬場に駆け付けた。
そして、関係者席を中心に、馬場を見下ろす。
馬場状態は「重」。前日に雨が降ったからだったが。
ヨーロッパの競馬場は、一般的に水はけが日本ほど良くない場合が多く、雨が降ると馬場が重くなりやすい傾向がある。特に日本の競馬場とは違い、山の中や平原にそのままコースを作っている場合が多く、ある意味自然に近い状態で存在しているためだ。
ある意味、サラブレッドの世界一を決めると言ってもいい、伝統の凱旋門賞。1920年から100年以上も続いている、その一大決戦。その年は、馬場状態が通常よりもさらに重く、水はけが悪い状態だった。
また、その年のヨーロッパで活躍した有力馬の多くが、このレースを回避したため、最も有力とみなされていたのは、アイルランド調教馬で、イギリス2000ギニー、イギリスダービー、アイルランドダービーを制し、イギリスセントレジャーを惜しくも2着になったものの、これまでデビューから一度も連対を外していない、つまり1着か2着しか経験していない、スコフィールドだった。
単勝オッズが3.0倍の1番人気。13番に入る。騎手は、大ベテランにして、世界的名声を持つ名騎手、ルッキーニという男だ。
一方、圭介たちが所有する、エルドールは単勝6.0倍の2番人気。6番に入る。こちらは日本の岩永が騎乗を切望していたものの、フランスの同じくベテラン騎手、アルベールが務めることになった。
もちろん、現地の報道では、このスコフィールドに注目が集まっており、はるか彼方の東洋の島国から来た、エルドールは名前こそフランス語由来だが、あくまでも「チャンピオンに対する挑戦者」という扱いだった。
そのことに現地の新聞やネットニュースを見ながら、アニエスが説明してくれるのだった。
「アニエスの目から見て、どうだ? ウチのエルドールは?」
という、半信半疑の気持ちを隠せない圭介に対し、彼女は柔らかい笑顔と、美声で答えた。
「いいと思うわ。調教の様子もいいし、ヨーロッパの芝にも問題なく対応できてるようだから。ひょっとしたら、歴史を作るかもしれない」
「本当ですか?」
圭介よりも、なお、半信半疑というより、信じていない様子の美里が、彼女に問うも、彼女は明るく頷いた。
「大丈夫。オーナーは馬を信じることね」
クレマン・ルゴフは相変わらず寡黙で、特に何も言わなかったが、彼の目はこの凱旋門賞の舞台、ロンシャン競馬場の馬場にじっと注がれていた。
凱旋門賞に使われる、パリ・ロンシャン競馬場。このコースのレイアウトにおける最大のポイントは、京都競馬場の約2.5倍にもなる、約10mの高低差と言える。
スタート後の400mはほぼ平坦だが、そこから約600mは上り。そうして頂上である最初のコーナーに入ると今度は一転して約500mの下り。最初の上りよりも傾斜は急だ。コーナーを曲がりながら駆け下りていくイメージで器用さも求められる。
下り坂の後で迎えるのが、有名なのフォルスストレート(偽りの直線)。最後のコーナーまで250mほど続くこの部分が難所とされるのは下り坂の後だけに、自然とスピードが出てしまうため。ここで馬をうまくコントロールできないと、最後まで脚を持たせることは難しくなる。
さらに最後の直線は平坦で533m。フェアなレースを目指して、オープンストレッチ(残り450mあたりで仮柵を取り払い、内埒沿いに6mのスペースをつくる)が設置される。
そして、もう一つ重要なのが実は馬場状態。良馬場であれば2分24秒台も出るが、この時期のパリは雨が多く、しかも競馬場の水はけも良くないため、道悪になりやすい。実際にこの日の馬場がそれを明示していた。
日本以外の外国の競馬場では、日本のような派手なエンターテイメント的なファンファーレなんてものは一切鳴らない。
つまり、歓声が上がったかと思うと、唐突にレースが始まるのだ。
「大歓声がブローニュの森に吸い込まれていきます。そして、エルドールもいいスタートを決めています」
圭介は、フランスの現地放送と合わせて、日本から発信している中継もネットを介して見る。これによって、日本語での実況がわかるからだ。
「一番外の赤い帽子にご注目下さい。日本のエルドールです」
前半戦で、エルドールは足を溜めており後ろから2頭目、一方でスコフィールドは前目につけていた。
その後は、上ったり、下ったりの慌ただしい競馬が展開される。
やがてロンシャン競馬場名物のフォルスストレートに入る。
ここでもまだエルドールは足を溜めて、後ろから3・4頭目にいたが、外に持ち出し、明らかに1頭だけが目立って外に出ていた。
そして、ついに最後のコーナーを回って、最後の直線に入る。
残り533m。エルドールが徐々にアルベール騎手に促されて進出。
残り300m付近。彼らは、確かにその光景を見た。
「そして、外から栗毛の馬体が来たぞ! エルドールだ!」
エルドールが、外から急加速して、一気に先頭に立っていた。
そのままぐんぐん突き放して、残り200m。
「エルドールだ! 残り200m。栄光まで残り200m!」
(まさか本当に)
圭介をはじめ、美里も、アニエスも、そしてクレマン・ルゴフも驚愕の表情と共に、その黄金の馬体が、凱旋門賞を先頭で駆け抜ける光景を確かに見た。
もはや勝利を確信した、と言っていい。
しかし、残り100m。脇から猛烈な勢いで迫る馬が1頭。
それは、13番人気の馬で、前走のヴェルメイユ賞を3着としたものの、凱旋門賞ではオッズも34.0倍と低い、ソミュアという馬だった。
残り50m。
「エルドールか、ソミュアか、わずかにかわされたかー!」
日本語での実況の悲痛な叫び声が、まさに悔しさを体現していた。
日本の、日本人の悲願、凱旋門賞での1着。
それを本当にあと一歩のところまで迫っていながら、最後にかわされて2着。
ちなみに1番人気のスコフィールドは、意外なことに7着だった。
圭介も、美里も、天を仰いで悔しがるのだった。
だが、フランスにルーツを持つ2人は違っていた。
「merveilleux! 素晴らしいわ、エルドール。まさに黄金の翼ね!」
アニエスは、自分のことのように喜んでいたし、無口なクレマン・ルゴフもまた、
「C'est la vie」
と言いつつ、驚いているようだった。
「セラヴィ?」
美里は、フランス語が全くわからないから、疑問符をつけたように首を傾げていた。
「人生そんなもの、っていう意味のフランス語さ」
圭介が説明する。
「つまり、呆れたってこと?」
「いや、そうとは限らない。だろ? アニエス?」
「ええ。C'est la vieには、確かに『それが人生』、『人生はそんなもの』っていう意味があって、諦めの意味に捕らわれがちだけど、肯定的な意味にも使われるの。良い時も悪い時も含めて人生をありのまま受け入れ、楽しもうとするフランス人の考え方を表しているわ。ね、そういう意味でしょ、父さん?」
最後に彼女自身が、父に尋ねていた。
そのルゴフは、照れ臭いのか、それとも認めたくないのか、視線を逸らしながらもこう言ったのだった。
「惜しかったな。来年もまた、凱旋門賞に挑んでこい。期待している」
と。
無口で、照れ屋なところがあるルゴフだが、圭介は力強く、フランス語で、
「Oui, bien sûr」
と笑顔で返していた。
こうして、彼らの凱旋門賞初挑戦は、惜しくも2着という結果に終わり、圭介たちは帰国した。