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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第3章 鮮烈のスプリンター
15/19

第15話 わがまま女王の誕生

 2021年春。


 その年もまた子安ファームに多くの仔馬が産まれたが。


 その中で、最も特徴的な、ある1頭の牝馬が話題になった。


 父は、アメリカでそこそこ活躍した種牡馬、母はほとんど無名の日本の繁殖牝馬。母の父は、凱旋門賞を制した名馬だったが、血統としてはそれほどよくはなく、馬産地からの期待値も低かった。


 ただ、牧場長の結城真尋、厩務員の結城亨、相馬美織が口を揃えて言ったのは、

「わがままだ」

 ということだった。


 ところが実は、牧場スタッフからの評価は高く、将来性はあると期待されていた牝馬でもあったが、性格的な面で難が多かった。


 厩務員の相馬美織は、彼女をこう評していた。

「自分が一番じゃないと気が済まないタイプです」


 同じく、厩務員の結城亨は、

「馬房から出ることも、走ることも嫌います」

 と、その気性を現していた。


 そして、牧場長の結城真尋曰く。

「とにかくわがままな女王様だね」


 そんなわけで、非常に気性難で、牧場スタッフをことごとく悩ませる女王様気質の彼女。

 しかし、そんな彼女に対しても、堂々と対応しようとしていたのが、娘の明日香だった。


「お前。怖くないのか?」

 圭介が一度聞いたことがある。


 明日香は気性難のこの牝馬に対しても、臆することなく接していたからだ。親としては逆に娘のことが心配になってしまう。


「全然。あの仔、わがままだけど、可愛い仔だよ」

 あっけらかんとして、答える明日香。圭介は我が子ながら、肝が据わっていると思うのだった。


 明日香が言う「可愛い仔」の真意が、圭介にはさっぱりわからなかった。


 そんな牝馬に対し、圭介はせめて名前くらいは、穏やかな名前にしてあげたいと悩み、つけた名前が、


「ミヤムラスイート」


 だった。

「何、そのお菓子みたいな名前」

 妻の美里は不服そうだったが、


「スイーツじゃない。スイートだ。せめて甘い名前にしたかった」

「安直ね」

 説明する夫に、妻は溜め息を突いていた。


 しかし、明日香は、

「可愛い名前だね」

 とご満悦だった。


 その幼い、産まれたばかりの「わがまま女王」を、ある日、彼女たちが見に来たことがあった。


 それは非常に珍しい組み合わせだった。


「面白い牝馬が産まれたって、聞いて来たよ」

 いつもかぶっている馬のデフォルメイラストの帽子をかぶって、坂本美雪が現れたのには別に驚かなかった圭介だが。


「こ、こんにちは」

 いきなり彼女に従って現れたのが、かつて一度競馬場で会った、バレットの大塚すみれだったことには、驚きを隠せず、目を丸くしていた。


「え、大塚さん。どうして美雪さんと?」

「ああ、私たち。一応、知り合いなの」


「何で? いや、どこで知り合ったんですか?」

「私の父と美雪さんが古い友人らしくて」

 大塚すみれが説明する。


 何と言うか、世間は狭いというか、不思議な組み合わせだった。


 そして、彼女たちを、名付けたばかりの「ミヤムラスイート」がいる馬房へ案内する。

 早速、彼女たちが近づいただけで警戒して、前足を振り上げて、キックするように威嚇してきた、幼駒を見て、美雪はケタケタと笑っていた。


「あははは。元気のいい仔だなあ」

 と。


 一方、バレットとして普段からよく競走馬に接している、大塚すみれは、少し離れた位置から彼女を観察していた。


「どう思います?」

 じっくりと考えるように、鹿毛の牝馬を見つめる彼女に圭介は尋ねる。

 すると、


「そうですね。気性難なのは間違いないでしょうけど、鍛えればいいレースをするかもしれません」

 さすがに明言は避けていた。


「そうかな。何だか心配なんだけど」

 圭介が素直な感情を吐露すると、遠くで作業をしていた、牧場長の結城真尋が、ゆっくりと近づいてきた。


 そして、馬房に入っているミヤムラスイートを一瞥して、一言。

「わがまま女王様は、ゲート入りも苦戦しそうだなあ」


 その場にいた、全員が苦笑していた。


 その希代の「わがまま女王」。後に子安ファームのメンバーや厩舎、競馬関係者を散々悩ませることになるが、それはまた別の話になる。


 とにかく、子安ファームでは彼女のことを「ミヤムラスイート」ではなく、「わがまま女王」と呼んでいた。


 そして、実は同時期に、とある牧場では、後に競馬界を席巻せっけんする、歴史的な牡馬が産まれていた。


 競走馬にしては、小柄な体の、少々頼りないと思われるくらいの馬で、ファイアフライと同じく、鹿毛の牡。


 ところが、それを見た女が、感嘆したように呟いた。

「これは……。随分、人懐こい馬ですね」

 産まれたばかりの幼駒は、大抵、人間を警戒し、母馬に懐くが、彼は最初から人に懐いていた。

 おとなしくて、優しくて、人間が好き。


 競走馬にはよくある、自分が人間よりも上の立場だということを誇示したがるような、他の馬と違って、彼は人間と対等の立場で接してくるのだ。


 そんな彼を彼女たち、長沢牧場のメンバーたちも可愛がるのだった。


 50歳を迎え、自らの衰えを感じながらも、長沢春子は、性格的には「丸く」なっていた。かつてのような、激しい闘争心を前面に現すことはなかった。これには、実は離婚したことで、吹っ切れたという事情もあったのだが、圭介たちは知るよしもなかった。


 彼女自身、彼には大いなる期待を抱き、早々に自ら命名した。


「父は、大種牡馬のヴィッカース、母は、アイルランド産まれ、イギリスの調教馬、ベルデハ。この仔は、デアフリンガーと名付けます」

 そして、このデアフリンガーと、ファイアフライが、後に歴史を作っていくことになる。

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