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ラッキーオーナーブリーダー2  作者: 秋山如雪
第2章 父の夢を継ぐ者
10/20

第10話 果たせなかった約束

 無事、日本ダービーを制覇した、エルドールと陣営。


 夏に入って、陣営は涼しい北海道ではなく、あえて関西の栗東近郊で、エルドールを放牧した。

 これには沢城厩舎の意図があって、涼しい北海道では、秋に本州に戻ってきた時、気温差で体調を崩すかもしれない、と判断したものだった。


 そして、秋初戦は、菊花賞トライアルレースの、神戸新聞杯(GⅡ)からスタートする。

 単勝1.7倍の圧倒的な1番人気を獲得したエルドール。


 圭介たち子安ファームのメンバーは、ほぼ全員が執務室のモニター前に集まった。


 このレース。エルドールは成長した姿を見せる。

 これまでのレースでは決して見せなかった「先行策」で、スタートから前目につけていた。


 パッと見てわかるように、馬体重が前走から18㎏増の462㎏と馬体がたくましくなっていた。


 全体的にスローペースの中、道中は折り合いをつけてじっと動かずに進み、迎えた第3コーナーで外から蓋をしにかかったオリファントに呼応するように、一気にまくると、最後の直線で上がり3ハロン32秒9という切れ味を発揮して早めに抜け出した。


 騎手の岩永がほとんど鞭を使うことなく、2着オリファントに2馬身半差をつけて勝利。重賞4連勝で秋初戦を飾っていた。


 そして、迎えたクラシック最終戦、菊花賞。


 2020年10月25日(日) 京都競馬場 11R 菊花賞(GⅠ)(芝・右・3000m)、天気:晴れ、馬場:良


 京都は、北海道からは、遠隔地であるものの、さすがに圭介は見に行くことにした。

 今回は、次女の麗衣、三女の麻里の世話を、信頼がおける結城亨・真尋夫妻に任せて、長女の明日香を連れて、妻の美里も夫に付き添った。

 それに、いつものように相馬美織が加わる。


 京都競馬場、芝・3000m。

 右回りで外回りコースが使用され、菊花賞・万葉ステークスのみ使用されるコースだ。


 スタートから最初のコーナーまでの距離はかなり短め。また3コーナーにある、高低差4.3mの坂が大きな特徴。向正面から上り、3コーナー途中から下り。基本、この下り坂の2周目に勢いをつけペースアップするのが王道と言われる。


 最後の直線は約400mとやや長めだが、坂がなく平坦。芝質が軽い場合が多く高速決着になりやすい為、スピード・瞬発力が大きな武器になる。


 そして、馬主エリアから、広い競馬場の芝を見下ろした圭介の心中は、複雑だった。


(ついに来た。約束を果たす時が)

 話は12年前にさかのぼる。


 2008年、クラシック。

 三冠は確実と言われていた、ミヤムラシンゲキオーが日本ダービー出走後に、骨折。全治6か月と診断され、菊花賞は絶望的となり、回避。


 その後、ミヤムラシンゲキオーの怪我を見舞いに、預けている厩舎に行ったことがあった圭介は、彼と誓ったのだ。

(いつか、ミヤムラシンゲキオーの仔が、菊花賞を制してクラシック三冠を達成してみせる)

 と。


 三冠を達成できなかった、ミヤムラシンゲキオーとの約束。もちろん、圭介の独りよがりな約束で、ミヤムラシンゲキオーには伝わっていないだろう。

 ただ、あの時の悔しい気持ちは未だに彼の心の中で生きていた。


 いつか必ず菊花賞を取り、同時にクラシック三冠を制覇したいと考えていた。


 その滅多にないチャンスがやっと来たのだ。


 エルドールの人気は高く、単勝1.4倍、単勝支持率58.28%もあった。7枠14番。

 一方、2番人気は、これまで日本ダービー、神戸新聞杯といずれも2着に甘んじていた、オリファント。単勝7.8倍。7枠13番。

 奇しくも、枠番が同じ7。そしてライバルとも言える2頭による三度目の決戦であった。


 京都競馬場のパドックに向かった圭介。そこには彼がいた。

 スーツを着た、初老の男、山寺久志だ。


「二度続けて2着か。今日こそ、オリファントがエルドールに勝ってみせる」

 と、ここ最近では珍しいほど、彼は気を吐いていた。


 それに対し、圭介は陽に照らされて、黄金色にも見える淡い栗毛の馬、エルドールを見て、感慨深げに呟いた。

「オリファントは、確かにいい馬ですが、ここは譲れません」


 同じくパドックを見に来ていた、娘の明日香は、彼の美しい馬体を見て、そっと口に出した。

「いい勝負になりそうだね、おじさん」

 と。


 山寺久志は苦笑していた。


 ファンファーレの後、いよいよ決戦となる。


 スタート前のゲートでは、1頭の馬がゲート内で暴れるも、影響なくスタートが切られる。

 実は、オリファント陣営は、戦略を練っていた。

 恐らく、エルドールの実力を意識してのことだが、まともに戦っても勝てないと踏んだのか、じっくりと足を溜めて、最終の直線で、一気に後ろから「奇襲」するという戦法を採用。


 しかし、最初こそ他馬に交じって、先に行きかける素ぶりを見せていたエルドールだったが、騎手の岩永がじっと抑え、折り合いをつけると、2周目の第3コーナーから徐々に進出を開始した。


 そして、最後の直線に入った所で。


「さあ、エルドールが行ったぞ」


 早めに先頭に立つとそのまま独走態勢に入り、最後方から追い込むという奇襲作戦に出たオリファントの追撃をもあっさりとかわしていた。


「抜けた、エルドール。これを追う者はいない!」


 大歓声が上がる中、彼らはついにその時を目撃する。


「これが三冠馬だ!」


 最終的に、オリファントに2馬身半差をつけて、圧勝。


 ついに、親子2代に渡る、クラシック三冠制覇の夢を達成した。

 感無量となり、周囲の祝福の声を耳にしながらも、圭介は若干、涙ぐんでいた。その肩に妻の美里が手を置いていた。


(ついに、勝ったか。やったぞ、ミヤムラシンゲキオー)

 決して楽な道ではなかった。


 デビューから無傷の連勝街道を進み、無敗で皐月賞と日本ダービーを制した父・ミヤムラシンゲキオーと違い、デビューこそ勝ったが、そこからオープン、重賞と4連敗もしていたエルドール。


 しかし、そこから成長し、一気に5連勝で実力を示していた。


「おめでとう、パパ」

 涙ぐむ父に、愛娘まなむすめの明日香が優しく声をかけ、微笑んでいた。


「ありがとう、明日香」


「エルドールは、やっぱり強いね。世界を相手に戦えるかもしれないね」

「そうだといいがな」

 圭介の中で、実はまだ弱冠の不安があったが、この日くらいは純粋に喜びたいと思うのだった。


 勝利者インタビューで、騎手の岩永は、

「この馬が後ろから差されると思ってすらいなかった」

 と、堂々と語っていたが。


 実はその前に、ゴール後に1頭になったエルドールが外埒そとらちに向かって逸走し、デビュー戦と同様に騎手の岩永を振り落とすという珍事が起きていた。


 どこまで行っても、彼は「暴れ馬」だった。

 こうして彼らの「夢」は結実する。


 その頃、「小さな才能」が開花しようとしていた。

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