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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第4章 凱旋門賞の走り
18/20

第18話 次女と三女

 エルドールの凱旋門賞プランが預けている沢城厩舎から密かに圭介に伝わった。


 それによると、僚馬と共に渡仏し、最初に9月に開催される、フォワ賞に出走。それをステップアップとして、10月の凱旋門賞に出走する計画だという。


 圭介は、連絡先を交換していた、アニエス・大原に連絡を取った。時差を見計らって、国際電話をかけたのだ。


 すると、

Bonjour(ボンジュール)。いや、日本は今、夜だからBonsoir(ボンソワール)かな」

 電話越しでもわかる明るい声が返ってきた。


 彼女に、エルドールが渡仏し、凱旋門賞に参加することを伝えると、

Très bien(トレヴィアン)! 素晴らしいわ。是非、レースを期待してる」

 彼女、アニエス・大原はハーフということもあるが、フレンドリーで敬語を好まないところがあったから、年上の圭介にもため口だったが、圭介はもちろんそんなことを気にしていない。


「9月には俺もフランスに行くから、よろしく」

「了解よ。待ってるわ。À bientôt(アビアント)

 電話を終えると、待ち構えたかのように、妻の美里がどこからか現れて、


「誰と電話してたの? 随分可愛い声が聞こえてきたけど」

 思いきり睨まれていた。


「いや、彼女は……」

「彼女は?」

 仕方がないから、圭介は説明することにした。

 香港に遠征に行った時に、知り合ったフランスの馬主秘書、アニエス・大原のことを。


「ふーん。相変わらず、女性に縁があるのね」

 美里は、さすがに納得がいってないようで、ついに彼女の中で、何かのスイッチが入ってしまっていた。


「大体、マーちゃんといい、美雪さんといい、美織ちゃんといい、どうしてあなたの周りにはこんなに女性ばかり……」

(いや、そもそも真尋を紹介したのはお前だろ)

 と、圭介は内心、思いつつも、面倒なので、話を変えることにした。


「それより、美里」

「何よ?」


「子供たちはどうしてる?」

「麗衣と麻里は寝たわ」

 時刻はすでに夜の22時過ぎ。

 フランスとの時差が、約7時間なので、現地時間は15時頃。

 それを見計らって、圭介は電話をかけていたのだが。


 ここで、期せずして夫婦水入らずになったので、圭介は以前から思っていたことを口にする。


「なあ」

「ん?」


「麗衣は俺のこと、嫌いなのか?」

 ストレートな物言いに、美里は苦笑しつつも、


「そんなことないと思うけど」

 と返していた。


「でも、全然俺に懐いてくれないし、話しかけても素っ気ないんだけど」

「それはまあ、あの子は大人しいから。男の人との接し方がよくわかってないってのもあるけど」

 そんな次女の麗衣は現在10歳の小学4年生。

 育ち盛りで、身長の伸びが速く、早くも姉の明日香を追い越しそうな勢いだった。セミロングの髪で、目元が母親の美里によく似ている少女だが、やはり圭介に対してはどこかよそよしいところがあった。


「麻里は別の意味で、問題ありそうだけどな」

 三女の麻里。彼女は現在、8歳の小学2年生。一番上の姉の明日香と仲が良く、逆に次女の麗衣とは距離を置いている節があった。

 彼女はロングの髪の少女で、とにかく奔放で、元気が有り余っている。

 しょっちゅう牧場に行っては、馬と遊び、時には馬にいたずらをして、真尋に怒られていたし、圭介や美里が躾をしても、なかなか言うことを聞かない。

 まるで男の子のように、わんぱくだった。


「あの子は、産まれた性を間違えたんじゃないか、ってくらい元気ね」

「将来的には、騎手なんかいいかもな」


「まあ、あの子が望めばね」

 などという話をしているうち、美里は思い出したように、人差し指を圭介の顔面の手前に突き付け、


「ちょっと。そんなことで誤魔化そうとしても無駄。いい、圭介? 浮気なんかしたら、離婚だからね。子供たちは私が引き取って、実家に帰るから」

 鋭い目つきで言い放ってきたので、圭介は、


「わ、わかってるよ」

 言いつつも、たじたじになっていた。


(相変わらず、美里は気が強い)

 と、改めて思うのだった。


 その後、さらに、圭介は美里の愚痴を聞くことになっていた。

「大体、美織ちゃんだって独身の若い女性なんだから、二人で競馬場に行くのも、私は反対」

 そもそも圭介は相馬美織と二人きりで競馬場に行くことは滅多になく、大抵は明日香を連れて行ってるのだが、圭介はそのことにはあえて触れなかった。

「そんなの心配しすぎだって。こんなおっさんに相馬だって、興味湧かないだろ」


「甘い! どのくらい甘いかと言うと、ガトーショコラ並に甘い! いい、中年でも男は男。男女は二人きりになると、何が起こるかわからないんだから」

(いや、ガトーショコラって意味わからんし)

 美里の説教のような愚痴は、結局、深夜まで続くのだった。


 そして、圭介たちが沢城厩舎と話し合って、渡仏の準備を進めている間。

「パパ、すごい! また勝ったよ!」

 テレビ画面に釘付けになり、喜びの声を上げていたのは、長女の明日香だった。


 画面に映っていたのは、7月に大井競馬場で行われた、「ジャパンダートダービー(現在のジャパンダートクラシック)」。

 そこに3歳のバルクホルンが出走。

 見事に先頭でゴールインしていた。


「ああ、すごいな」

「これで、バルクホルンはオープンの端午たんごステークス、GⅢのユニコーンステークス、そしてGⅠのジャパンダートダービーと3連勝。しかも全部ダート。やっぱり私が思った通り」

 そんなことを全部覚えている娘に、圭介は妙に感心していた。もしかしたら、彼女はバルクホルンの全レースを追いかけているのかもしれない。


「ああ」

 だが改めて圭介は、明日香の「相馬眼」に似た、先見の明に感心するのだった。


 バルクホルンの毎日杯出走を見た明日香が、

「この仔は、ダートの方が走ると思うよ。あと、距離はもうちょっと長い方がいいかな」

 と言っていたのを圭介は覚えていた。


「なあ、明日香?」

「何?」


「お前の目から見て、バルクホルンは、どこまで活躍すると思う?」

 若干12歳の娘に、圭介は真剣な目を向けて聞いていた。それだけ、彼は明日香の目を信じ始めていた。


「うーん。そうだね。怪我さえしなかったらいいところまで行くと思うよ」

「いいところとは?」


「海外レースとか」

「海外?」

 さすがに圭介は面食らっていた。いくらなんでも海外レースを勝つような強い馬には見えなかったからだ。


「ええと、ドバイワールドカップだったっけ? あれに出てみるのも面白いかも、と思ったんだけど」

「マジで?」


「マジで。まあ、勝てるかどうかはもちろんわからないけどね」

 改めて、圭介はこの長女の「相馬眼」を信じてみる気になっていた。


 そして、明日香が父を「パパ」を呼ぶのは、この年が最後になった。翌年、中学生になると、気恥ずかしさからか、彼女は「お父さん」と呼び方を変えていた。

 父の圭介は、若干だが、寂しさを感じるのだった。


 フランス遠征が迫っていた。

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